第79話

「あら? ユウヤさん! お久しぶりですね」

「レナさん、お久しぶりです!」


 図書館を訪れると、以前も対応してくれた司書のレナさんがいた。

 前回訪れたときはこの世界の法律や、魔法具なんかの書籍を選んでもらい、そのどれもが非常に分かりやすかったので、今回も力を借りられればと思っている。


「今回はどのような書物をお探しで?」

「その、色々な種族のことについて調べようと思いまして……」

「種族ですか?」

「はい。実は、俺の故郷では人間以外の種族を見ないので、あらかじめ調べておけば色々と対処できるかと……」


 実際は地球には猫や犬といった動物の特徴を持つ人間や、耳が長く尖った種族など、コスプレ以外では見かけないのだが、そこは不自然に思われない程度に誤魔化した。

 ……空夜さんや妖怪の例もあるし、案外俺たちが知らないだけで地球にも存在してるのかも。


「あ、あと、レベルアップの原理みたいなのが分かる本もありますか?」

「かしこまりました。探してきますので、少々お待ちください」


 本当なら一人一人にこんな対応をすることはないんだろうが、今図書館には俺以外の人の姿は見えないので、運がよかったのだろう。

 でも前回も図書館じゃ人をそんなに見なかったし……案外、この世界の人は本を読むってのが一般的ではないのかな? この図書館は立派だけど……。

 地球で生活してるから何とも思わなかったが、識字率が低いとか、そういう理由もあるのかもしれないな。

 そんなことを思っていると、レナさんが数冊の本を抱えて戻って来た。


「ユウヤさんがおっしゃっていたような内容が書かれた本は、この図書館ではこれだけになりますね」


 そう言って渡されたのは『種族考察』、『創世神話』、そして『ステータス研究資料』の三冊だった。


「すみません、色々探してみたのですが、この三冊しか見つけられませんでした……」

「そんな! こっちこそ、わざわざ探してくださりありがとうございます」


 本を受け取ると、レナさんはどこか感心した様子を見せた。


「それにしても……ユウヤさんに言われるまで、私もあまり意識したことがありませんでしたね」

「え?」

「いえ、私にとって、エルフや獣人族などは生まれたときから身近な存在でしたので……それに、レベルアップという概念もそう言うものだと深く考えたことがありませんでしたから。ですが、今回ユウヤさんの求める内容の本を探していて、実際にそれらをまとめた本が存在していることに驚いたんですよ」

「なるほど」

「事実、ステータスやレベルアップに関してはこの研究資料一冊だけですしね。もしかしたら王都などのもっと大きな図書館に行けば他にも見つかるのかもしれませんが……ユウヤさんが読み終わったら、私も読んでみようと思います」


 確かに、生まれたときから身近にあるものに疑問を持ったりするのって難しいよね。

 ただ、子供は親に「何で?」って聞いたり、好奇心が強いけど、それもある程度の知識がないとそもそも疑問すらわかないんだろうな。

 そう言う意味でも、知識を身に着けるって大事だね。

 そんなことを思いつつ、俺は本を読んでいくのだった。


***


「あれ……? そう言えば、首輪は……」


 私……ヴィオラは、不意に首元に存在していた忌々しい首輪が無くなっていることに気付いた。


「まさか……と、取れてるの……?」


 何度も首元を確認するが、首輪らしきものは見当たらない。

 だが、とても信じられることじゃなかった。


「あ、あの時に連中が……いや、あの時は確かにまだ首輪をしてたはず……」


 人攫いの連中は、私たち商品が逃げないように特殊な首輪を装着させていた。

 この首輪は特定の人物にしか解除することができず、無理に外そうとしたりすると激痛が走り、最悪そのまま殺される。

 命令無視や、人攫いの連中に歯向かおうとしても、あの首輪がある限りそれは不可能だった。

 そして、人攫いの連中が【大魔境】から逃げる中、私たち商品を囮にし、そのまま去っていったのだ。

 私たちが囮としての役割を遂行するため、首輪の機能を使って……。

 だが、その首輪が消えているのだ。


「どうやって……首輪を外す方法はあいつ等以外にできないはずなのに……」


 一瞬、あのユウヤという男も人攫いの仲間なのかという考えもよぎったが、だとするとこうして首輪が外されている理由が分からない。

 商品として手元に置いておくのであれば、首輪を外していいことなどないのだから。

 それに……。


「あの人は……違う気がする……」


 特別な理由はない。

 ただ、ここにきて、私に対する彼の態度が、そう思わせたのだ。

 こんなに醜い私に、彼はどこまでも真剣に対応してくれた。

 もしかしたら演技なのかもしれないけど……あんな風にまっすぐ見つめられたのは、両親以外では初めてだった。


「……多分、信じたいんでしょうね……」


 私は自嘲気味に呟く。

 今まで蔑まれてきたからこそ、彼の優しさを本物だと信じたいのだ。

 だが……。


「やっぱり、人を信じるのは怖いよ……」


 私は膝を抱え、顔を埋めるのだった。


***


「うーん……」


 あれから一時間ほどかけて本を読み終えた俺。

 スキル【速読】のおかげで研究資料という難しい内容も速く読み進めることができたのだが、より詳しく見ていった結果、時間がかかってしまった。

 しかも、ヴィオラさんのスミレ族についてはよく分からなかった。


「花人って種族が、文字通り植物の花みたいな特性を持ってることは分かったんだけどな……」


 元々ヴィオラさんから聞いていた通り、花人はその土地の魔力を養分として吸い上げる性質があるらしく、基本的には魔力の豊富な森などで生活しているらしい。

 そしてヴィオラさんのスミレ族以外に、バラ族やキク族、ラン族なんていう花の特徴を持つ種族がいる。

 ただ、その花ごとの特徴って部分までは分からなかった。

 他の獣人と呼ばれる獣の特徴を持つ人たちはもっと詳しいことが書かれていたから、花人だけが謎の多い種族なのだろう。


「ヴィオラさんが言っていた、大人の特徴も分からなかったなぁ……」


 大人と子供で特徴が異なるらしいので、その大人の定義とやらが分かればよかったんだが、上手くいかない。

 ただ、花人についての情報は得られなかったが、この世界の成り立ちやステータスに関しては面白いことが分かった。


「まさかステータスやレベルアップにこんな意味があるなんてね……」


 『創世神話』に関しては、地球に存在する神話と似た感じで、普通に読んでいて面白かった。ただ、それが本当かどうかは俺には分からないけどさ。

 それに対して、『ステータスの研究資料』っていうのは、驚きの連続だった。

 どうやらレベルアップって言うのは、生物の格を引き上げる行為らしい。

 この生物の格ってのが重要で、格が上がれば上がるほど、その生物の種族にとって、優れた体に変化するそうだ。

 そして優れた体というのは、それだけ次世代に子孫を残しやすい体ということで、純粋な力であったり、異性を惹きつけやすい容姿に変化したりするそうだ。

 俺がこの世界にきて見た目が大きく変わったのも、レベルアップしたことで人間としての格が引き上げられたかららしい。

 それならみんな簡単にレベルアップできそうなもんだが、そう言うわけでもないみたいだ。

 レベルアップに必要な『経験値』という概念は、その名の通り経験することで得られるもので、誰かに手伝ってもらい、レベルを上げたところでそれはその人物にとっての経験には大きく加算されることはないため、変化がないそうだ。

 そう言う意味では俺も賢者さんが残していた武器があったから、あのブラッディ・オーガを倒せたわけだが……武器による補助があったとしても、自分より相当格上だったうえに、一応自分の手で倒した扱いだったから、変化したのだろう。

 ただ、これが当てはまらない場合もある。

 それが種族による特性だ。


「たぶん、ヴィオラさんもこの特性が関係してるんだろうな……」


 種族によっては、どれだけレベルアップをしても目に見える変化がない場合もあるらしい。

 もちろんそれには理由がちゃんとある。

 人間であれば、子孫を残しやすくするには見た目がどうとか、もっと原始的に考えれば狩りが上手かどうかとか、そういう力が必要になるから、そういった部分が大きく変化する。

 でも、植物とかは見た目もだが、特別な匂いだったり、仕組みだったり、何も見た目や力だけが種を残す方法ではないのだ。

 もしかしたら、そういった部分での変化はあるのかもしれない。

 事実、この世界にいるエルフって種族は、誰もがすごい綺麗らしく、体も華奢らしい。

 そしてそんなエルフはレベルアップすると、見た目は変化せず、魔力量がとにかく増えていくようだ。

 これはエルフが種族を残すうえで、魔力というものが非常に重要だからだ。

 どうやら人間と同じ方法で子孫を残すようだが、エルフはそこに魔力というのも必要になる。

 獣人族は匂いやフェロモン、力が大きく変わるなど、種族ごとにレベルアップ後の変化が違うのだ。


「ふぅ……こうしてみると、この世界にはいろいろな種族がいるんだなぁ……」


 今回は種族ごとの特性を知ることができたが、それぞれのタブーみたいなものは分からなかった。

 例えば、獣人族の耳や尻尾を触ることに何か意味があるのかもしれないし、そういった部分は別の本か、人から聞くしかないだろう。


「ひとまず今日はこれくらいにして、いったん帰ろうか」

「わふ」

「ふご」


 大人しく隣で待っててくれたナイトたちを撫でると、俺はレナさんに本を返却し、帰宅するのだった。

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