第11話

 私――――シルディ・ルーヴェは、目の前の光景が信じられなかった。

 私たち【明星の旅団】は、名の知られた方のパーティーである。

 なんせ、全員がA級冒険者であり、ダンとフィアンナに至っては、近々S級に昇格できるのでは? とまで言われているのである。

 そんな私たちは、ギルドの依頼でここ……【大魔境】と呼ばれる特級危険区域の調査をしていた。

 S級冒険者は、今は他の依頼で出払っていたため、私たちに白羽の矢が立ったのだ。

 準備もしっかりして、いざやって来たはいいものの、特級危険区域というのは伊達ではなく、遭遇する魔物のほとんどがC級以上。

 そして、最悪なことに私たちはD級の魔物である『ゴブリン・エリート』と遭遇してしまった。それも、群れに。

 ゴブリン・エリート単体ならば、私たちパーティーなら危険もなく倒す事が出来る。

 だが、ゴブリン・エリートの群れとなると、危険度はぐっと上がる。

 単体ならD級なのだが、群れだとB級からA級にまで跳ね上がるのだ。

 体はそこまで大きいわけではないのに、力が非常に強い非常に厄介な存在が群れでいるのだ。

 そこで、気配を絶っていた一体のゴブリン・エリートにダンがやられてしまい、絶体絶命の状況下で――――彼に出会った。

 特級危険区域だというのに、身なりは上質なシャツと黒色のズボンといった非常に軽装。どこかの貴族が寛ぐときのような姿に、特に華美な装飾などが施されたわけでもないのに、なぜか目が離せなくなるような圧倒的存在感を放つ槍を握っている。

 少し長めのこの地では珍しい漆黒の髪は動きに合わせて綺麗に流れ、黒曜石を思わせる瞳は鋭く、すべてを射貫くかのように油断なく敵を見つめていた。

 私たちは突然現れたこともそうだが、彼の美しさに目を奪われていた。

 冗談抜きで、私たちは彼を最初に見たとき、どこかの高貴な存在だと本気で思ったのだ。

 そんな彼は、圧倒的な強さでゴブリン・エリートを瞬時に殲滅すると、負傷したダンまで不思議な液体で助けてくれたのだ。

 見たところ、回復薬ではないようで、私たちも最初は警戒していたのだが、回復魔法や解析魔法といったものが得意なルルナが大丈夫だと判断したので、ダンに使用してみた結果、みるみるうちに傷が癒えていくのだ。

 その様子に、私たちは再び驚くのだが、取りあえずダンが助かったことにほっとした。

 しかし、その気のゆるみが不味かった。

 突然、私をめがけて魔物が襲ってきたのだ。

 気が緩んでいた私は、その魔物に反応する事が出来ない。

 呆然とその光景を眺めていると、突然力強く、それでいて優し気な手に腕を引かれ、例の彼の背後に庇われた。

 おかげで私は無事だったのだが、襲ってきた魔物は『ゴブリン・ジェネラル』。

 A級の魔物の中でも、限りなくS級に近い魔物で、その強さは尋常ではない。

 私たちは今度こそダメだと思いながら、それでも最後の抵抗をしようと武器を構えたのだが、またしても不思議な彼が、解決してしまった。

 一人でゴブリン・ジェネラルに相対すると、そのまま戦い始めたのだ。

 私たちは無茶だと思い、加勢する旨をパーティーのタンクであるグレイドが告げようとしたが、視線で制されてしまったのだ。

 その結果、彼はゴブリン・ジェネラルを倒してしまったのだ。しかも、特に傷を負った様子もなく。

 無茶苦茶だった。

 貴族然とした見た目で、あの強さは。

 何事もなかったかのように戦闘を終えた彼は、私たちに提案した。

 『家があるからそこに来ないか』と。

 この【大魔境】に家?

 意味の分からないことの連続の中、半信半疑で彼に着いて行くと……。


「マジかよ」


 私たち全員の気持ちを代弁するように、グレイドはそう呟いた。

 そこには確かに立派な家が建っていた。

 庭には畑があり、この空間だけまるで別世界のようだった。

 家の中に招かれ、呆然としたまま椅子をすすめられたので、みんな座って一息つくが、それでも現実味を感じない。

 そんな私たちの正面に彼は座り、驚くほど整った顔をこちらに向けてきた。


***


 俺――――天上優夜は緊張していた。

 家に招き入れ、座らせたまではいいが……ここからどうしよう?

 何も考えてなかった。

 取りあえず、悪い人たちではなさそうだが……。

 まずは自己紹介でもするか。


「私は天上優夜と申します。皆さんの名前を伺っても?」


 そういうと、呆然としていた軽装備の女性が真っ先に我に返り、口を開いた。

 それに続く形で、一人ずつ名前を告げる。


「あ……ああ、すまない。私はシルディだ」

「俺はグレイドだ。一応、このパーティーのリーダーをしている」

「私はフィアンナよ」

「ルルナです」

「ダンだ。さっきは助かったよ、ありがとう」


 軽装備の女性がシルディさん、重装備の中年男性がグレイドさんで、魔女のような女性がフィアンナさん。

 そしてシスターのような女性がルルナさんで、負傷していた男性がダンさんと。

 ひとまず名前を聞いた俺は、一つ気になったことを訊ねた。


「皆さんはどこかの団体に所属されているのですか? パーティーと言ってましたが……」

「ん? 知らないか? 俺たちはギルドで【明星の旅団】って名前のパーティーで活動している」

「ギルド?」


 なんか学校の授業で習ったな……商人の組合みたいなヤツだったか?


「ということは皆さん商人なんですね」

「え? いやいや! 冒険者だよ、俺たちは。見て分かるだろう?」

「ぼ、冒険者?」


 何だ? その不思議な職業は。

 俺が本気で首を捻っていると、ダンさんが口を開く。


「もしかして……ギルドを知らないのかい?」

「え、ええ。恥ずかしながら……この森から出たことがないので……」

『え!?』


 俺の言葉に、全員すごく驚いていた。そりゃそうか。セリフだけで見れば世捨て人だよな。見た目若いのに。……若いよな?


「その……年齢はいくつなんだ? もしや、エルフだったりするのか?」

「え? エルフ? えっと……普通に人間で、歳も16ですが……」


 と言っても、割と最近16になったばかりだけどな。お祝い? あるわけないだろう。

 俺がそう答えると、再びシルディさんたちは驚いた表情を浮かべた。


「わ、私たちより年下だと!?」

「雰囲気のせいか、同い年か年上に見えたわ……」

「俺も、二十歳は超えてると思ったぜ……」


 海外では、童顔に見られるという生粋の日本人なのだが、俺は年上に見られたらしい。俺、本当に老けてないよな? 若いよな!? 不安になって来たぞ!?


「と、とにかく、私は16です」

「そうか……まあ、そう堅苦しい言葉遣いはなしでいいぜ? なんせ、俺たちの命の恩人みたいなもんだからな。もちろん、名前も呼び捨てで構わねぇ」

「いえ、でも……」

「あー……私としてもその方が助かる。こっちまで体に力が入ってしまうのでな……」

「そう言うなら……分かった」


 グレイドとシルディにそう言われ、俺は敬語をやめた。年上に敬語なしってすごく微妙な気分だ。


「それで、冒険者やギルドについてだけど……冒険者って言うのは、その言葉の通り様々な地域を冒険する存在のことを言うんだ」

「でも、冒険するにはお金がかかるのよ。だからギルドという冒険者のための組織に登録して、色々な人の依頼……つまり雑用なんかを引き受けて資金を調達するわけ」

「私たちがこの森にいたのも、その依頼の一つだったんですよ」

「ただの調査依頼だと思ってたんだが……結果はこのザマだ」


 ダンたちの説明を聞いて、俺は納得した。

 この危険な森には、ギルドの依頼とやらで来たんだな。


「みんなはこの後どうするんだ? その依頼とやらは結果的に失敗になるのか?」

「いや、依頼はただの調査だからね。何か変わったことがなければそれでいいし、新発見とかあれば、それを報告するだけだから、強いて言うなら生還することが成功条件かな?」

「なるほど……ん? ってことは、俺のことは報告される……?」


 おい、それは非常に困るんですが?

 やっぱり簡単に人を連れてきたりしちゃいけなかったか……?

 今さらながら後悔し始めていると、グレイドが苦笑いした。


「本来ならそうしてぇところだが……お前さんには助けてもらったわけだからな。さすがにそんな不義理なことはしねぇよ」

「そ、そうか……」


 とくにやましいことはないが、それでも報告しないでもらえるのは非常に助かる。

 一安心していると、フィアンナが深刻そうな表情で口を開いた。


「ま、それもここから生きて帰れなければ結局一緒だけどね」

「あ……」


 グレイドはフィアンナの言葉に固まった。

 そうか、ここまで来たはいいけど、それはつまり、またあの危険な森を抜けて帰らなきゃいけないのか。

 どうやらフィアンナ以外はそのことをすっかり忘れていたようで、一斉に頭を抱え始めた。


「なんだ? 帰り道が分からないか?」

「そうじゃないわよ! 普通に考えて、ここに来るまでに死にかけてるような私たちが、無事に帰れると思う?」

「あ、そうか」


 すっかり失念していた。もう緊張と興奮で思考回路がおかしくなってるんだ。


「それなら、俺が森の入り口まで連れて行こうか?」

「え?」


 俺がそう提案すると、みんな呆けた表情を浮かべる。


「俺はここに住んでるわけだし、それに森の外ってのも興味があるからな」


 グレイドたちについて行って、街まで行くつもりはないが、それでも森の外の景色を少しくらいは見たいのだ。いずれは街にも行きたいしな。


「そ、それは私たちは助かるが……いいのか?」


 シルディがそう訊いてくるが、俺としてもちょうどよかったし、何より……。


「困ったときはお互い様だろ?」


 じいちゃんにそう育てられたからな。

 俺の言葉に唖然とするみんなをよそに、俺は身支度を始める。

 そして、俺たちは森の外に出るために行動するのだった。

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