第76話
――――どうして、こうなったんだろう?
ただ、他の人とは種族が違うだけ。
それなのに、皆は私を化け物と言ったり、かといえば商品として価値があるという。
『大丈夫。ヴィオラのことをちゃんと見てくれる人がきっと見つかるわ』
『今はまだ分からないかもしれない。それでもいつかきっと……』
お父さんとお母さんはそう言うけど、二人に私の気持ちが分かるわけがない。
だって二人は、私なんかとは似ても似つかない、綺麗でカッコいいから。
同じ種族で、血も繋がってるのに。
もちろん、容姿をよくする方法は存在する。
それはレベルを上げることだ。
レベルを上げるということは、その生物としての格を引き上げることを意味する。
だから、生物として優れた体に変化していく……。
それは強さだったり、容姿だったり。
遺伝からすべて、変化する。
文字通り、その種としてのレベルが上がるのだ。
私の両親は冒険者としていろんな場所を旅してきたから、当然魔物とも戦うし、その過程でレベルアップもしている。
そして、そんな二人と一緒に旅をした私も、レベルを上げる機会は当然あった。
――――しかし、何も変わらなかった。
お父さんたちは種族の特性だって言うけど、それなら何で二人はあんなに綺麗なんだろう?
どうして私は、こんなに醜いんだろう。
私は私なのに、周りが私の価値を決める。
結局、私は、普通の生活なんてできないんだ。
私は、世界の基準に囚われるしかないんだ――――。
***
「ん……?」
【大魔境】で倒れていた女の子を保護した俺は、女の子が目覚める気配を感じた。
「あ、大丈夫ですか?」
俺はすぐに水や『完治草のジュース』を用意しながら目覚めた女の子に話しかけると、女の子は一瞬ぼーっとした様子を見せたが、すぐに警戒して俺を睨みつけた。
「っ!?」
「警戒しないで……って言うのは難しいかもしれないけど、敵じゃないですから……」
敵意がないことを示すため、ジュースを脇に置きつつ、両手を挙げる。
すると、女の子は俺を警戒しつつも、周囲を見渡した。
「家……? っ! ……そうだ、私……」
「ん? おお、目が覚めたようじゃな」
すると、女の子の気配に気づいた空夜さんが、ひょっこりと姿を見せた。
女の子は一瞬呆けた表情で空夜さんを見つめると、そのまま視線が足元へいき――――。
「きゃあああああああああ! お化けええええええええええ!?」
「えええええええええええ!? お化けええええええええええ!?」
女の子の言葉につられ、空夜さんも慌てて周囲を見渡し始めた。
「あの……空夜さん。貴方のことかと……」
「ハッ!? そう言えば麿、死んどるんじゃった!?」
なんだろう、死んでる人の反応にしては本当に軽いんだよなぁ……。案外そんなもんなのかと勘違いしてしまいそうだが……。
そもそも妖術師として妖怪を相手にしてきたはずなのに、お化けに対する驚き方が本当に異常だと思う。
「えっと……まあこの人のことは置いておいて……」
「お化けが普通にいるのに、何でそんなに冷静なの!?」
「この人は安全ですから」
「お化けが安全なわけないでしょ!」
そうなんだろうか?
まあ確かに、日本でもお化けのイメージって怖い以外ないもんね。
「と、とにかく! 貴女が森で倒れていたので、ひとまずここまで連れてきたんです」
俺の言葉を聞いた女の子は、少し考えるそぶりを見せると、鋭く睨みつけてくる。
「……何が狙い?」
「え?」
「貴方もどうせ、お金が狙いなんでしょ? そうよね、こんな醜い女じゃ売り払う以外使い道もないものね? だって私相手じゃ欲情もできないでしょ。残念だったわね。もっといい女なら、他の使い道もあったでしょうに」
「その……」
何のことだかさっぱりだが、お金やら使い道やら、言葉の内容が穏やかじゃない。
まあ空夜さんの推察通りなら、この子は奴隷商に捕まっていたはずなので、こんな風になるのも仕方ないだろう。
「俺は、貴女に危害を加えようとか思っていません。いきなり見ず知らずの俺を信じることはできないと思いますが……ただ、貴女が森で倒れていたから助けただけです」
「……」
女の子の目をまっすぐ見つめながらそう告げると、女の子は微かに驚いたように目を見開いた。
こっちの気持ちをまっすぐ伝えたところで、俺は女の子が目を覚ましたらしなきゃいけないことがあったことを思い出した。
「あ、そうだ! その、本当にごめんなさい!」
「え?」
いきなり俺に頭を下げられたことで、女の子は驚く。
「その……実は貴女を見つけた時、衰弱してたんでここに用意していた『完治草のジュース』を使ったんです。これを使えばどんなケガでも治せるんですけど……それでも貴女の皮膚が緑のままだったので、何がダメだったのかと。そしたら……人間とは違う種族の方だったんですね。そうとも知らずに悪いものと決めつけてしまったので……本当にごめんなさい」
地球じゃ見たこともない種族がいることは実際目にしていたはずなのに、そのことがすっかり頭から抜けていたのだ。
すると、俺の言葉を聞いた女の子はますます困惑した様子で口を開く。
「え……わ、私のこれが、気持ち悪くないの……?」
「え? そうですね。俺みたいな人間にはない特徴だったので、勝手に体の状態が悪いんだと決めつけてましたけど……別にそういうわけではないのなら、何とも……」
俺たち人間にはないだけで、あの動物の耳や尻尾が生えてる人たちと同じなだけだし。
もし宇宙人とかいるんなら、逆に人間を見て驚くこともあるのかもね。
例えば髪の毛とか体毛が珍しいとか?
しかし、女の子は信じられないと言った様子で首を振った。
「う、嘘よ! この肌だけじゃない。こんなに太ってて、顔も醜いのに……何とも思わないわけないでしょ!?」
「……」
俺も容姿のことで酷い目に遭ってきたから、女の子の気持ちも分かる。
確かに目の前の女の子は、日本で見かける女性の平均的な体型よりふくよかだと思う。
でもそれだけだ。
顔も個人的な感性として綺麗だなって思うことはあっても、それに当てはまらないからといって否定することはない。
ましてやそれが、見ず知らずの他人に対してならなおさらだ。
人を不快にさせないために清潔感は必要だと思うけど……俺はどんなに綺麗にしてても、毎日殴られたり蹴られたりですぐに汚れてたし、傷だらけだったもんなぁ。
ただ、俺がどれだけそう言っても、信じられないと思う。
それこそ俺がそうだから。
他の人の言葉を無視するとかじゃなく、もう体に染みついてしまっているのだ。
俺は醜いって。
だから何を言われても信じられないし、それはなかなか変えられない。
その時期が長ければ長いほど――――。
「俺は、貴女のことを全然知りません」
「え?」
「貴女がどこの誰で、どんな人生を歩んできたのかも、知りません。だから、俺の前にいる貴女は、俺にとっては森で倒れてた女性というだけです。助けたいと思ったから助けただけなんです」
ここから言葉を交わして、お互いのことを知っていけば、個人の好き嫌いは現れるかもしれないが、少なくとも今は、そんなものはない。
ひとまずここに俺が残ってても気が休まらないだろうし、一度退出しよう。
そう考えて立ち上がり、扉まで移動すると、女の子に呼び止められる。
「ね、ねえ!」
「はい?」
「……何で、謝ったの?」
「え?」
「だって、黙ってたら私には分からなかったじゃない……それなのに何で?」
「それは……ああ、そうか。自己満足か……」
「え?」
女の子に指摘されたことで、俺は改めて自分の行いが身勝手だったことに気付いた。
「ごめんなさい。俺は確かに貴女に対して偏見があったことを謝罪しましたけど、それって逆にいうと、あまり気持ちのいいものではない気持ちを向けていたことを貴女に伝えることになるんですから、嫌ですよね……貴女の言う通り、黙っていればそんな思いをする必要はなかったのに……そんなことも考えずに一方的にこちらの感情を優先してしまい、すみません」
「……」
俺の言葉にただ呆けた表情を見せる女の子。
ダメだな、この弁明も結局自分優先だし……このままだと堂々巡りになりそうだ。
謝罪に対して謝罪とか訳の分からない状況になる。
「あ、ここに飲み物とか用意してますし、何かありましたら声を掛けてください」
自分の言葉に呆れつつ、女の子にそう伝えると、部屋から退出するのだった。
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