第72話

「ところでユウヤはこの後暇か?」

「うん? そうだね、特に予定はないけど……」


 運ばれてきた料理を口にしながら軽く雑談をしていると、不意にグレイドがそう訊いてきた。


「それなら、少し頼みごとをしてぇんだが、いいか?」

「頼みごと?」

「ああ。お前にしかできねぇ相談だ」


 俺にしかできないって……。

 S級二人に、A級三人の実力者のパーティーが、一体何を俺に頼むというんだろうか。むしろ、グレイドたちができないことは俺にもできないと思うんだが……。

 そんなことを思っていると、突然グレイドは頭を下げる。


「頼む! どうか俺たちの実力を見ちゃくれねぇか!」

「…………へ?」


 あまりにも予想していなかった言葉に、つい反応が遅れていると、シルディがグレイドの言葉を引き継いだ。


「さっき、私たちはS級の試験を受けるつもりだって話をしたな?」

「う、うん」

「もちろん、私たちも受かるつもりだし、そのための準備も修行も続けてきた。だが、ここでユウヤに会ったからには、今の私たちが一体どれくらいの実力になったのかを知りたいんだよ。だからこそ、ユウヤにはぜひ私たちの実力を見てもらいたいんだ」

「え、ええ!? そんなこと言われても……俺は何もできないよ?」

「そんなことはない。ただ、私たちと軽く手合わせをしてもらいたいだけなんだ」


 新人冒険者に一体なにを求めるというんだろうか。

 だが、シルディたちには違うようで、真剣な表情を向ける。


「私たちはあの【大魔境】で君に会ったことで、より高みを目指すようになった。だからこそ、その切っ掛けとなった君と戦うことで、今の私たちの実力を把握したいのさ」

「は、はあ……」


 賢者さんの武器や色々な幸運が重なった結果、確かに俺は【大魔境】で魔物と戦闘することには慣れてきたと思う。それでもまだまだ日ごろから魔物を相手に戦い続けているシルディたちの足元にも及ばないとは思うが。

 さらに言うと、俺は対人戦なんてしたことないし……。

 ついシルディたちの頼みに困惑していると、今度はグレイドだけでなく、【明星の旅団】全員が頭を下げてきた!


「頼む! どうか力を貸してほしい!」

「ちょ、ちょっと! わ、分かりました! 俺なんかでよければ手伝いますから! 頭をあげてください!」

「本当か!? ありがとう!」


 俺が了承したことで、グレイドたちは嬉しそうに顔を上げたのだが……ど、どうしよう。

 本当に人と戦った経験なんてない。

 地球での荒木達相手にしたものは何なのかと言われれば、あれは違うだろう。

 この世界の様に剣や槍を使ったわけでもなければ、命のやり取りをしたわけでもないのだ。

 もちろん、シルディたちの頼みはいわゆる手合わせってヤツになるんだろうから、殺し合いなんてもってのほかだけど、それでも地球での喧嘩とはわけが違うだろう。

 果たして俺に何ができるのか……そう思いながらも、すでに了承してしまったため、何とかシルディたちの期待に応えなきゃと、今から気を引き締めるのだった。


***


 食事を終えた俺たちは、早速食後の運動だと言わんばかりに手合わせを行うべく、再びシルディたちに連れられ、別の場所に移動した。

 そこは街を出て、少し離れた位置草原地帯だったが、周囲には人影もなければ、足場も良好、さらに遮蔽物もないため、模擬戦をするにはちょうどよさそうな場所だった。


「さて……改めて、俺たちの無茶をきいてくれてありがとよ」


 周囲の環境を見渡していると、グレイドは準備を終えたようで、自身の身長ほどもある巨大な剣を構えていた。

 ……そんな大きな剣を振り回しているの、『キング・オーク』以来初めて見た。ていうか、人間でもあんな大きな剣を振り回せるんだね。

 いや、俺もキング・オークからドロップした『豚王の大剣』を持てたし、別に使えないワケじゃないんだろうけど、普通に武器として使うには筋力以外にも技術が必要そうだ。

 それはともかく、ここで俺も武器を構えて準備したほうがいいんだろうが、手を抜くとかじゃなく、賢者さんの武器は使えない。

 なんてったって、賢者さんの武器はどれもオーバースペック過ぎて、普通の武器と打ち合えば確実に相手の武器を壊すからだ。

 もちろん、グレイドの技術で前に戦った『デビル・ベアー』の様に、うまい具合に当たると致命的な部分を避けながら打ち合うとかできるのであれば、問題ないのかもしれない。

 だが、グレイドの技術力が俺には分からないし、何よりそのことが気になりすぎて俺もまともに攻撃ができる気がしなかった。


「しっかし……まさか手ぶらで街にくるとか……やっぱり【大魔境】で暮らすヤツは違うなぁ」

「あ、あははは」


 グレイドの言葉に俺は苦笑いを浮かべることしかできない。

 俺はこの街には武器を持って来ていないというかなり無理のある話を伝え、この場所に来る前に、グレイドにあらかじめ伝え、模擬戦用に普通の剣を用意してもらっていた。

 普通なら手ぶらで【大魔境】を出て、街に移動するなんて危険なことは誰もしないようだが、ここで俺が常日頃から【大魔境】で暮らしていることがプラスに働き、あまり不思議がられないんだから世の中って分からないよね。

 何にせよ、これで武器の心配はなくなったので、あとはグレイドの期待に応えられるよう、全力で戦うだけだ。


「さて、それじゃあ準備はいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

「うし、んじゃあ――――行くぜッ!」


 グレイドは大剣という重量級の武器を手にしているとは思えないほど素早い動きで俺に迫ると、そのまま横薙ぎに剣を振るう。


「おらあっ!」


 その剣筋を冷静に見つめる俺は、手にしている普通の剣で受け止めると、徐々にかかる衝撃を逃がすように体を逸らしながら、逆にグレイドの懐に入り込んだ。


「マジかよ!?」


 グレイドはそんな俺の動きに驚きながらも、すぐさま大剣から片手だけ放し、大剣を横薙ぎにした勢いを利用しつつ、俺に殴り掛かる。

 こうなるとそのまま突撃するわけにもいかないので、俺は攻撃を中断し、そのままグレイドの脇を通り抜けた。

 その際、胴体への攻撃も考えたのだが、ふとグレイドの腕に視線を向けると、肘打ちが飛んできているのが見えたので、回避するしかできなかった。

 再び初期位置のように距離をとると、グレイドは頬を引き攣らせていた。


「や、やっべぇな。【大魔境】で暮らすとこうなのるかよ?」

「え?」

「……んで、本人がそれに気づいていない、と……。恐ろしいったらねぇぜ……」


 グレイドは低い声音で笑うと、ギラリとした目を向けた。


「やっぱり、俺はまだまだってことか……なら、今はその胸を借りるぜ、ユウヤ……!」


 そして、再び俺に向かって大剣を振るうのだった。

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