第70話

 ラインハルトさんからこの世界での魔法文字の扱いについて教えてもらった俺は、ふと気になったことを訊いてみた。


「そういえば、新しい言語を開発して、魔法文字にしようとする人はいなかったんですか? さっきの話だと、遥か昔にいたみたいな感じですが……」

「うーん……なんといえばいいのか……今と違い、昔は識字率も何もかもが大きく異なったわけだ。今でこそ、王国主導で各地域で様々なことを学ぶ機会こそできたが、昔は違う。それこそ、その魔法文字が原初の魔法文字とさえ学説では言われているくらいだ。私の言い方が悪かったが、別にその人物は新しい言語を生み出したというわけではないよ?」

「そうなんですか?」

「ああ。その時代に存在した文字に魔力を流すなんてことを考えた、というのが正しいかな。そして、低い識字率の中、文字に魔力を流しつつ、意味を正確に理解し、操れた人間が、先ほど言った昔の人物ということになるのだ」

「なるほど……」

「その魔法文字ができて、文字が読めない人間が形を見様見真似で刻んだところ、ちゃんと効果は発揮されたそうだ。他にも、魔法文字としてこの世界から認められるには、この世界に住む住人の多くがその文字を、意味を知っているという、共通認識が必要になる。昔は言語自体を操れる人間は少なかったが、その少ない人数だけでもちゃんと効果を発揮したし、案外魔法文字になるための規定は緩いのかもしれないね。ともかく、その共通認識はやがて星に刻まれ、魔法文字へと発展した。ユウヤ君が持ち込んだこの文字も、我々が知らないだけで君の国では知られているからこそ、効果を発揮したんだろう」

「あ、あははは」


 俺はラインハルトさんの言葉に苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 真実は分からないが、漢字が魔法文字として使えたのは、地球では多くの人間が漢字の存在を認識しているからだろう。もっと限定的に見れば、日本人や中国人なんかが意味も含めてある程度知っているわけで、この世界から見ると異世界人である俺は、文字だけでなく、その共通認識ごとこの世界に持ち込めたのかもしれない。

 自分で言っててなんだが、共通認識を持ち込むって何だ。

 あれかな、『漢字』という文字そのものに、俺たち人間の遺伝子のように意味や地球での共通認識が刻まれていて、『漢字』をこの異世界に持ち込むということは、その遺伝子ごと持ってくるってことになるんだろうか。

 というより、この仮説が正しいなら、俺が新たに文字を生み出してさらに魔法文字を短縮していくというのは難しいかもしれない。

 その文字が魔法文字として使えるようになるには、その意味をこの世界中の人間に広めなければいけないんだからさ。何人が扱えれば魔法文字として認められるとか基準があるんだろうか? 少なくとも日本や中国の人口並みの認知度が必要だろうが。ラインハルトさんの話が本当なら、昔の識字率とか考えるとかなりハードルは低そうだけど。

 とにかく、そう簡単な話ではないというわけだ。そりゃそうだよな。文字を生み出して短縮しようなんてこと、考えないワケないだろうし。新たな言語で魔法文字を作ろうとすれば、その文字を世界に広めることから始まるというわけだ。それは大変だ。

 そう考えると、異世界出身かつ、漢字を扱える俺は非常に運が良かったと言えるだろう。これもまた、ステータスの運が作用してるのかな?


「さて、魔法文字についてはある程度理解できたかな? とはいえ、まさかそれを扱っている君が知らないというのも変な話だが……」


 ラインハルトさんの指摘を俺は笑って誤魔化すことしかできなかった。

 ここまで何も知らない俺に対して、ラインハルトさんはとても丁寧に教えてくれたし……商人だって言うから、色々俺が不利になるような状況も覚悟してたけど、本当にありがたい。


「それで、どうする? 魔法文字の特許申請をするかい?」

「そう、ですね。お願いします」


 ラインハルトさんの言葉に了承した俺は、そのままスムーズに魔法文字の登録へと移った。

 そして、俺が特許申請した魔法文字は、『冷蔵庫』以外に持ち込んだ魔法具で、コンロに使った『弱火』、『中火』、『強火』と、『拡声器』、『録音機』、『送風機』。そしてエアコンに使った『温風』と『冷風』の数種類だ。

 漢字の数にすると十六種類となる。

 それらの漢字を意味も含めて伝えると、ラインハルトさんとカトレアさんは唸った。


「す、すごいですね……」

「ああ……今日持ち込んでもらった魔法文字だけで、あらゆる魔法具の常識が覆る。しかも、どれもが応用の幅の広いものばかりだ……」


 改めて提出した魔法文字を調べたラインハルトさんは、そのまま一度受付の奥に下がると、大きな袋を持って帰ってきた。


「さて、魔法文字の特許は一文字につき金貨100枚と決まっていてね。もちろん、特許申請の手数料なんかを差し引いた値段がそれだ。つまり、今回君に払う金額は金貨1600枚ということになる」

「1600枚!?」


 とんでもない額に、俺は目を見開いた。

 しかし、ラインハルトさんは笑いながら続けた。


「まだ驚くのは早いよ。君が申請した魔法文字を使いたい人間は、一定額を納める必要があるから、その収益も君のものだ。もちろん、いくらか手数料は差し引かれるが、君の申請した魔法文字ならそれもごくわずか……すごいお金が動くだろうね」

「……」


 まさかそこまで大きな金額になると思ってなかった俺は、ただただ呆然とする。

 すると、カトレアさんが新しい用紙を取り出し、俺に差し出した。


「ユウヤ様。よろしければ、銀行の口座を開設されませんか? 額が額ですし、これから特許料を振り込むためにもあったほうが大変お得となりますが……」


 カトレアさんの言うことももっともで、どこか夢見心地のまま、契約書やらをちゃんと読みつつ、名前を記入していくのだった。

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