第23話

「――――」


 急展開に未だ頭がついて行けていない中、俺は気付けば『王星学園』の校門前に到着していた。

 西洋のお城にありそうな、決して学校の門とは思えないような立派なモノが目に飛び込んでくる。

 それだけでなく、その門の向こう側では、どうみてもどこぞの宮殿にしか思えないほど大きい校舎や、広大なグラウンドが広がっていた。

 いや、あの、その……。

 大きいです。


「ようこそ、『王星学園』へ!」


 呆然としている俺に、宝城さんは笑顔でそう告げた。

 そして、なんだか夢見心地のまま宝城さんに連れられ、校門をくぐった。

 時間はもうホームルームが始まっている時間のようで、俺たち以外に生徒の姿は見えない。


「あ、あの……大丈夫なんですか?」

「何がです?」

「えっと……周りに生徒がいないようですし、もうホームルームも始まってるんじゃ……」


 小心者の俺は、遅刻とかするのは怖くてとてもできないので、宝城さんは遅れても大丈夫なのか気になった。

 すると宝城さんは上品に笑った。


「ふふふ。大丈夫ですよ。ここに来る前にも言いましたが、この学園の理事長は私の父がしているのです。それに、事前に遅れることは連絡してあるので大丈夫ですよ」

「そうですか……」


 どうやら俺の杞憂だったらしい。よかった。

 俺なんかのせいで怒られたってなったら、申しわけなさすぎるもんな。

 それにしても、こんな大きな学園の理事長って……宝城さんの所作は上品だとは思っていたけど、やっぱりお金持ちなんだなぁ。気品? ってのが備わってるんだろう。

 俺は貧乏人のオーラがあふれてるけどね。

 あ、そう言えば……帰りにスーパー寄らないと。今日は卵の特売日だからな。

 そんな庶民的なことを考えながら宝城さんのあとをついて行っていると、いつの間にか理事長室と書かれた扉の前に辿り着いていた。

 宝城さんは、そのドアをノックすると、中から渋い男性の声が聞こえてきた。


「入りなさい」

「失礼します」

「し、失礼します!」


 体中に力が入った状態でそう返事をして、宝城さんに続く形で入室した。

 中に入ると、誰が見ても質がいいと分かるような革張りのソファーや、落ち着いた茶色の机が置いてあり、その奥には執務をするための机と、そしてカッコイイ中年の男性が座っていた。

 あの男性が、宝城さんのお父さんなのだろう。よく見ると、どことなく似てる気もする。

 男性は、部屋に入って来た俺を見て、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに優し気な視線で迎え入れてくれた。


「よく来てくれたね。私はこの『王星学園』の理事長をしている宝城司ほうじょうつかさだ。天上優夜君……君のことは娘の佳織から聞いているよ。娘を助けてくれて、ありがとう」


 丁寧なあいさつの後、頭を下げられた俺は慌て顔を上げるように言う。


「あ、頭を上げてください! 助けるだなんて、大層なことは……」

「いや、君がどう思おうと、確かに行動を起こしたんだ。それは誇るべきことだよ」

「そうですよ、優夜さん。改めて、ありがとうございました」


 二人からそう言われた俺は、恐縮しっぱなしだった。


「わ、分かりました。その感謝を受け入れます」

「……ありがとう」


 俺が感謝を受け入れたことで、二人は頭を上げた。

 そして、俺はふと気になったことを訊く。


「そう言えば、あの時はどうして宝城さんは一人だったんですか? 護衛みたいなのは……」

「優夜さん、宝城さんだなんて他人行儀ではなく、佳織と呼んでください。敬語も敬称も不要ですよ?」

「え!? でも……」

「娘がいいと言っているんだ、それに同い年ならそこまで畏まる必要もないだろう?」

「そ、そういうことでしたら……」


 畏れ多いと思いながらもそう答えると、宝城さん……いや、佳織は笑顔になった。


「さて、優夜君の質問だが、佳織には普通の生活をしてほしくて、幼い時以外は護衛なんていなかったんだ」

「それは私自身が望んだことでもあるんです。いずれはどこかに就職して、独り立ちするというのに護衛なんて必要ないでしょう? ですが、あの一件のせいで、今は送り迎えが必要になってしまったのです」

「私も心苦しいと思うが、やはり娘だからね。大切なんだ」

「なるほど……」


 お金持ちには、お金持ちの苦労があるんだろう。

 それこそ、俺みたいな貧乏人を誘拐しても身代金もクソもないから誘拐されることなんてそうそうないだろうが、お金持ちならその危険性があるわけだ。

 いや、誘拐って本当に物騒だなと思うけど。あの時はナンパだったけどさ。それでも、荒木たちが所属してるとかいう不良のチームみたいなのもあるみたいだし、ここら辺も治安がすごくいいというワケでもない。 

 そんな話をした後、ようやく本題に入った。


「さて、優夜君にこうして来てもらったわけだが、理由は聞いているね?」

「は、はい。編入をしないかと……」


 そう答えると、司さんは頷く。


「そうだね。私としては、君にこのまま『王星学園』に通ってもらいたいと思ってるんだが……どうだろう? もちろん、これは娘を助けてもらったお礼も兼ねているから、授業料なんかは気にしなくてもいい」

「そんな!? そこまでしていただかなくても……!」

「言っただろう? 私にとって大切な娘なんだ。これくらいお安い御用さ」


 そう言って笑う司さんに、佳織は恥ずかしそうに頬を染めた。

 ……仲のいい家族だな。

 俺の家とは……大違いだ。

 でも、今の俺にはナイトがいる。寂しくないって言えばウソだけど、ナイトの存在は本当に大きい。


「それで……どうする?」

「僕は……僕なんかがこの学園に通ってもいいんでしょうか……?」


 『王星学園』は、日本で知らない人間はいないほど有名な学校なのだ。

 それこそ、日本や世界で活躍するほとんどが、『王星学園』出身だって聞くくらいに。

 つまり、ごく一部の選ばれた存在……天才だけが通えるような学園。

 そんな学校に、特に取り柄もない俺が……。

 俯き気味に尋ねる俺に、司さんは優しく言った。


「優夜君。天才って言うのは、どういうことを指すと思う?」

「え? ……何でもできるような人ですか?」

「そうだね。そして私が思うに、天才っていうのは物事に取り組む際、人より短い時間で正解や正しい努力の仕方を見つけてしまう人の事だと思うんだ。――――逆に言えば、それ以外は他の人と一緒なんだよ。努力をすれば、必ず真実に近づけるんだ」

「……」

「もちろん、天才とは別に、それぞれに才能はあるだろう。でも、そんなものは君たちみたいな若いうちから決めつけていい物じゃない。いろいろなことに挑戦して、楽しんで……それからでも遅くはないんだよ。そして私の学園は、そんな若者たちに色々な経験をしてほしいから建てたんだ。だから、君が自分を卑下する必要はない。これからゆっくり、自分と向かい合っていけばいいんだから」


 司さんの言葉は、俺の胸に染み込んできた。

 そんな風に言ってもらったことなんて、おじいちゃん以外からはなかった。

 何をしても陽太たちや他の人と比べられ、何をするにしても無能のレッテルを貼られ、おじいちゃんが死んでからは、それを俺は受け入れることしか出来なかった。

 それが、こんな風に言ってもらえるなんて……。

 いろいろな感情が渦巻いて、そのことに戸惑っていると、司さんは一つ提案した。


「まあいきなりいろいろ言われても困るだろう。だから今日一日、私の学園に体験入学するというのはどうだろうか?」

「え?」


 思わず間抜けな声が出たが、司さんは気にすることなく笑みを浮かべたまま続けた。


「今日この学園を体験して、もし入学したいと思ってくれたなら、そのときにまた、君を正式に迎え入れよう」


 俺はその提案に乗り、今日一日、『王星学園』に体験入学することになるのだった。

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