第69話
「この街に来るのも久しぶりだなぁ」
「わふ」
「ふご」
魔法具を選別し終えた俺は、空夜さんの勧めで、一度気持ちをリフレッシュする意味もかねて前に冒険者ギルドや商業ギルドで登録した街まで来ていた。
ただし前回と違うのは、一度訪れたことがあるため、転移魔法で移動することができることだ。
とはいえ、いきなり街中に転移するわけにもいかないし、転移するところを誰かに見られるのも何かあるかもしれないから、街から少し離れた位置に転移している。
そんなわけで、久しぶりの街に向かうと、前回と同じように検問を受ける。
だが、今は冒険者ギルドでも商業ギルドでもギルドカードをもらっているので、身分証に関しては問題なかった。
そして、街に入ると、俺はナイトたちに話しかける。
「冒険者ギルドに寄るのもいいけど、先に魔法具売っちゃうか。それで、冒険者ギルドに寄って、また何か簡単な依頼を受けるのもいいね」
「わん!」
「ぶひ」
ひとまず今日の方針を決めた俺は、そのまま商業ギルドに移動した。
中に入ると、以前胡椒を売った時、対応してくれた受付の人の場所が空いていたので、そこに移動する。
「こんにちは」
「はい、こんにちは……って、ユウヤ様!?」
「は、はい。お久しぶりですね」
「お久しぶりです。あ! す、すみません。本当に久しぶりでしたので、つい……そういえば、ユウヤ様が持ち込まれた胡椒は、とても評判がいいですよ!」
「そ、そうなんですか?」
「はい! 胡椒だけでなく、あの容器のビンも非常に高品質だったので……」
さすが地球産のビンと胡椒だ。
別に俺が作ったわけでもないし、今となってはただの量産品なのかもしれないけど、こうして地球のものが褒められるのは嬉しいな。いや、本当に俺は全く関係ないんだけどさ。
「もしまたお売りになる際は、お声掛けください」
「はい、その時は……あ、えっと……」
よくよく考えれば目の前の受付の人の名前を知らないことに気付き、俺はつい口ごもってしまった。
すると、受付の人もそれに気づいた。
「そういえば、前回は名乗っておりませんでしたね……改めまして、商業ギルドで受付をしております、カトレアと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。よろしくお願いします!」
改めて自己紹介を終えると、カトレアさんは首を傾げた。
「それで……本日のご用件はなんでしょうか? もしや、また胡椒を売ってくださるとか?」
「すみません、胡椒は今日は用意していないんですが、魔法具を売りたいなと……」
「ま、魔法具を作ることができるのですか!?」
「え、あ、はい。一応……」
「その……見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
何やらカトレアさんの雰囲気が変わったことに戸惑いながらも、ひとまず冷蔵庫の機能を搭載した木の箱を取り出し、カトレアさんに渡した。
そして、箱を開け、中から漂う冷気を感じると、カトレアさんが固まった。
「な……」
「あ、あの……?」
「……すみません、少々お待ちいただいてもいいでしょうか?」
「だ、大丈夫です」
血相を変えてどこかに向かったカトレアさんを見送りつつ、俺は内心冷や汗を流していた。
や、やらかしてしまっただろうか?
この街の図書館にいた司書のレナさんは、もし木で作られた冷蔵できる魔法具があったら売れるって聞いていたんで、持ってきたんだけど……。
よくよく考えれば、それが革命的だとも言っていたし、完全にやらかしてますね。
でも、木で作れれば、一般家庭にも広まるかもしれないし、色々な人の役に立てればと思ったんだけど……。
「まあ、やってしまったものは仕方がないか」
「わふ?」
「ふご~」
ナイトはよく分かっていないようだったが、アカツキは気にするなと言わんばかりにだらけていた。うん、アカツキじゃないけど、多少は大雑把に生きるのも大切かもしれないな。
そんなことを思っていると、商業ギルドのギルドマスターであるラインハルトさんを連れて、カトレアさんが戻ってきた。
「お待たせしました!」
「久しぶりだね、ユウヤ君」
「お久しぶりです、ラインハルトさん!」
「元気そうで何よりだ。それで、カトレア君が何やら慌てていたが、また何かすごいものを持ってきたってことでいいのかな?」
どこか探るようにラインハルトさんはそう言うが、俺としてはそんなにすごいものを持ってきたという認識はないので、苦笑いしながら冷蔵庫を見せた。
「これです」
「これは……まさか、魔法具かい?」
「はい」
「……一応訊いておくが、これを作ったのは?」
「僕ですけど……」
「やはりか……」
俺の言葉にラインハルトさんはため息を吐きつつ、冷蔵庫を検分し始める。
だが、すぐに木の箱から冷気が漂ってくることに気付くと、カトレアさんと同じように固まった。
「ま、まさか……これは……」
「ぎ、ギルドマスター。恐らくこの箱は、食材などを冷やし、保存するための魔法具だと思われます。ただし、その素材は……」
「……木、か」
難しい表情で冷蔵庫を眺めたラインハルトさんは、俺に視線を向ける。
「……ユウヤ君。もしよければ、この魔法具に刻んだ魔法文字を見せてもらうことはできるかな? もちろん、魔法具を作る者にとって、魔法文字とは一種の財産だ。世間一般に公開されていないような魔法文字であれば、見せるのを躊躇うことも理解できるから、もちろん断ってくれても構わない」
「い、いえ、そこは大丈夫ですけど……」
そう言いながら、俺はアイテムボックス内に余っていた木の板を取り出し、ラインハルトさんたちの前で『冷蔵庫』と刻み込んだ。
すると、ラインハルトさんはそれを見て、ため息を吐く。
「やはりな……。見せてくれてありがとう。今見た文字の情報は、決して外部に漏らさないことを約束しよう」
「ありがとうございます。それで、その……何か不味かったでしょうか?」
「いや、ユウヤ君に非はない。ただ、やはりユウヤ君がこの魔法具に刻んだ魔法文字は、誰も知らない新しい文字だということが分かったんだ」
確かに、俺が魔法具に刻んだ文字は漢字であり、この世界の住人が知らないのは当然だった。
そして、ラインハルトさんは真剣な表情で続ける。
「ところでユウヤ君は、魔法文字の取り扱いについてはどこまで知っているかな?」
「えっと……すみません、魔法具を作る上で必要だということ以外は、ほとんど知らないです」
「なら教えよう。魔法具に使われる魔法文字は、私たちが普段から使っている文字に魔力を込めて、刻んだものを指す。ただし、人によっては新たな言語を生み出したり、我々の知らないような言葉を操り、刻むこともできるのだ。つまり、今の優夜君のようにね。それは分かるかな?」
「はい」
「そして魔法具を作れるなら分かると思うが、素材ごとに刻める魔法文字の限界が存在する。だからこそ、少ない文字数で多くの意味を持つ魔法文字が現れれば、それだけですごい発見なのだよ。例えば……この魔法文字のこれは、なんて意味なのかな?」
ラインハルトさんはそう言いながら、俺が刻んだ冷蔵庫の『冷』を指した。
「それは冷たいとか、冷やすとか、そんな意味になりますね」
「なるほどな。我々が冷やすという指示を魔法文字で刻む場合、最低でも三文字必要な中、君のこの文字はたった一文字でそれらを内包してしまっているのだ。つまり、この文字を使えば、二文字も短縮できることになる。ここまでは理解できるかな?」
「は、はい」
「そしてここからが本題だ。実は魔法文字には特許制度が存在する。特許制度は分かるかな?」
「な、何となくですけど……申請すれば、その人のモノだって正式に登録されて、その技術とかを使いたい人がいれば、お金を払うことでその技術を使用でき、登録した人にお金が入るってシステム、であってますか?」
「そうだね。ここまで話せば何となく察しはついたかもしれないが、そんな便利なこの『冷』という魔法文字を、我々商業ギルドに特許申請をすることで、他の魔法具職人たちも広く使えるようにすることができるのだ。そこで、私がユウヤ君に提案したいのは、この魔法文字を特許申請しないか? ということなんだが……どうだい?」
ラインハルトさんの話を聞いて、魔法具そのものよりも魔法文字の方でことが大きくなるとは思わなかった。
そしてもちろん、俺としては特許申請をするのも問題はない。
「僕は別に問題ないですけど……よく分からないんですが、魔法文字を特許申請して、他の方が使ったとして、望んだとおりの効果は発揮できるんでしょうか? その、僕はこの文字の意味を正確に理解して使っているので分かるんですけど……」
「それは問題ないよ。君がこの文字を生み出したのか、元々どこかの地域に存在していた文字なのかは知らないが、こうしてしっかり魔法具に反映されていることを考えると、この魔法文字はこの世界に認められ、そして君の認識通りの効果でこの世界に刻まれたはずだ」
「せ、世界に刻まれる……ですか?」
「ああ。詳しい話は学者ではない私にも説明できないが、遥か昔、我々の知る言葉以外で魔法文字を生み出した人がいて、当然その魔法文字の意味を完全に理解できる人間は少なかった。だが、その文字を何の意味かも分からない人間が、そのまま同じように魔法文字として刻んだところ、同じ効果を発揮したんだよ。つまり、その人物が生み出した魔法文字は、その効果として世界に認められた、というのが今のところ知られている魔法文字の原理の一つかな?」
どうやら俺が心配するようなことは特にないみたいだ。
その代わり、まだまだ魔法文字には俺の知らないことが多くあり、もっと調べてみると楽しいかもしれない……そんなことをつい考えるのだった。
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