第24話

「はい、席につけー。さっきホームルームを終えたばっかだが、一つ追加で連絡事項がある」


 どこか気だるげな印象の白衣を着た男性教諭が、自分のクラスの生徒たちに向けてそう告げた。

 怠そうにしている男性教諭は、こう見えて科学の権威でもあるうえに、授業も分かりやすく、生徒からも慕われていた。

 そんな先生の言葉に、生徒の一人が聞く。


「はいはいはい! 連絡って何ですかー?」

「おう、挙手は一度にしやがれ。んでそれを今から言うんだろうがバカ野郎」


 生徒に対する台詞とは思えなかったが、クラスは軽い笑いに包まれた。

 そして、先生は意味深な笑みを浮かべる。


「よく聞けよ? 今日、体験入学をするヤツをこのクラスで受け持つことになった」

『!』


 先生がそう言った瞬間、クラスはざわつき始めた。

 やはり、どの学校でも転校生や編入生は珍しいのだ。

 すると、先ほど質問した生徒が再び訊く。


「はいはいはい! 男ですか、女ですか!?」

「よし、挙手は一度って言った先生の話一つも聞いてねぇな。まあいい。そいつは男だ」


 先生の言葉に、今度は反応がハッキリ分かれた。

 男子はあからさまに落胆した様子を見せ、女子は逆にテンションが上がっており、どんな生徒がやって来るのか生徒同士で話し始める。

 だが男子たちも、本気で落胆するほどでもないため、すぐに女子と同じような話題で盛り上がり始めた。


「はい、盛り上がるのは勝手だが、あんまり時間がねぇんだ。この後も普通に授業だしな。んじゃあ、今からそいつに入ってもらうか」


 先生がそう言った後、笑みを浮かべながら生徒たちを見渡した。


「度肝抜かれるんじゃねぇぞ?」

『?』


 先生の言葉の意味が分からず、生徒たちが首を傾げる中、とうとう優夜が教室に入って来るのだった。


***


 俺――――天上優夜は、司さんの勧めで今日一日体験入学することを決めた後、お世話になる先生に連れられ、その教室前まで移動していた。

 ちなみに佳織だが、クラスが違うため、途中で別れている。

 ……すげぇ緊張する。

 でも、担任の先生を見たおかげで、最初よりは緊張がほぐれていた。

 なんせ、超エリート高校なわけだから、先生も厳格な人ばかりだって思ってたんだけど、あの先生スゲェ怠そうにしてたからなぁ。

 司さんの話では、すごく優秀で生徒からも信頼されてるらしいけどさ。

 俺としても、厳しすぎる人だと精神的に耐えられるか分からないからなぁ。

 何はともあれ、担当してくださる先生があの人で良かったと思うことにしよう。

 それはともかく、教室に入ってからの挨拶だよなぁ。

 バイト漬けだった俺には趣味と呼べるものもないし……あれ? これ、自己紹介するうえで致命的なんじゃね?

 や、ヤベェ……どうしよう……。

 せっかく緊張がほぐれ始めたと思ったのに、再び俺はガチガチに緊張し始めた。


「おい、入ってきていいぞー」


 どうしようどうしようと必死に頭を働かせていると、先生から入って来るように声をかけられた。

 ……ええい、未来の俺……何とかして!

 他人事のようで、結局自分に任せるという意味の分からないことをしながら、俺は意を決して教室に入った。


『っ!?』


 え?

 入った瞬間、まず感じたのは視線。

 これは、体験入学生で自己紹介もするんだから、特に変なことはない。

 だが、続いて訪れた大きな驚愕は、俺にはよく分からなかった。

 クラスの誰もが目を丸くして、呆然としているのを不思議に思いながら、俺は黒板の前に立つ。


「よし、んじゃあ軽い自己紹介をしてくれ」

「は、はい。天上優夜です。今回は、体験入学という形でみなさんの授業に参加させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げ、顔を上げるが、未だに呆然としたままで何の反応も帰ってこない。え、泣いていい?

 無言の空間に思わず泣きそうになっていると、なぜかおかしそうに笑う先生が助け船を出してくれた。


「くっくっく……おい、何時までも呆けてるんじゃねぇぞー。体験生が困ってるだろうが。……よし、天上。お前はあの窓際の一番後ろに座りな」

「は、はい」


 先生の指示のもと、俺は指定された席に着き、隣の生徒に挨拶をした。


「えっと……よろしくね」

「え? あ……うん。……よろしく」


 隣の生徒は、ショートカットのどこかクールな印象を受ける女子生徒だった。

 首元にチョーカーが着けられてるけど……こういうアクセサリーは禁止されてないのかな?

 どちらにせよ、俺の通う学校では不良以外には見られない光景だ。アクセサリーは禁止されてるし、髪を染めるのももちろんダメだ。

 しかし、このクラスでは何人も染めてるし、アクセサリーもオシャレに身に着けている。

 そんなことを考えていると、先生が手を叩いた。


「はい、いい加減帰ってこーい。もう授業が始まるぞー」


 そういうが、みんなが本格的に動き出すのは一分後の事だった。

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