第4話
昼食を終え、家の中の掃除も済ませた俺は、再びあの不思議な扉の向こうへと行っていた。
そして、そのまま部屋の外に出ると、改めて庭を見渡す。
「やっぱり広いなぁ……これ全部が俺のモノになったとか、未だに信じられん……」
いや、この庭や家だけでなく、そもそも異世界に繋がってること自体が不思議で仕方がないのだ。
だが、【鑑定】のスキルで扉を調べたら、神様すらその理由を知らないわけだからな。てか、何気にここで神様の存在を暗に示してるよねぇ!? いたんだね、神様って!
そんな風に思いながら、辺りを見渡していると、不意に凄まじい悪寒がした。
体が一瞬で硬直し、息苦しくなって、自然と呼吸する回数が増える。
体中から汗が吹き出し、何故急にこんなことになったのかと頭が混乱しながらも、必死に周囲に視線を巡らせた。
すると、外と庭の境目である入り口に、俺を襲った悪寒の正体が存在していた。
「ハァ……ハァ……!」
「…………」
まるで血塗られたような赤黒い皮膚に、2mを超える体。
デブである俺の横幅と同じくらい太く、盛り上がる筋肉を持つ腕。
顔は架空の存在である鬼のようなもので、下あごから二本の鋭く立派な牙が生えていた。
圧倒的強者の風格を漂わせるソイツは、俺のことをじっと見つめている。
鋭い視線で射竦められながらも、わずかに残った理性で【鑑定】のスキルを発動させてみた。
【ブラッディ・オーガ】
レベル:300
魔力:100
攻撃力:5000
防御力:5000
俊敏力:1000
知力:500
運:100
訳が分からねぇ。
何だよ、このふざけたステータス。こっちはオール1だぞ。
そもそも、レベル1相手にレベル300ってオカシイだろ!?
相手の詳細を見たことで、より一層混乱が深まっていると、ソイツ――――ブラッディ・オーガは、雄叫びを上げた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ひっ!?」
とんでもない声量に俺は腰を抜かした。
その際、ちびりそうになったのだが、俺の極小のプライドがそれを防いだ。
だが、腰が抜けて動けないのには変わりなく、ブラッディ・オーガは、俺めがけて突進してきた。
それを見た瞬間、俺はもうダメだと思った。
だが――――。
「ガアッ!?」
ブラッディ・オーガは、まるで見えない壁に阻まれたかのように、俺の家の敷地に入ることは出来なかった。
「あ……」
そうだ……この家は、俺以外の存在を入れないようにできるんだった!
今さらそのことを思いだした俺だが、それで俺が何かできるかと言われれば、そういうわけでもない。
現に、ブラッディ・オーガは、敷地に入ろうと、恐ろしい速度で拳を見えない壁に叩き付けていた。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
しかし、俺が何もできないように、ブラッディ・オーガもこの家には何もできず、無意味な攻撃を続けていた。何というか、このまま放置してもまったく問題なさそうだな。
そんな風に、少し気を緩めた瞬間、ブラッディ・オーガは攻撃を止め、近くに生えている木に手を伸ばした。
そして、軽々とその木を引っこ抜くと、家めがけて投げつけてきたのだ。
「え? え!? う、うわああああああああああああっ!」
生物はダメでも、それ以外のモノなら大丈夫なのか!? と、ブラッディ・オーガの行動に本気で恐怖をしたが、この家の防衛性能は俺の予想を上回り、引っこ抜いた木すらはじき返した。
……これ、本当にこの家には何もすることができないんだな。
なんせ、遠近両方の攻撃を無効化されるわけなのだ。
ともかく、ブラッディ・オーガの脅威が俺にまで及ばないと理解したのだが、それでもブラッディ・オーガは諦めずに攻撃を再開した。
例え襲われないといっても、精神衛生上非常によろしくない。
どうにかできないか……。
そう思ったとき、俺はある疑問を抱いた。
「……こっちからの攻撃は通るのか?」
そう、外からの攻撃は全て防いでいるようだが、内側から外に向けて攻撃するとなると、どうなるのだろうか?
その疑問を解消すべく、俺はアイテムボックスから『絶槍』を取り出した。
なぜ『無限の弓』ではなく、『絶槍』を取り出したかというと、恥ずかしながら、俺の筋力じゃ『無限の弓』を引く事が出来なかったのだ。それでも【弓術】は習得出来たけどね。
それに比べ、『絶槍』も重たくて、とてもじゃないがブラッディ・オーガまで投げ飛ばせないが、この槍は一度目標を定め、ほんの数ミリだろうと手から投げれば、その目標めがけて飛んでいくのだ。しかも、自動的に戻って来るしな。
その確認は、『全剣』を振り回した後、他の武器で遊んだ際に済んでいる。
というわけで……。
「……投げてみるか?」
俺は、一種の実験として、目の前で攻撃を続けるブラッディ・オーガに『絶槍』を投げることにした。
生物に殺傷能力のある武器を投げつけるという、普段の俺なら絶対にしない行為だが、ブラッディ・オーガからもたらされた恐怖によって、そこらへんの感覚が麻痺してしまっていた。
「…………よし」
俺は覚悟を決めると、『絶槍』を強く握った。
『絶槍』は、華美な装飾など一切なく、ただ貫くことに特化したような、武骨な槍だ。
だが、その分とても使いやすく、超初心者な俺が握っても、しっくりきていた。
それでも重たいことに変わりはなく、俺は体をよろめかせながら、何とか投げることに成功した。
「お……りゃぁっ!」
「ガアッ!?」
すると、ブラッディ・オーガは、『絶槍』から放たれる威圧感を察したのか、警戒する様子を見せる。
俺も全力で投げたとはいえ、あまりの重さに数センチも飛ばないようなショボい一撃なのだ。
ブラッディ・オーガも、そのことを瞬時に理解し、すぐに警戒を解いたが……。
「ガ、ガァ!?」
『絶槍』は、俺の力なんて関係ねぇと言わんばかりに、一瞬にしてブラッディ・オーガにまで到達すると、呆気なくその体を貫いた。
「ガ……ガ……」
ブラッディ・オーガは、まるで理解できていない様子で、目を見開いた状態で、胸に大きな穴をあけてその場に倒れた。
「や、やった……」
本当なら、今の言葉はフラグになりかねないんだろうが、その心配はなく、ブラッディ・オーガは光の粒子となって、その場から消えていった。
俺は、思わずその場にへたり込む。
「は、ははは……」
生きているという実感と、生物を殺したという実感。
その二つが混ざり合い、俺は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
だが、生物を殺したにも関わらず、思った以上のショックを受けなかった。手に伝わる感触などがなかったことが幸いだったのだろう。
しばらくの間、その場で呆然としていると、ブラッディ・オーガが死んだ場所に、色々とモノが落ちていることに気付いた。
……動きたいが、足に力が入らねぇ。
情けないことに、腰が抜けた上に、膝が笑っているので、今すぐ動けそうになかった。
そんな状態でいると、不意に目の前にメッセージが出現した。
『レベルが上がりました』
「へ?」
俺は、再び呆然とするのだった。
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