第31話

「け、賢者って……」


 俺は手にした本を前に呆然としていた。

 何故ならば、ここに書かれている賢者というのが恐らく異世界で使っている俺たちの家の元家主だからだ。

 さらに言えば、非常にお世話になっている武器や防具、完治草をはじめとしたぶっ飛んだ素材の数々等、賢者さんの助けがなければ何もできなかったと言ってもいいだろう。

 そもそも、あの家の結界能力がなければ、異世界と俺の家が繋がって扉の外に出た瞬間に死んでいただろう。

 そんな賢者の本……しかも、ここに到達した者って……。

 俺は少し震えながらもその本を開いた。

 すると、中にはこう綴られていた。


『さて……いきなりだが昔話をしよう。私の過去の話だ。つまらないだろうが、聞いてくれたまえ。――――私は何でもできた。そう、生まれてからずっと……できないことはなかったのだ。魔法も剣も、料理や歌、絵画に鍛冶……本当にこの世のありとあらゆることができた。そして、それを極めるだけの力もあったのだ。その結果、私は生きながらに【神の領域】へと足を踏み入れた。私の数少ない驚愕だった出来事の一つなのだが、神々が私に直接神になることを勧めてきたのだ。さて、他の者たちならば喜んでこの話を受けただろう。なんせ、話を受ければ晴れて神々の仲間入りを果たし、不老不死が手に入るのだ。死者蘇生は出来ようとも、さすがの私も不老不死にはなれなかった。だが……私は断った。周囲は驚き、中には私を傲慢だと罵倒した者もいた。それでも私は……断ったのだ。――――ここまで長々と語ったわけだが、今この本を読んでいる君に、一つ伝えておきたかったのだ。君はこの場所に来る事が出来るだけの力を持っている。君がそのことをどのように認識しているかは死んだ私には分からない。だが、その力は君が思っている以上に強力だ。特に人間たちの中ではな。君が他の人々をどう思っているかは知らない。知らないが、それはいずれ周囲の人間を恐れさせるだろう……私のようにな。余計なお世話かもしれないが、先人としては君には私のような人生を歩んでほしくないのだ。……何故、私が神になることを拒んだか言ってなかったね? それは……私が【人】として死にたかったからだよ。何でもでき、生きながらにして神へと届いた私は……こういう方法でしか、【人】として死ぬ事が出来なくなったのだ。君には同じ末路を辿ってほしくはない。誠に勝手なことだがな』


「――――」


 俺はここまで読んで、賢者さんの優しさに驚かされた。

 俺の中のイメージでは、あんな森の奥地に家を建てているくらいだから、他人に興味もなくて自分さえよければいいなんてタイプの人だと思っていたのだ。

 その実は……何でも出来たからこそ、誰よりも孤独で寿命で死ぬ以外に【人】として死ぬ術を失った可哀想な人だったのだ。

 もし賢者さんの言うことが本当なら、俺の力は人間の中ではそこそこ強力な部類に入るのだろう。

 このままいけば、賢者さんの言う通り周囲の人々に怖がられるかもしれない。

 ……それは、嫌だ。

 でもどうすれば……。

 そう考えながらも本を読み進めていくと、続きがあった。


『少々脅すような形になってしまったが、これを解決するのは案外簡単な話なのだ……私以外にはな。答えは、信頼できる人間を得ること。友でも、恋人でも、両親でもいい。すべてをさらけ出してなお、君のそばにいてくれる人間を作るのだ。……私は生きていく上での人間関係を構築するのは得意だったが、そのようにすべてをさらけ出せる人間は得られなかった。君にもし時間があるのなら、恐れず、前向きにそんな人を探してみたまえ』


「う、うーん……」


 それはまあ……そうなんだろうけど……。

 俺、最近まで友達がいなかった人間ですよ? 相当ハードルが高い気が……。

 賢者さん、自分基準で考えてないですかね?


『ふむ……少々君には難しい話だったみたいだ』


 心読まれてる!?


『ここまで付き合ってくれたお礼と、お詫びと言っては何だが……君の知りたいことを一つだけ、この本に記そう』


「へ!?」


 俺は書かれている文字を見て、素っ頓狂な声が出た。

 し、知りたいことって……ていうか、本当に心読まれてるみたいだな!?

 いきなり言われても、正直ぱっと思いつくものがない。

 知りたいことが多すぎるのだ。

 ……でも今知りたいことって言えば……。


「魔法……かなぁ……」


 俺はこの世界に来て、魔法は見ても使ったことはないのだ。

 だからこそ、魔法に憧れている。

 あんなふうに俺の手とかから炎が出せるようになったりするって考えると、ワクワクするのだ。

 そう考えていると、さっきまで白紙だったページに新たな文字が書き込まれていた。


『どうやら【魔法】のことについて知りたいみたいだな』


「やっぱり心読んでるだろ!」


 俺の中で確信に変わった。

 そんな俺を無視して、本は急に輝きを放った。


「な、なんだ!?」


 やがて光が収まると、先ほどの文字に続きが出来ていた。


『私の魔法理論をすべて詰め込んだ。どうやら君は魔法に関しての知識が一切ないようなので、初歩的なことからちゃんと書いてある。安心するがいい』


 もはや賢者さんにはすべてお見通しだったみたいだ。

 俺は確認の意味も込めて本をめくっていくと、賢者さんの言う通り魔法に関することがびっしりと書かれていた。

 取りあえず適当に眺めた後、最後のページを見ると最後は賢者さんの言葉で締めくくられていた。


『……多くを語ったが、私は今この本を読んでいる君に幸せになってもらいたいのだ。人間でありながら人間でなかった存在など……私だけで十分だからな。君の人生、取り返しのつかない辛いこともあるだろう。だからこそ、君は後悔のないように君の人生を歩んでくれたまえ。この本が、少しでもその役に立つのなら幸いだ。君の人生に、幸多からんことを ~賢者より~』


「……ありがとう、賢者さん。アナタも、どうか安らかに……」


 俺は本をアイテムボックスに仕舞うと、目の前の遺骨に合掌した。

 隣では、ナイトが俺の真似をして目を閉じて頭を下げている。

 しばらくして顔をあげると、俺はナイトに言った。


「よし、ナイト……今日は帰るぞ!」

「わふ?」


 「もういいの?」といった様子で首を傾げるナイト。


「ああ。今日はもういいよ。それより、賢者さんから残してもらった本を、今すぐ読みたいんだ。ナイトも魔法が使えるようになるかもしれないしね」

「わん!」


 ナイトは嬉しそうに頷くと、行きと同じようにナイトを先頭にして家まで帰っていくのだった。


***


 優夜が賢者の残した本を手に入れている頃、世間ではとある人物の話題で持ちきりだった。


「ねぇ、今月のCutieBeauty見た!?」

「見た見た! あの美羽ちゃんの隣にいた男の子って誰!?」

「なんか一般の人らしいけど……超カッコイイよね!」


 ――――そう、優夜がモデルの美羽と撮影した写真が使われたファッション誌が発売されたのだ。

 人気急上昇中のモデルである美羽が載っているというだけあって、若い女性を中心に多くの購買者がいたのだが、彼女たちはその雑誌内で美羽とツーショットで写っている優夜に目を奪われていた。


「あの撮影って近くのショッピングモールだったはずだけど……ここら辺の人なのかな!?」

「どこの高校なんだろ~」


 購買者は優夜を知らない人だけでなく、もちろん知っている人もいる。


「え……これって優夜君!?」

「ウソ、マジで!?」

「彼が噂の編入生?」


 そんな話題は気付けば購買者だけの間に限らず、テレビでも取り上げられるほどになっていた。

 明日、学校へ向かう彼がどんな目に遭うのか……賢者から受け取った本を嬉しそうに読む彼は、まだ知らない。

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