第15話

「えっと……切らしてた物は買えたな」


 街に出た俺は、当初の目的の一つである、日用品の買い足しを終えていた。

 街には大きなショッピングモールがあり、ここに行けばたいていの物が手に入るので、昔からよく利用していた。

 ……まあその分、絡まれたりと大変な目にも遭ってるけどさ。

 それに、人の目が多い場所に行くと、あまりいい思いをしない。

 だが、今回は以前にも増して、様々な視線を向けられている気がするのだ。

 むしろ、以前は侮蔑の視線を向けられることは確かに多かったが、店で買い物した時などは誰一人として俺の顔を見てくれなかった。

 それなのに、今日の買い物ではみんな俺の顔をじっと見てくるのだ。

 しかも、誰もかれもが俺の顔を見ると少しの間フリーズして、声をかけなきゃレジをしてくれないし。

 今も周りでは、やっぱり俺のことを見てヒソヒソと話す姿がチラホラ見える。


「ね、ねぇ、あの人……」

「ウソ、誰!? あれ! 芸能人?」

「イケメンでスタイル抜群って本当にあるんだ……」

「色気ヤバすぎじゃない!?」

「そう言えば、今日ここでファッション誌の撮影があるって聞いたような……」


 うーん。聞き耳を立てる趣味はないから、何を話してるのか分からないけど、気になるなぁ。

 ただ、そこまで嫌な感じはしないので、少しモヤッとする程度で済んでいる。

 まあ俺の感覚が鈍感なだけかもしれないが。人の悪意には多少なりとも敏感になったと思うんだけどなぁ。


「まあいいや。そんなことより、服どこで買おうかな……」


 ショッピングモールをぶらぶらと歩きながら、そう呟く。

 ここに来た時、一応メンズファッションのフロアを確認していたのだが、ブランドの種類が多すぎて何が何だか。


「オシャレとは無縁の生活をしてたわけだからなぁ……お金もなかったし」


 まあ今の格好もシンプルすぎるけどな。

 なんせ、白のワイシャツに、黒のズボン。

 艶やかな青みがかった黒い革靴と、ヘルスライムを倒して手に入れた、レアドロップアイテムの黒月の首飾り。

 うん、改めて考えるとオシャレからは程遠いシンプルな服装だよな。まあ服自体がビックリするほど上質だから、そんな印象はあまり受けないんだけどさ。

 ショッピングモール内を見渡しながら歩いていると、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。


「ちょっと! いつまで待たせるのよ!?」

「すみません! すみません!」

「すみませんじゃないでしょ!? こっちは一時間以上も待ってるのよ!? このアタシを待たせるなんていい度胸ねぇ!?」

「すみません、すみません……!」

「あの……ひかるさん。私のことは気にしないでください」

美羽みうちゃん! 甘やかしちゃダメよ! 相手が寝坊するのがいけないんだから!」

「そ、そうですけど……」

「それに、寝坊のワケを訊けば二日酔いだって言うし、謝罪の言葉もない……これが怒らずにいられますか! ……それに比べ、美羽ちゃんは偉いわねぇ。今ではすっかり有名になっちゃったのに、ちゃんとしてて……遅れてくるクソ野郎に見習わせてやりたいくらいだわ」

「ア、アハハハ……」


 怒鳴り声の方に視線を向けると、ド派手なピンク色のワイシャツに身を包んだ筋骨隆々な男性が、恐縮しきった様子でひたすら頭を下げているスーツ姿の男性に怒鳴っていたのだ。

 その後ろでは、緩いウェーブのかかった茶髪の、遠目からでもその優れた容姿だと分かる女の子が筋骨隆々の男性を宥めていた。

 ……何だ、このカオス。

 よく見ると、筋骨隆々の男性はカメラを持っており、周囲には何やら撮影機材? のようなものがたくさん並べられていた。

 なんかの撮影だろうか? まあこの辺りは結構有名人とか見かけるらしいし、ドラマとかの撮影かもな。

 実際、周囲には一般の人々がたくさん集まっており、俺が思っている以上にすごい撮影なんだと思う。

 うーん、あの女の子は女優さんとかかな? 周りの様子を見ると、ずいぶん有名っぽいけど。

 家にテレビもない俺は、有名人はほとんど知らないわけで、女の子のこともまったく知らないんだが。


「あの様子じゃ向こうは見れないし、離れた場所で服を探すかぁ」


 そう言って、俺はその撮影現場に背を向けた。


「でもアタシにもスケジュールってモノはあるのよ。だから、そちらには悪いけど、今回は美羽ちゃんだけで撮影させてもらうわ」

「そ、そんな!」

「そんなじゃないでしょ! プロなんだから、そこはしっかりしなさい! 別に今後、そちらのモデルを一人も使わないって言ってるワケじゃないのよ? まあ今回遅れてくるヤツは二度と使わないけど」

「は、はい……」

「とはいえ、困ったわねぇ。今日の構図としては、美羽ちゃんともう一人の男性モデルを使って、今時のカップルを演出してもらおうかと思ってたんだけど……ねぇ、この際だから、このショッピングモールにいる一般男性を使うのもアリかもしれないわね。服のサイズはあるでしょ?」

「はい、一応全部揃えてます!」

「よし、なら……あ、あそこにいる男性なんてどうかしら? おーい! そこに君ぃ!」


 他の場所って言っても、どこ見ても同じに見えるんだよなぁ。俺のセンスが壊滅的なだけか。


「そこでなんか考え事してる君よ!」


 ……ん? なんか、声をかけられてるような……。

 思わず辺りをキョロキョロしていると、背後から声がかけられた。


「そう! 今キョロキョロしてる君! ちょっといいかしら?」

「え?」


 思わず振り向くと、あのド派手なワイシャツの筋骨隆々な男性が俺の方を見て固まっていた。

 それは筋骨隆々な男性だけでなく、他のスタッフさんらしき人や、綺麗な女の子も俺を見て固まっていた。

 一瞬、俺の事じゃないのかとも思ったが、周りはなぜか俺だけで、他の人たちは遠巻きに眺めるような位置に陣取っている。……なぜに?

 相手が固まった理由は分からないが、どうやら俺に用があるらしいので、俺は相手の方に再び向かった。


「あの、どうしました?」


 一番目立つ、筋骨隆々な男性にそう訊くと、なぜか筋骨隆々な男性の背景に雷が落ちたかのようなイメージが見えた。え、ナニコレ。

 今度は俺が驚きで固まっていると、急に俺の両手をガシッと掴んできた。


「君! 撮影に協力してくれない!?」

「…………はい?」


 俺はただただ、呆然とすることしかできなかった。

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