第38話
「さて、川に辿り着くことは出来たわけだけど……」
「どうしよっか?」
俺と楓は川に着いたものの、どうしたものかと困っていた。
学園私有の土地というだけあって、川までの道のりなんかはちゃんと地図もあったし、本当に大きなキャンプ場みたいな感じだ。
俺は手にした釣竿を見た後、どこか釣りが出来そうな場所を探すが……。
「……多いね」
「……そうだねぇ」
皆魚を求めて川に来ているので、ちょっと釣りをするには厳しいかもしれない。
詳しくはないけど、釣り糸が絡まったりしそうだし……。
周囲を見渡していると、楓が俺に訊いてきた。
「どうする? この調子じゃ今日は釣りも難しそうだし、凛ちゃんたちの方を手伝った方がいいかな?」
「そうだなぁ……」
俺は何気なく……と言うか、ほぼ無意識に【気配察知】のスキルを発動させ、人気の少ない場所を探した。
「ん?」
すると、人の気配ももちろん分かったのだが、それとは別に魚たちの気配も感じ取れたのだ。
魚はみんなが釣りをしているところにももちろんいるのだが、そことは別にたくさんいる場所がある。
すぐにその方向に視線を向けると、だいぶ浅瀬でどちらかと言えば釣りをするには向いてない場所だった。
うーん……せっかく魚がたくさんいるのに、釣りがしにくいんじゃなぁ……。
……いや、待てよ。
手づかみでいけるんじゃないか? これ。
ふとそんなことを考えてしまった俺は、急に試してみたくなったので、楓に一言いった。
「ちょっと試したいことがあるから、凛たちと合流するのはその後でもいい?」
「え? それは別にいいけど……どうするの?」
「ちょっと見てて」
俺はズボンのすそをあげると、川の中に入っていく。
「ゆ、優夜君!? 何やってるの!?」
俺の行動に楓は驚きの声をあげた。
その声につられて、周囲の生徒たちもこちらに視線を向けてくる。
……おおう、こんなに視線を集めるとは思わなかったけど……ま、まあいい。今は魚に集中だ。
俺は目の前と言うか、周囲にいる魚たちに意識を向ける。
……うん、やっぱり手づかみでイケそうだ。
水の抵抗を考えても、S級の魔物の動きとかを考えたら全然大丈夫だろう。
そうと分かれば行動に移すのは簡単だ。
「――――フッ!」
右腕を一瞬で水中に突っ込むと、そのまま俺の近くを悠々と泳いでいた魚の首の部分を掴み、一気に掴み上げた。
腕を水に突っ込む瞬間も、抜き去る瞬間も水面は静かで本当に一瞬の間の出来事だった。
俺は捕まえた魚を見て、一つ頷いた。
「うん、やっぱり大丈夫だったな」
『うおおおおおお!?』
「うおっ!?」
突然上がった歓声に、俺は驚きの声をあげた。
声の方向に視線を向けると、先ほどから見ていた他の生徒たちが俺を見て騒いでいる。
「今の見たか!? 手づかみで魚捕まえたぞ!?」
「いや、捕まえたのは分かったけど一瞬過ぎて手なんて見えなかったよ!」
「本当に気づいたら手に魚握ってたって感じだよな……」
「どのみち、人間業じゃねえよ……」
予想以上の反応に、俺は冷や汗を流す。
……そんなに人外じみた動きだったかな? 確かに素早く魚を捕まえたつもりだけどさ……。
そんなことを思っていると、興奮気味に楓が駆け寄って来た。
「す、すごいよ、優夜君! 手で魚を捕まえちゃうなんて……」
「あ、あはははは……何となくできるかなぁって思ったら、できたんだ」
「……前の体育のときもそうだけど、優夜君って全体的にスペック高いよね」
「そ、そうかな?」
まあ確かに体育のときの動きを思い出せば、身体能力が尋常じゃなく高いのは分かるだろう。
「取りあえず、これなら魚を確保できそうだから、一気に捕っちゃおうか。ゴメンけど、楓は捕った魚をバケツに入れるから見ててくれないか?」
「うん、分かった!」
楓の了承も得たところで、俺は再び魚を捕るために川へと向かう。
ちなみに魚はスキル【鑑別】で食べられることは確認済みなので、問題ないだろう。
……あ、凛たちと合流したら、先生に見せる前に俺が【鑑別】で最終確認しておこうかな? そうすれば確実で安全に食べられるだろうし。
俺があれこれ考えている間に、俺と同じように素手で魚を捕まえようと多くの生徒たちが浅瀬にやって来たが、みんな苦戦していた。
そんな彼らをよそに俺はどんどん捕まえていき、最終的に八匹を捕まえることに成功するのだった。
***
「お帰り! そっちはどうだった?」
テントの場所に戻ると、元気に出迎えてくれる凛とお尻を突き出した格好で倒れ伏してる晶の姿が。……晶の身に何があったんだ。
「何とか魚は捕れたよ」
「聞いて、凛ちゃん! 優夜君すごいんだよ? この魚ぜんぶ手で捕まえちゃったんだ~!」
「手で!? はぁ~……この間の体育のときといい、見た目にあわず活発的っていうか……」
「?」
まあおデブだった頃もどう頑張っても運動大好き! って感じには見えなかっただろうな。今は知らんが。
「それより、晶はどうしたんだ?」
「え? あー……アイツは放っておいていいよ」
「酷いっ! 散々僕をこき使ったクセに!」
「あ、生きてた」
勢いよく起き上がった晶はフラフラになりながらもどんな状況だったか語り始める。
「……最初はよかったんだ。お互いに慣れないながらもキノコだの山菜だのを採取してさ。でもだよ? 何時からだ……気付けば険しい崖の上に生えた山菜や見分けのつかないキノコの毒見をさせられたり、熊の囮になったり……!」
「毒見したの!? あれほど先生が食うなって言ったのに!? てか熊までいたのか!? ここ危ないじゃねぇか!」
予想以上にサバイバルしてるな、おい!
驚く俺に晶は力のない笑顔とサムズアップをした。
「き、気にしないでくれ。君たちが笑顔になるなら……問題ないだろう?」
「問題大ありだよ!」
特に熊とかね! どうすんの? これ。
軽く晶の体の様子を【鑑別】で調べてみたが、毒は検出されなかったから大丈夫だったようだ。マジでよかったわ……。
「それじゃあ、そっちが採ってきてくれたものも見せてもらえる?」
「うん、もちろん構わないよ」
凛の承諾を得て、俺は晶たちが命がけで採って来たものを確認した。
『黒トリュフ』
トリュフ!? トリュフが採れるの!? この山! どこまでぶっ飛んだ学園なんだよ!
いきなりとんでもない食材が飛び出したわけだが、まだまだ山菜はたくさんある。
『自然薯』
自然薯! スゲェ、本物だ! とある場所では栽培もしてるらしいけど、これは山で採れたヤツだ。
『トンビマイタケ』
これは初めて見るキノコだったが、その名前の通り見た目はマイタケに近いけど傘の大きさが全然違う。
毒はないから問題はない。
こういった感じで確認していったわけだが、中にはやはり毒のあるモノも紛れ込んでいた。
……良かった。それを晶が食べてたら取り返しのつかないことになってたよ。てか、本当に危ないな! まあ先生に確認してもらうの前提なんだけどさ。
それよりも山菜を採って来たわけだけど、正直調理したことないからなぁ。
「ねぇ、この中で料理できる人何人いるのかな?」
『……』
「ウソでしょ?」
俺の質問に三人は目を逸らした。どうやら料理ができるのは俺だけらしい。マジかよ。
言いたいことはあるけど、とりあえず先生に採って来たものを見せに行くか。
先生方が待機しているスペースに行くと先客がいたのだが、佳織の姿がその中にあった。
「あ、佳織!」
「あら? 優夜さん。お久しぶりですね。どうです? この学園生活は」
「いや、すごく充実してるよ。……まさかサバイバルを体験するとは思わなかったけど……」
俺が本音を漏らすと、佳織は苦笑いを浮かべた。
「まあそうでしょうね。ですが、楽しいでしょう?」
「……そうだな」
確かに危ないけど、普通に面白い。
それは紛れもない本心だった。
すると佳織の班の仕分けが終わったらしく、班員が佳織に声をかけた。
「佳織、終わったよー……って【王子】!?」
「はい、分かりました。……それでは優夜さん、ごきげんよう」
佳織は何やら俺を見て驚いている班員のもとに向かい、賑やかな様子のまま去っていった。
佳織とはクラスが違うから会うことはなかったが、元気そうでよかった。
そんな風に思っていると、晶が驚いた様子で俺の声をかける。
「ゆ、優夜君。君はあの佳織様と知り合いなのかい!?」
「へ? か、佳織様? ま、まあ……この学園に来るキッカケも佳織だったし……」
隠す必要性もないのでそのまま本当のことを言うと、晶はハンカチを噛みそうな勢いで詰め寄って来た。
「羨ましいッ! 僕は君が羨ましいよ! 【プリンセス】佳織と知り合いだなんて……!」
「ぷ、プリンセス?」
話の流れについて行けないでいると、凛が呆れながらも教えてくれた。
「あのバカはともかく、佳織さんって言えばこの学園の学園長の娘さんだし、その優雅な佇まいとか優しいことから【プリンセス】なんて呼ばれてるのよ」
「へぇ……」
確かに気品みたいなものを感じるよな。
それなのに親しみやすいし……改めて考えるとすごい人だ。
そんなことを思いながら、俺は先生に採って来た山菜などを仕分けてもらうのだった。
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