第67話

「ハアッ!」


 学校での生活も送りながらウサギ師匠の蹴りの修行や、妖力の修行を続けている俺は、今も妖力の修行用の小鬼を相手に、妖力を駆使しながら蹴りだけで倒していた。

 初めて小鬼に妖力を使った時は、まだまだ体の一部に妖力を動かすのにも時間がかかり、実戦ではとでも使えるようなレベルではなかったが、今は意識的に体中の妖力を循環させることができている。

 それこそ前回の時は右手に妖力を集中させ、攻撃するといった方法だったが、あの方法は一点に妖力を集中させた攻撃になるため、逆に他の体の部分が弱くなり、効率的には非常に悪い攻撃手段だということを空夜さんから教えられていた。

 そして、その効率のいい攻撃手段というのが、今も俺が行っている体中に妖力を常に意識的に循環させ続ける方法である。


「ほぉ……すでにここまで戦えるとは……優夜の飲み込みは早いのぉ」


 小鬼を倒し続ける俺を見て、空夜さんは感心した様子でそう呟いた。

 空夜さんはそう言ってくれるが、俺としては全然ダメダメだ。

 というのも、妖力は基本的には常に循環しているもので、その循環速度がその人の初期能力となる。数値化するとするなら、ゼロだろう。

 その初期能力からどれだけ早く循環させられるかによって、ようやく妖力が攻撃に影響が出てくるのだが、今の俺ではその初期能力は0.1程度。

 最初の循環速度から、ほんの0.1秒しか加速させることができていないのだ。

 ……いや、これは加速と言っていいのか……? もはや誤差の範囲では?

 だが、その誤差の範囲であっても、俺は小鬼を倒すことができているのだ。

 まあこれにもからくりがあり、本来0.1程度循環速度が速くなったところで小鬼は倒せないのだが、異世界でレベルアップした俺の体による身体能力のおかげで、不足分を大きくカバーしているのだ。

 つまり、もっと妖力が扱えるようになれば、まだまだ強くなれるということになる。

 それが分かっただけでも、今は楽しくて仕方がないのだ。

 ただし、妖怪との戦いには大きく影響が出ているが、異世界で魔物と戦う段階では、まだまだ妖力による恩恵を実感できる段階にはないので、そこもいつ実感できるのか楽しみだ。

 修行用に用意されていた小鬼を倒し終えた俺は、一息つく。


「ふぅ……」

「わふ~」

「ふご」

「お疲れさんじゃ。循環速度はともかくとして、意識的に循環させながら戦うことはできるようじゃの」

「はい。これからも頑張ります」


 空夜さんの言葉に頷いた俺は、ひとまず修行はここまでにすることにして、一つやりたいと思っていたことをやることにした。

 それを実行するために、俺は【大魔境】の木を【全剣】で切り倒すと、そのまま数枚の木の板に加工した。まあ加工っていいっても、ただ薄く切っただけなんだけどね。

 とはいえ、木を加工する技術なんて元々持っていないので、余った木材はそのままアイテムボックスに放り込んだ。


「とりあえず、これでいいかな」

「む、その木の板がどうかしたのかのぉ?」


 すると、そんな俺のすることが気になったのか、空夜さんが俺の手元にある木の板を見て、首を傾げた。


「実は、この異世界に【魔法具】っていうものがあるんですけど、それを作ろうと思ってて……」


 そう、少し前から放置していた魔法具づくりを再開しようと思ったのだ。

 今のところ、冷蔵庫を魔法具で再現しようと思っており、最初は『冷やす』の三文字を木の板に刻むことから始めていた。そしてゆくゆくは、『冷蔵庫』と刻み込めれば上出来だろう。

 素材としての木は【魔法文字】が三文字しか刻めないので、できることも少ないのだ。

 だが、『冷蔵庫』と刻み込めた次は、俺だけのオリジナル言語や図形を用いて、もっと一つの単語に意味を圧縮したものを刻み、それが正常に発動するのかも確認してみたいところだ。

 例えばだが、炎の形を刻めば『弱火』で、炎の形二つ並べれば『中火』、炎の形を森のように三つ並べた一つの形なら『強火』といった感じに。

 それで、なんでまた魔法具を作ろうと思ったのかと言えば、妖力の訓練をしたことで、俺の中にある特殊な力を意識的に動かすことに慣れてきたからだ。

 今は妖力を動かしているが、これは魔力でも応用できる技術なのである。

 だからこそ、最初に魔法具を作り始めた時以上に魔力を上手く扱え、彫刻刀に魔力をしっかりと流し込みながら魔法文字を刻むことができるだろう。

 そんなことを考えていると、空夜さんは感心した様子で呟いた。


「なるほどのぉ。すでに今の日ノ本もずいぶんと発達し、麿が予想もできなかったからくり仕掛けの様々なモノが溢れておるが、この異世界にも似たようなものがあるんじゃの」

「まあこの世界は今の日本と違って電力じゃないですし、文明の発達具合も違うので、テレビやパソコンなんかはまだないですけどね」


 いつかは再現できるだろうが、今はそれよりも冷蔵庫や扇風機なんかの方が簡単だろう。


「さて、それじゃあ……」


 俺は彫刻刀を用意し、いざ木の板に『冷やす』の文字を刻み始める。

 彫刻刀自体、慣れていないこともあり、文字を刻むのも一苦労だったが、何とか魔力を流し続けた状態で刻み終えることができた。


「で、できた!」


 まだ魔石を使って正しく効果が発揮するかを確認していないので、成功かは分からない。

 だが――――。


『スキル【刻印】を習得しました』


 俺の目の前に、そんな半透明なメッセージが出現したことで、魔法文字を刻むことに成功したことが分かった。

 ひとまず刻んだ木の板の効果を確認する前に、スキルの方から見ていく。


【刻印】……魔力が込められた文字や図形を刻むスキル。魔法文字を刻印する際、補正がかかる。


 どうやら自動的に刻んでくれるわけではなく、俺が文字を彫る時に補正がかかるだけのようだ。今はそれだけでもありがたいけどね。


「さて、それじゃあ……肝心の魔法具だ」


 木の板の一部をくり抜き、そこに魔物から手に入れたA級の魔石をはめ込む。

 そして、魔石の位置から魔法文字までの間をつなぐように一本のラインを彫刻刀で刻むと……。


「おお!」


 その木の板から、ひんやりとした冷気が漂ってきたのだ!


「せ、成功した!」

「わふ!」

「ふご~」


 ナイトとアカツキも木の板から漂う冷気に触れ、俺と同じように喜んでくれる。

 すると、そんな俺たちを見ていた空夜さんは、目を見開いていた。


「いやはや……妖術を使う麿が言うのもおかしな話じゃが、魔法とは不思議じゃのぉ。こんな風に別のものにまでその力を宿すことができるとは……式神ともまた違った形じゃが、ずいぶんと便利そうじゃ。ところで、その、まほうぐ? とやらは常に動き続けるのかのぉ?」

「あ、いえ。この魔石と呼ばれる石には魔力があって、この石に込められている魔力が無くなれば、自然と止まりますよ。手動で止めたい場合は、魔石を外してもいいですし、この魔石にスイッチ機能の魔法文字を刻み込めば、同じく手動で動きを止めることができます」

「話を聞けば聞くほど応用力がある技術じゃの。ちなみに、その使っている魔石であれば、常に稼働させた状態でどれくらい持つのじゃ?」

「そうですね……A級ですと、500年くらいですか?」

「500年!? そりゃまたとんでもないのぉ!」


 実際は分からないが、そんなもんなのではないかと勝手に思ってる。

 それに、ランクの低い魔石を使ったとしても、その魔石に人が直接魔力を込めることで、また何度も使用できるのだ。

 つまり、この魔法文字が刻まれた木の板が壊れない限りは、壊れる心配がないのである。

 魔石のランクは貯蔵できる魔力量による違いが主なので、ランクCやDであっても、十分使い続けられるだろう。それこそ定期的に誰かが魔力を注入さえすれば、永遠に使える。

 B級で250年、C級で100年、D級で50年くらいかな? 冷蔵庫として考えれば、D級で50年も使えるならとんでもなく長持ちしているだろう。まあ元はただの木の板なので、そっちが朽ち果てるほうが速い気もするが。


「ひとまず、魔法具が作れたので、他にも何か作ってみようかなと」

「それじゃあ、麿が想像したような機能のものも作れるかの?」

「わん!」

「ふご!」


 すると、空夜さんに続いてナイトたちも何やら要望らしきものがあるらしく、俺はそれらを聞きながら、この日は魔法具づくりに励むのだった。

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