第77話

「……あの……」

「あ、大丈夫ですか?」


 女の子が落ち着くまで退出した俺たちだったが、少しして女の子が部屋から出てきた。


「その……うん。大丈夫……」

「そっか、それならよかった」


 もしかしたら『完治草のジュース』が効かない可能性もあったので、女の子の口から直接状態の確認ができたのはよかった。

 女の子は俺の言葉に戸惑った様子を見せ、口を開きかけると――――。

 ぐぅ~。

 可愛らしい音が女の子のお腹から鳴った。


「!」

「ちょうどご飯の支度をしようとしてたんですけど、食べれますか?」

「……ん」


 女の子は顔を赤くしつつ、小さく頷いた。

 一応、病み上がりということもあり、お腹に優しいものがいいだろう。

 とりあえず賢者さんの家の食卓に座ってもらうと、簡単な雑炊を作った。

 料理をしている間、女の子は少しでも俺が変なことをしないか見張っているようだったが、それ以上に俺の使う食材が不思議だったようで、困惑していた。

 そんな視線にさらされつつも、いつも通り料理を終えた俺は、完成した料理を運ぶ。


「はい、どうぞ」

「!」


 女の子の前に料理を出し、ナイトたちの食事も用意し終えると、俺も食卓に着いた。

 ちなみにナイトや空夜さんたちは、女の子を刺激しないためか、地球の家で食事をしている。

 ただ、それでも女の子はまだ俺たちのことを警戒しているため、なかなか食事に手を出さないので、ひとまず俺から食事を始めることで毒とか入ってないことをアピールする。

 すると、女の子もそれで少しだけ安心したのか、恐る恐る食事に口を付けた。


「っ!?」


 その瞬間、女の子は目を見開くと同時に、急いで食事を口にかきこむ。

 よほどお腹が空いていたのか、慌てて食べる彼女のために、俺はお代わりを用意しておいた。

 そして、ある程度食べ進めたところでようやく我に返った女の子は、恥ずかしそうに頬を染める。


「その……ありがとう……」

「いいえ、どういたしまして。美味しそうに食べてくれて、俺も嬉しかったですよ」


 普段人に料理を振る舞う機会はないが、あれだけ美味しそうに食べてくれると作ったかいがあるというものだ。

 食事を終え、一息ついたところで、俺は女の子に尋ねる。


「その……聞いていいか分からないけど、どうして森に?」

「……」


 女の子は俺の問いに数瞬、迷う様子を見せたが、話す決心がついたのかゆっくり口を開いた。


「……何となく気づいてるかもしれないけど、人攫いに捕まって……それで、その人攫いたちは私たちを奴隷商だか他の国に連れていくために、【大魔境】を利用したんだけど……そこで魔物に襲われて、人攫いたちは私たち商品を置いて逃げたの。魔物たちは置いて行った私たちを殺していき、そこで私も殺されたと思ったんだけど……」


 そこまで言いかけて、女の子は何かに気付いた様子で目を見開いた。


「あ、あれ? 何で私、生きてるんだろう……?」

「えっと……貴女が襲われてた時、何とか俺が間に合って、それで助けられたからですね……」

「う、嘘よ! だって【大魔境】の魔物なのよ!? そんな簡単に倒せるはずが……!」


 やっぱり、この異世界の【大魔境】に対する認識はそれだけ危険な場所ってことなんだろうなぁ……。

 つくづく賢者さんはとんでもない場所に家を建てたものだと実感するよ。


「ま、まあ事実かどうかは別にして、こうして助けられたわけだし、いいんじゃないですか?」

「……なんだか釈然としないけど、貴方の言う通りね。私がこうして生きていられるのも、貴方に助けられたからだろうし……その……ありがとうございます」


 女の子はそう言うと、頭を下げた。


「いえ、さっきも言いましたけど、助られてよかったです。それで、人攫いに捕まったって言ってましたけど……それなら帰る場所があるんじゃないですか?」

「それは……」


 俺の言葉に女の子は言いよどむと、寂しそうに笑った。


「……もういいの」

「え?」

「私、あと少しで死ぬと思うから」

「は!?」


 まさかの発言に俺は固まる。

 し、死ぬって……。


「も、もしかして、やっぱりどこか悪いところが?」

「ううん、違うの。ただ私たち種族の特性なの」

「種族の?」

「……お父さんとお母さんは大人だから大丈夫だけど、まだ種族として子供の私は、食事の栄養の他に、その土地の魔力を吸収しているの。これは私の意思に関係なく、生きるために自然と行われてるわ」

「は、はぁ……」

「そして、その吸収量は普通じゃない……何の変哲もない土地なら、数時間で魔力を吸い尽くして、そこは不毛の大地に変わるほどなのよ。だから、私は魔力が溜まる特殊な土地で生活していたの。それでも一か月もすればその土地の魔力は吸い尽くしちゃうから、何度も土地を転々としてきたんだけどね」


 女の子は軽く話しているが、その魔力が溜まる土地というのを探すのも大変だろうし……。


「そんなわけで、人攫いたちも私を殺さないって意味で【大魔境】を一時的に拠点とする必要があったの。【大魔境】は唯一私がずっと暮らせるだけの魔力が永遠にわき続ける土地だから……だから、このままここにいたら、私は――――」

「あ、それならここ、【大魔境】の中なんで大丈夫ですよ」

「は?」


 女の子の話を聞いていて、魔力のある土地じゃないと生きていけないってことで、どうなるかと思ったが……【大魔境】であれば大丈夫ということで、ひとまず安心だ。

 しかし、そんな話を信じられるはずがない女の子は、頬を引きつらせながら首を振った。


「そ、そんなはずないでしょ? もしここが【大魔境】なら、こんな風に落ち着いて会話できるはずもないし、何より魔力が――――」


 そこまで言いかけて、女の子は何かに気付いたようだった。


「う、嘘……この魔力の質……それに吸っても吸っても湧き出るなんて……まさか本当に【大魔境】……!?」

「そういうことになりますね……」

「えええええええええええ!?」


 女の子の絶叫が響き渡るのだった。


***


「どうじゃ? 落ち着いたかの?」

「え、ええ……驚きすぎて、幽霊程度じゃ驚かない程度には……」

「それは上々」


 俺の説明を受け、何とか落ち着いたところで、改めて空夜さんたちを連れてきたのだが、女の子は乾いた笑みを浮かべるだけだった。


「えっと……自己紹介が遅れましたが、俺はユウヤです。それと、こっちがナイトとアカツキで……」

「わふ」

「ふご」

「麿はクウヤじゃ」

「……ヴィオラよ」


 お互い名乗り合ったところで、改めてここからどうするのか、ヴィオラさんに尋ねた。


「その、ヴィオラさんの体質的な問題は解決しましたけど、どうします? ご両親はヴィオラさんのことを探されてると思いますけど……」

「……うん。それは分かってる。私もお父さんたちのところに帰りたい。でも、攫われたところで目隠しされちゃったから、ここがどこかも分からないし、元々私たちが住んでた場所も詳しい位置は分からないから……それに、今の私が外に出ても……」


 確かに、ヴィオラさんの体質上、外に出てご両親の情報を集めたりするのは難しいだろう。


「そこは俺が探してくるんで大丈夫ですよ」

「え!?」

「あ……ただ申し訳ないのが、俺も普段は用事があるので、時間を見つけての情報収集になると思いますが……」

「だ、大丈夫よ! でも、どうしてそこまで……?」

「そりゃまあ、困ったときはお互い様ですしね」


 ヴィオラさんをあの場から助けて終わりじゃなくて、できる限りのことはしてあげたいからな。

 本当なら確実に助けて見せる! ってカッコよく言えればよかったんだけど、残念ながら俺にそこまでの力はないからな……。

 すると、ヴィオラさんは困惑した表情で何かを呟いた。


「どうして、こんな私なんかのために……」

「え? あ、でも、何か手掛かりみたいなものってありますか? こう、ご両親の特徴だったり、その住んでた場所だったり……」

「……手掛かりになるかは分からないけど、私のお父さんとお母さんは美男美女の夫婦冒険者として有名だったはずよ」

「な、なるほど……?」


 び、美男美女の夫婦冒険者か……あれ、それ、見つかるかな……?

 【明星の旅団】の面々もそうだけど、この世界の人たちは何故かスタイルが良かったり、綺麗だったりカッコいい人が多い。

 街行く人の誰もが地球の俳優さんだったり女優さんみたいな方たちばかりなのだ。目の前のヴィオラさんも。

まあ顔立ちが西洋人っぽいからってのは大きいかもしれないな。

 でも、ヴィオラさんがそう言うくらいだから、ご両親は飛びぬけた美男美女なんだろう。

 それに、夫婦の冒険者ってのは案外手掛かりになるかもしれない。


「分かりました。どこまで力になれるか分かりませんが、まずはそれらを手掛かりに探してみますね」

「……お願いします」


 俺がそう言うと、ヴィオラさんは頭を下げるのだった。

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