第1話
辛い日々を乗り越え、俺は今、数少ない癒しの時間を満喫している。
中学の卒業式が終わり、高校に入学するための短い休みに突入したのだ。
本当ならこの短い休みの間にもバイトがあるはずだったが、それもなくなってしまった。
理由は、この間の集団リンチのせいだ。
あの日にあったバイトは、結局行けなかったから無断欠勤となってクビにされ、他のバイト先では、体中の傷が原因でクビにされた。
理不尽だと思ったし、メチャクチャ悔しかったけど、今の俺にはどうすることもできない。
この休み、筋トレでもしてみようかな? それで何か変わるとは思えないけど。
いろいろ思うことはあるが、新しいバイトを見つけたりしなきゃいけない。
でも、今は時間が少し空いているから、久しぶりにこの家を掃除しよう。
そう考えた俺は、すぐに雑巾や掃除機を持ち出して、家の大掃除を始めた。
普段から簡単に掃除をしているとはいえ、しっかり掃除をしてみると、汚れが多い。
それに、おじいちゃんの家は結構広いので、こういう機会がないと全部の部屋を掃除するのは難しいのだ。
……いや、分かってる。これが、現実から逃げてることなのは……。
暗い気持ちのまま、バケツの水を変えるために洗面台に向かうと、そこの鏡に映し出された自分の顔が嫌でも目に入った。
細く小さい目。小さく鼻の穴が大きい豚鼻。エラが張っていて、頬骨が浮き出ているのに、顔全体はブクブクに太っていて、ニキビやそばかすだらけ。
分厚い唇に歯並びの悪い口。
髪が薄く、若ハゲ気味。
これが、俺の顔。
両親にも、あの双子にも似ていない、俺の顔。
それを見て、俺の中に溜まっていたものが溢れ出してきた。
「あ……あああ……あああああああああああああああああっ!」
何度も何度も鏡を殴りつける。
必死に目の前の存在を消そうと、俺は手から血が出ようが構わず殴り続けた。
そして、バケツを大きく振りかぶり、鏡にぶつけると、鏡は呆気なく割れる。
「はぁ……はぁ……」
鏡が割れたことで、少し落ち着く事が出来たが、俺の中のモヤモヤは晴れなかった。
地面には、鏡の破片と、俺の血が落ちている。
……どんなに喚いても、俺の状況は変わらない。
できることなら整形したかった。
でも、お金がない俺には、どうすることもできない。
高校の学費と生活費を稼ぐので精いっぱいなのだ。
高校をやめて働こうとしても、この俺じゃまず就職はできないしな。
暗い現実を見て、俺の心は沈んでいくばかり。
そんな嫌なことを忘れようと、鏡の破片や血を片付けた後、再び無心で掃除に集中していると、ある部屋に辿り着いた。
「ここは……」
そこは、おじいちゃんが世界中を飛び回って、収集した品々が置かれている部屋だった。
おじいちゃんが生きている頃から、特に興味を惹かれたりはしなかったのに、今の俺は、どうもそこが気になって仕方なかった。
「……ここも掃除するか」
俺は雑巾とバケツを持って、部屋の中に入ると、よく分からない品々で溢れかえっていた。
「……何だ? あのお面。鬼神みたいで怖いな……ん? あれは……何の人形だ?」
鬼神の面や、俺より大きいマネキンみたいなもの。
他にも、バスケットボールサイズの赤色の正方形や、どういう原理なのかは分からないが、変な台座の上でくるくると回りながら浮いている変な石。
中には、エジプトのファラオが入っているような棺まで置いてあった。
……これ全部おじいちゃんが集めたんだよな……。
すごいと思いながらも、用途が分からない物だらけなので、今となってはほぼガラクタ同然だった。
「これ、どうしよう……ん?」
この品々を触ろうにも、何か起こったら怖いしなぁと考えていると、ふと奥の方に置いてあるものに視線が移った。
それは、まるで壁から抜きだしたような形で存在する、扉だった。
木製の扉で、大きなフクロウが彫刻されており、ふちには木々が彫刻されていた。
「これも持って帰って来たのかな……?」
この扉を?
もし持って帰って来たのだとすると、どこの扉よ。
まあ、扉だけなので、開いたところで後ろの壁が見えるだけだろう。
そう思いながら、扉に手を伸ばすと――――。
「…………え?」
そこは、見慣れない部屋だった。
ログハウスのような内装で、木の大きなテーブルと椅子がひとつに、木製のクローゼット。そして剣や斧といった、武器が山のように置いてあった。
「え? は?」
意味の分からない状況に、俺の頭はパンク寸前だった。
すると、不意に目の前に半透明の板みたいなものが出現した。
「うわあっ!?」
あまりにも唐突に出現したため、情けない声を出して尻もちをついてしまった。
だが、半透明の板も、俺が尻もちをつくとその状態の目線の高さまで移動している。
「な、なんだよ、これ……」
狼狽えながら、目の前に出現した半透明の板に視線を向けると、そこにはこう書かれていた。
『スキル【鑑定】を獲得しました。スキル【忍耐】を獲得しました。称号【扉の主】を獲得しました。称号【家の主】を獲得しました。称号【異世界人】を獲得しました。称号【初めて異世界を訪れた者】を獲得しました』
「え?」
そこには、まるでゲームのメッセージのような物が表示されていた。
か、鑑定? 忍耐? それに、異世界って……。
取りあえず、起き上がった俺は、一度家に戻って、扉の周りを確認した。
「や、やっぱりどこにも繋がってないよな?」
扉を持ち、裏側を確認したりするが、俺の家の壁があるだけ。
なのに、扉の先には見慣れないログハウス風な部屋が広がっているのだ。
「マジで何なんだよ……」
この扉って一体……。
そう思った瞬間、自然と消えていたはずの半透明な板が、再び出現した。
『異世界への扉』……突如地球に出現したどこかの異世界へと続く扉。なぜ出現したのか、どうやって出現したのかは、神々さえ知らない。繋がる先は不明であり、一度異世界と繋がると、固定される。主となった者は、様々な機能を操る事が出来る。破壊不可能。
何と、扉の正体がいきなり分かったのだ。
いや、分かったのはいいけどメチャクチャな内容だな!?
ここまで来て、俺はようやく冷静になり、一つの答えに辿り着く。
「もしかして……スキルの【鑑定】ってやつか?」
いや、でも……ここはログハウス風の部屋のなかじゃなく、地球なのだ。
……待てよ? なら、なんで目の前にこのよく分からない板が出現するんだ?
「……考えてもよく分からないけど……これ、スキルとか確認できないのかな?」
思わずそう呟くと、またも板が出現し、そこにはこう表示されていた。
【鑑定】……様々なモノを鑑定するスキル。
【忍耐】……状態異常や精神干渉、または肉体的苦痛に大きな耐性を得る。
「……本当に出てきたよ」
これで分かったが、さっきの扉を調べられたのは、この【鑑定】というスキルのおかげだろう。
それにしても……ますます現実離れしすぎてるな。
「これなら、称号とかも調べられるか?」
ほぼ確信を抱きながらそう呟くと、案の定メッセージが出現した。
【扉の主】……異世界への扉の主。メニュー機能を使用する事が出来る。
【家の主】……かつて、賢者が住んでいたといわれる家の新たな主。家の所有権を得る。
【異世界人】……異世界の人。普通より経験値が多く手に入り、特殊な成長をする。また、スキルを習得しやすくなる。レベルの上限を撤廃。
【初めて異世界を訪れた者】……初めて異世界へ訪れた者。別の称号である、【開拓者】の効果以上にスキルや魔法を発明しやすくなる。また、成長する過程で、いい方向に成長していく。また、『アイテムボックス』を使えるようになる。
「おぉ」
よく分からないが、何となくすごそうだった。
【初めて異世界を訪れた者】に至っては、別の称号である【開拓者】とやらより優秀らしいし、『アイテムボックス』とやらも使えるようだ。……『アイテムボックス』ってなんだ?
それに、【家の主】という称号の部分もよく分からない。どの家のことだ?
そんな感想を抱いていると、【扉の主】の説明に書かれた、メニュー機能という部分に気付いた。
「メニュー機能? これは一体……ってうわっ!?」
また、別のメッセージが目の前に表示される。
そこには……。
【異世界への扉】
所有者:天上優夜
機能:≪換金≫≪転送≫≪入場制限≫
と書かれていた。
「換金? 何かをお金に換えられるのか? それに、転送と入場制限か……」
全ての項目に意識を向けると、詳しい説明にメッセージが変更される。
≪換金≫……あらゆる物をお金に変換できる。
≪転送≫……所有者の位置に、扉を出現させる事が出来る。
≪入場制限≫……所有者の指定した人物のみ、扉を通る事が出来る。
「予想以上に高性能だな!?」
つまり、仮に誰かがこの場所を見つけても、その先には行けないということだ。
さらに言えば、この扉を盗んだとしても、俺のもとに帰ってくるという……。
「換金は正直何に使うのか分からないけど、まああっても損はないし、今はいいか」
そんなことより、ここまでゲームみたいな展開なら、ステータスとかあるんじゃないか?
ワクワクしながらそう思うと、目の前に新たなメッセージが表示された。
【天上優夜】
職業:なし
レベル:1
魔力:1
攻撃力:1
防御力:1
俊敏力:1
知力:1
運:1
BP:0
スキル:≪鑑定≫≪忍耐≫≪アイテムボックス≫
称号:≪扉の主≫≪家の主≫≪異世界人≫≪初めて異世界を訪れた者≫
絶望した。
まさか、ステータスがオール1だなんて……学校の成績でさえ、ここまで酷いものはとったことがないのに……。
まあ、何となく分かってたことだけどね。
それより、このBPってなんだ?
アイテムボックスもなぜかスキルの欄に追加されてるし……。
『BP』……ボーナスポイントの略。レベルアップ時に、10ポイント貰う事が出来、好きなステータスに割り振る事が出来る。ただし、異世界人の場合、10ポイントではなく、20ポイントもらえる。称号【初めて異世界を訪れた者】を持つ場合、BPは100ポイントもらえる。
『アイテムボックス』……特殊な空間を出現させ、好きなだけ物を出し入れすることが出来る。ただし、生物は収納することは出来ない。容量の限界はなく、大きさも問わない。
「……おぉ」
取りあえず、ステータスにポイントを振る事が出来て、なおかつ俺の場合はお得だということが分かった。
アイテムボックスも、ゲームみたいな機能だと思えば、理解はできる。
さて、ここまで確認できたわけだが、あと確認しなきゃいけないことと言えば……。
「あの部屋……だよなぁ……」
さっきは誰もいなかったが、よく考えれば不法侵入だ。
それで相手が怒って襲われたら、たまったもんじゃない。
【家の主】という、よく分からない称号も手に入ったが、確認してみないことにはなんとも……。
幸い、俺以外は扉を通る事が出来ないようなので、俺の家に逃げ込めば何とかなるが。
「……もう一度、見てみるか」
そう決めて、俺は再びあの部屋に行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます