第65話

「ここか……」


 放課後、俺は普段立ち寄ることのない校舎に来ていた。

 というのも、以前亮たちと見た、この学校の部活がまとめられていた冊子の中の、『人生経研』という部活の話を聞いてみるためだ。

 その部室が、俺たちが授業などで来ることのない場所にあるため、少し緊張する。

 すりガラスの向こうから光が見えるし、一応『気配察知』のスキルを使ったところ、この部室内には一人だけ人の存在が感じられたので、誰もいないなんて事態にはならないだろう。

 俺は教室の扉をノックすると、中から女性の声が聞こえてきた。


「ん? どうぞ」

「あ……し、失礼します……」


 中に入ると、声の主であろう女性が、優雅にティーカップでお茶を飲みながら、読書をしている姿があった。

 その女性は、長い黒髪を一つにまとめており、眼鏡をかけているその姿から、とても理知的に見える。いや、眼鏡だからって理由で理知的に見えるわけじゃなく、その身に纏う雰囲気がなんというか……俺みたいな小市民とは違い、どちらかと言えば佳織のような、高貴な存在の雰囲気を感じ取った。上流階級って言えばいいのかな? とにかく、俺とは住む世界が違いそう……偏見だけど。

 実際、お茶を飲んでいる姿は非常に様になっているし、とにかく第一印象は頭のよさそうな人だなと感じたのだ。

 すると、その女性は俺の姿を見て、微かに目を見開いた。


「君は……ああ、話題の転入生君だね」

「え? あ、あの、僕を知ってるんですか……?」

「知ってるも何にも、君はこの学校じゃ有名人だからね。ついこの間も、野球部の練習試合で大活躍だったみたいじゃないか」

「そ、そんなことまで……」


 女性の言う野球の練習試合など、本当についこの間の話だというのに、そんなことまで知られているという事実に愕然とする。


「まあいい。それで? そんな君が、この部室に何の用なのかな?」

「あ……そ、その、ここって『人生経研』の部室であってますか?」

「もちろん」

「実は、『人生経研』の活動内容に興味がありまして、見学できないかなぁと……」

「何だって!?」


 俺がそう口にした瞬間、女性は身を乗り出し、目を輝かせた。


「本当にこの部活に興味があるのかい?」

「は、はい。僕自身、今は何か特定のことをやってみたいというものがなくて……そんな時、この部活であれば、色々なことを経験できると思ったので、少し見学してみようかなと……」

「ふむ……」


 俺の言葉を受けた女性は、何やら考え始めた。


「……いろいろな噂を聞くに、彼はなんでもできるはず……逆にいえば、何でもできるからこそ、何がしたいのか分からない状況なのか……」

「あ、あの……?」

「ん? ああ、すまないね。それで、見学の件だが……もちろん、歓迎しよう」

「ありがとうございます!」

「では、さっそく活動内容を見せるとするかな」

「え?」

「少し待っててくれ」


 さっきまでお茶を飲んでいたので、てっきり今日はお休みなのかと思っていた俺は、女性の言葉に驚いた。

 そんな俺の驚きをよそに、女性は別室に移動してしまう。

 待っててくれと言われたので、大人しく部室で待機していると、制服姿から一転し、ジャージ姿となって戻ってきた。


「さて、待たせたね。ああ、君も動きやすい服装に着替えるといい。もし体操服などがないのなら、この部室のモノを貸すが?」

「い、いえ、体操服はあるので大丈夫です! ただ、その……何をするのでしょうか?」

「それは、着いてのお楽しみだ」


 俺の質問に、女性は艶然と微笑んだ。

 すると、女性は何かを思い出したように俺に向き直る。


「そうだ、まだ自己紹介がすんでいなかったね。私はこの『人生経研』の部長である、一条玲奈いちじょうれいなだ」

「あ、天上優夜です!」

「よし、天上君。君が着替え次第、さっそく向かうとしよう」


 女性……一条先輩に促されるまま、急いで着替えた俺は、そのまま校外へと出かけるのだった。


***


「――――なるほど、こういう活動をしているんですね」


 一条先輩と一緒に学校の外に来ていた俺は、思わず感心してしまった。

 何故なら……。


「別にこれだけじゃないけどね。とはいえ、今日は他に予定もなかったし、手っ取り早く活動内容を見せるにはこれが一番なんだ。あ、優夜君。そっちにゴミが落ちてるぞ」

「了解です」


 『人生経研』はその名の通り、様々な経験をするための部活という風になっており、一条先輩に連れられて今俺が体験しているのは、街の清掃活動だった。

 最初、着替えさせられたときはどれだけ動くんだろうと思っていたが……なるほど、これは着替えて正解だな。


「ふぅ……やはり二人でやるとはかどるね」

「え!? もしかして、いつも一人で掃除してるんですか?」

「まあね。なんせ部員は私一人だし。依頼がなければやっていることは基本ボランティアだよ」

「依頼?」


 これまた高校生には馴染みのない単語に首を捻ると、一条先輩は説明してくれた。


「基本的にはボランティア活動としてこういう作業が多いが、時々幼稚園から依頼などを受け、読み聞かせなんかを行ったりしているんだよ。中にはショーをしてほしいという依頼もあったが……残念ながら、今のところ私の部活にショーができるような人材はいないのでね。そういった依頼は泣く泣く断らせてもらっているんだ」

「本当に色々やってるんですね……」


 思わずそう口にすると、一条先輩は首を横に振る。


「いやあ、まだまださ。本当なら色々な場所に売り込みに行きたいところだが、いかんせんそのためのスキルを持った人材がいないからね。色々なスキルを持った人材がいれば、その子ともう一人組ませて参加することで、部活名の通り、色々な経験ができると思ったんだけど……案外難しいものだよ」


 最初、どうして部員が一人しかいないこの部活が残っているのかと疑問に思ったが、一条先輩の地道な努力や社会貢献が認められて、こうして残ってるんだな。

 さっきから感心しっぱなしの俺だったが、それとは別に、さっきからずっと気になっていることがあるのだ。


「あの、一条先輩」

「ん? どうした?」

「何だか数人に後をつけられているんですけど……何か知ってます?」

「!」


 俺の質問に、一条先輩は目を見開いた。

 そう、学校を出たあたりから、ずっと俺と一条先輩の近くを数人の誰かが一定の距離を保ちながら付いて来ているのだ。

 最初こそ勘違いだと思い、気にしていなかったのだが……こうしてこの場所に留まって掃除している間もその数人は立ち去る気配もなく、俺たちを離れた位置から見ているようなのだ。何かしたかな?

 もちろん、これに気づけたのは異世界で手に入れた【気配察知】のスキルがあったからなのだが、そのスキルを持っていなければ気づくことはなかっただろう。それくらい絶妙な距離感と姿の隠し方が上手いのだ。

 一条先輩はしばらくの間俺を驚きの目で見つめていたが、やがて気を緩めた様子で笑みを浮かべた。


「フッ……どうやら君は、噂に違わぬ実力の持ち主みたいだね。まさか彼らに気づくなんて……」

「え? てことは……一条先輩はこの付いて来ている人が誰なのか知ってるんですか?」

「もちろん。でも、気にしないでいいよ。害はないからね」

「は、はあ……」


 まあ一条先輩はこの後をつけてきている人たちが誰か知っていて、大丈夫だと言うのなら、俺からは何も言うことはないが……。

 とはいえ、もし一条先輩に何かあった時のために警戒くらいはしておこう。

 そんなことを考えながら、俺はゴミ拾いを続けるのだった。

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