第17話

 モデルの仕事をした翌日。

 俺は家に帰って、日用品以外にも必要なモノ……家電を買っとけばよかったと今さらながら後悔した。

 なんせ、ウチのテレビは映らない。

 デジタルじゃなくて、アナログテレビのままだからだ。

 新聞もとってない俺は、テレビを見なければ最近のニュースとか分からないしね。

 他にも古いままでガタが来てる家電がいくつかあるしな。


「失敗したなぁ……でも今日は異世界に行く予定だったし……」


 そう、今日は久しぶりに異世界に行こうと思っていたのだ。

 家電を買うなら、なおさら異世界で魔物を倒して、換金し、お金を稼がなきゃいけない。

 幸い、今まで倒した魔物の素材は高かったので、水道代や電気代といった、公共料金を余裕で払う事が出来ているので、しばらくは生活に困らない。てか、一千万円を超える所持金があるわけだけど、お金はいくらあっても困らないからな。


「仕方ない、家電はそのうち見に行くとしよう。今はまだ、なくても困ってないしな」


 そう決めた俺は、すぐに朝食をとり、その他のやるべきことを済ませた後、異世界へと続く扉を開け、その向こうへと足を踏み入れた。


「特に変わった様子はないなぁ……」


 久しぶりに来たとはいえ、異世界の家や庭は、特に変化はなかった。

 ちなみにだが、異世界で活動するため、服装はオリハルコン製のシャツやズボンだ。これ、冗談抜きで性能いいからな。

 今日の俺の予定としては、今まであんまり探索していない、森の奥地へ向かってみようと思っていた。

 そのため、回復薬もしっかり準備してある。


「迷っても、地図のスキルがあるから安心だしな」


 警戒しながら家の柵の向こうへと出て、森の探索を始める。

 俺が今まで探索していた方向は、実はシルディたちを森の外へ送っていくときに向かった方向と同じなのだ。

 そのため、今回はその反対側を探索するわけだが、シルディたちと森の外に出たことで、必然的に今俺が探索している方向は森の奥地ということになる。

 実際、進むにつれて森はさらに鬱蒼としていた。

 スキル『気配察知』だけでなく、自分でも全力で警戒しながら進んでいると、一つの生物の反応に気付いた。

 俺は『同化』のスキルを発動させ、息を殺しながら反応に近づくと、そこには大きな熊が、何かの生物を殺して食事をしているところだった。

 熊は、真紅の毛皮に、額から三つの凶悪な角が生えている。

 他にも、殺された生物の肉や骨を易々と嚙み砕く顎や牙。

 大きさ的には俺よりも一回りも大きい。

 俺は『鑑定』のスキルを発動させた。


【デビルベアー】

レベル:450

魔力:4500

攻撃力:10500

防御力:6000

俊敏力:2000

知力:3500

運:500


 ついに相手のステータスが一万を超えてきやがった。

 デビルベアーと俺のステータスを見比べると、俺の方がバランスはとれているが、やはりあの一万を超える攻撃力は厄介だ。

 ……殺せるか?

 あの平和な日本では考えられないが、俺はこの世界に来てからそんな物騒な思考回路が出来上がっていた。

 とはいえ、俺としてはこの世界で生きていく上で必要だと思っているため、その思考回路が怖いとは思わなかった。俺を虐めていたあの荒木たちを前にした時でさえ、そこまでの思考回路には達していなかったから、この考えは異世界に来た時限定なんだろう。気を付けておこうとは思うけどな。

 結局俺は、デビルベアーを襲うことに決めた。

 アイツとは結局いつかは戦うわけだし、それにこの奥地での魔物がどれくらい強いのか分からない今、デビルベアーがこの奥地でのカーストがどの位置にあるのかも分からないため、この森の奥地の魔物の強さの基準を作っておきたいという気持ちもあるのだ。

 俺はすぐにアイテムボックスから『無弓』を取り出した。

 『無弓』は、形のない弓だ。つまり、目には見えないのだ。

 しかし、俺にはしっかりと弓を握っているという認識がある。

 さらに、俺の意志に応じて、見えない矢も生成された。

 そのまま息を殺し、俺は見えない矢をつがえ、静かにデビルベアーを狙う。

 そして――――。


「――――ッ!」

「!? が、ガアアアアアアッ!」


 見えない矢が、デビルベアーの左目に突き刺さった。

 突然の攻撃に、デビルベアーは驚きと激痛による叫び声をあげる。

 だが、さすがは奥地の魔物というべきか、姿を見せていないはずの俺を、矢の飛んできた位置からすぐに割り出し、俺を激しく睨みつけてきた。


「弓はここまでか……んじゃあ、次はこれだッ!」


 なんだかんだと一番使っている『絶槍』を取り出し、俺は一気にデビルベアーに近づいて、鋭い一撃を放った。


「フッ!」

「グォォォオオオ!」

「!」


 しかし、デビルベアーはその強靭な爪を使って、真正面から『絶槍』と打ち合ってくる。

 その結果、デビルベアーの攻撃力に押し切られ、俺は軽々と吹っ飛ばされた。


「クッ!」


 何とか空中で体勢を整えると、俺は着地してすぐに距離をとった。

 案の定、デビルベアーは追撃する予定だったようだが、俺が距離をとったことで警戒態勢に変わった。

 お互いに警戒したままの状態が続いていると、最初に動いてきたのはデビルベアーだった。


「グルルルル……ガアアアアアッ!」

「なにっ!?」


 何と、デビルベアーは口から灼熱の炎を噴出させてきたのだ。

 俺は咄嗟にその場から転がるようにして避ける。

 ……今のアレ、どう考えても魔法だよな?

 今までの魔物は魔法を使ってくることがなかったため、俺はデビルベアーの炎に必要以上に驚いてしまった。

 俺もこのデビルベアーやフィアンナみたいに、魔法を使ってみたいんだけどなぁ。

 もうアレかな。30歳まで待たなきゃダメかね? 大魔法使いになる素質はあると思うんだけど……あら? 目から汗が……。

 そんなくだらないことを考えながら、俺は改めてデビルベアーの魔法にどう対処するか考えた。

 迂闊に近づくと魔法の餌食になりそうだし……。

 考えている間も、デビルベアーは炎を噴出させたり、炎を球状にして撃ちだしたりしてきた。

 それらを体を捻って受け続けるが、このままじゃジリ貧だ。デビルベアーの魔力が尽きるか、俺の体力が尽きるか……正直、格上の相手だから、俺の体力が尽きる方が早い気がする。

 となると、やっぱりフェイントで注意をそちらに向け、その一瞬で倒すしかないか?

 戦闘の組み立てなどまだまだできない俺には、そんな単純なことしか思い浮かばない。

 ……ええい、考えても仕方がねぇ! とにかくやってみよう!

 俺はそう決意すると、デビルベアーめがけて駆け出した。


「ガアッ!」


 すると、デビルベアーは俺を近づけさせないと言わんばかりに火炎放射器の様に炎をまき散らしてくる。おい、火事になったらどうするんだよ!

 とか思っていると、幸いデビルベアーの炎は木々に燃え移る様子がないため、なんか特殊な炎なのかもしれない。

 んなことはどうでもよくて、炎のせいで近づけないのは分かっていたので、炎の射程範囲ギリギリで俺はバックステップを踏んだ。


「グアアッ!?」


 突然の俺の動きに、デビルベアーは驚いたような声を出した。

 それを無視して、俺はバックステップを踏んだ状態から、一気に『絶槍』をデビルベアーめがけて投げつけた。


「! ガアアアアアアッ!」


 最初は炎で撃ち落とすつもりだったようだが、絶槍の特性的にそれは不可能だと判断したらしく、デビルベアーは凶悪な爪で対抗しようとした。


「今だっ!」


 炎で撃ち落とせず、爪で対抗せざるをえなかったデビルベアーは、結果的に炎を止めてしまったので、俺はその一瞬を逃さず距離を詰める。


「ガアッ!?」


 俺が凄まじい速度で迫ってきたことで、デビルベアーは驚愕の声を上げたが、そのときにはすでに俺はデビルベアーの懐にもぐりこんでいた。

 そんな俺の腕には、『無限の籠手』が装着されている。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 俺は全身の力を込めた一撃を、デビルベアーの土手っ腹に叩き込んだ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 たった一撃。

 だが、そこに『無限の籠手』の効果が発動した。

 その効果とは、一撃を叩き込むと同じ威力の攻撃が何度もその場所で発生するのだ。

 防ぐには、その攻撃を一度でも防御するか、跳ね返すしかない。

 そして、デビルベアーには俺の攻撃を防ぐ術がなかった。

 圧倒的な連撃が無限にデビルベアーの腹で繰り返され、とうとうデビルベアーは口から血反吐を吐きながら吹っ飛び、俺の背後に墜落すると息絶えた。

 俺はどこぞの拳王の如く、拳を天に突き上げた状態で勝利したのだった。

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