第66話

「そうだ、優夜君。せっかくだ、ゴミ拾いで何かすごいことはできないかい?」

「ゴミ拾いですごいこと!?」


 『人生経研』の部長であり、先輩である一条先輩に突然そんなことを言われる俺。

 あれから黙々とゴミ拾いを続けていた俺たちは、周囲の人たちから物珍しそうに見られながらも作業を続けていた。

 すると、何を思ったのか、一条先輩は先ほどのようなことを急に言い出したのだ。


「いやぁ、このゴミ拾いは私が時間がある時には積極的に行っていることではあるが、常にできるわけじゃない。それに、このまま大学に進学して、卒業すれば、進路によってはこの街を出るだろう」

「まあ、そうですね」

「そうなると、この街のゴミを拾う人間がいなくなるわけだ。君が入部してくれればありがたいことに変わりはないが、入部しなかった場合、この活動の終わりが見えてくる」

「はあ……」

「もちろん、私がこの高校に入学してから始めたことだから、高校入学前の状態に戻るだけだし、それによって大きな問題が出ることもないだろう。多少街は汚くなるが、今まで何事もなく暮らせていたんだ。ゴミ拾いをする人間がいなくなっても、特に問題はない」

「そう、なるんですかね?」


 実際、ゴミ箱が所々設置されているにも関わらず、ゴミはこうしてたくさん落ちているのだ。そして、一条先輩の言う通り、これが当たり前だった時は当然あるだろう。


「だからこそ、優夜君が一つゴミ拾いでパフォーマンスをすることで、ちょっとでもゴミを拾うことへの意識改革をしてほしいんだよ。ゴミ拾いはすごい……ってね」

「なる……ほどってなりますかね!?」

「なってくれ」

「強制!?」


 いや、言わんとすることは分かるが、ゴミ拾いのパフォーマンスってなんだ!?


「知らないかい? だいぶ前に、侍の格好をした男性たちが、かっこよくゴミを拾う動画が、SNSで話題になっていたんだよ。こう、火ばさみをカッコよく使ってだね……」

「火ばさみをカッコよく……?」


 ダメだ、全く分からん。どうすればゴミ拾いがカッコよく見えるんだ?

 しかし、一条先輩は俺に何とかその状況を伝えようと、手にした火ばさみで落ちているゴミを拾うが、先ほどと何が違うのか分からない。

 必死に一条先輩の伝えたいことをくみ取ろうとするが、それが一条先輩に伝わってしまったようで、一条先輩も困った表情を浮かべた。


「むぅ……案外伝えるのが難しいね。私としては、今のだけでもカッコよくできたと思うんだが……」

「え」


 そうなのか……? ご、ごめんなさい。俺の感性が悪いんです……。

 思わず恐縮していると、一条先輩は軽く呟いた。


「んー……こう、火ばさみを剣や刀に見立てて動いていたから……」

「剣や刀?」


 ……まあ一条先輩の求めるものが何かは分からないが、一応剣であれば、異世界で散々使ったのでそれっぽい動きはできる。

 俺は近くに落ちていた紙屑に目を向けると、それを足で蹴り上げ、宙に浮いている紙屑をまるで居合抜きするかのように、火ばさみで横に薙ぎながらつかみ取った。


「えっと……こんな感じですか?」

「お、おお! そう、そんな感じ……だったか?」


 一条先輩が目を輝かせて俺を見るも、何故か後半首を捻っていた。いや、俺に訊かれましても……。

 ただ、何となく一条先輩の言わんとすることが分かったので、俺は気にせず続けた。


「フッ!」


 落ちている空き缶は中の飲み残しを一滴も零すことなく蹴り上げ、口を開けて置いていたゴミ袋に入るように火ばさみで打ち据える。

 その際もやはり飲み残しが飛び散らないように細心の注意を払い、ゴミ袋の中に入れた。

 他に落ちている紙のゴミ類は、魔物なんかの足元を切り払うイメージで火ばさみを一閃すると、一気に宙に紙ゴミを浮かせる。

 そして、その紙ゴミが地面に落ちる前に、俺は火ばさみを使い、真っ向斬り、袈裟斬り、斬り上げ、水平斬り、突き、といった動作を一つ一つのゴミに放っていき、そのゴミはどれも綺麗にゴミ袋の中に入っていった。


「こんな感じでいいですかね?」

『おお!』

「!?」


 一条先輩の方に確認の意味も込めて振り向くと、いつの間にかすごい人が集まっており、驚きの声を上げていた。

 中にはスマートフォンをこちらに向けている人もおり、俺の行動を録画していたみたいだ。

 突然の注目に困惑していると、一条先輩も困惑の表情で俺を見ている。


「おかしいな……結果として大成功なんだけど、私が見たのと全然違う」

「ええ!?」


 違うの!? じゃあこの人だかりは何!?


「……まさか、私の要求以上の結果を叩き出すとはね。本当に噂通り、とんでもないな」

「あ、あの?」

「ん? ああ、何でもないよ。それより、さすがにここまで人が集まるとは思わなかったからね。今日はここらへんで引き上げるか」

「な、何かすみません……」


 思わずそう謝ると、一条先輩は目を丸くした。


「なんで謝る必要があるんだい? 君は私の要望に応えてくれただけだ。それに、結果としてゴミ拾いにちょっとでも関心を持ってもらうという目的は成功したんじゃないかな? ……まあ、同じことができるとは思えないけど」


 一条先輩は何やら遠い目をした後、再び俺に視線を向ける。


「さて、一旦学校に戻ろう。それと、今日のお礼に、ジュースでも奢らせてくれ」


 そう言って笑う一条先輩と一緒に、俺たちは一度学校に戻るのだった。

 その際、行きの時にも感じていた一定の距離を保ったままついてくる人たちについては、最後まで分からなかった。

 ――――ちなみに、この時の優夜の行動はSNS上で話題となり、一時的とはいえ、ゴミ拾いによるパフォーマンスが増えたのは、また別の話。

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