第55話
異世界で修行や戦闘経験を積み、とても充実した毎日を過ごしている中、俺のクラス内ではとある緊張感が漂っていた。
「――――さあ、球技大会の出場者を決めよう!」
「「「うおおおおおおおおお!」」」
男女ともにあがる声。
実は、クラスで今度行われる球技大会の種目ごとの選手を決める会議が行われていたのだ。
司会進行役は学級委員の
統君は見るからに真面目そうな子で、切りそろえられた黒髪に、眼鏡がよく似合っている。
普段は冷静で頭もよく、とても優しいんだけど、こういう行事の時はみんなと同じで熱くなって盛り上がるらしい。こういう子って中々いないから、本当にすごいなって思う。
あれから体育の授業を使って、すべてではないにしても一通りの種目は体験できたおかげで、それぞれが得意な種目を選ぶことができるわけだが……俺はとても悩んでいた。
師匠――――ウサギさんから蹴りの稽古をつけてもらってから、ずっと家でもサボることなく続けているんだが、おかげでサッカーへの参加が難しくなった。
理由は単純で、以前の授業の時よりキック力というか、脚力が爆発的に上がってしまったのだ。
未だに制御するのが下手くそな俺がボールを蹴ると、前回と異なり恐らく一瞬でボールが消し飛ぶだろう。もう試合どころじゃないよね。
それ以外の種目も似たり寄ったりで、結局どれになっても俺は大丈夫というか、むしろ困るというか……一番いいのは、何もしないのがトラブルもなく終わるのだが、こればかりは学校の行事なのでどうすることも出来ない。俺としても参加したいし。
俺が頭を悩ませている中でも会議は進んでいき、いつの間にか俺以外のクラスメイト達はそれぞれ出場する種目を決めてしまっていた。
そして一斉に俺の方に視線を向けると、全員難しそうな表情で唸る。
「「「優夜は……ううむ……」」」
「な、なんかごめんね?」
俺だけじゃなく、皆も俺をどこに入れるべきか悩んでいたようで、思わず謝ってしまった。
「気にするなよ! むしろ贅沢な悩みなんだぜ?」
「そ、そうだよ。優夜君はどこに入れても活躍できそうだし……だからこそ、悩んじゃってるんだ」
「……そうかな?」
亮と慎吾君の言葉に救われる。本当にごめんね、厄介な体になってしまったので……助かってるんだけど、こういう時は困るよね。
すると、皆が頭を悩ませているところに、楓が手を挙げた。
「はいはいはい! それじゃあ、男子の種目ごとにリーダーを決めて、そのリーダー同士でジャンケンして勝った人が優夜君を引き込むことが出来るってのはどうかな? 元々優夜君はどこでも活躍できそうなんだし、こういう決め方の方がいいと思うんだけど……」
「「「それだっ!」」」
楓の案が採用されたようで、すぐに男子は集まってそれぞれの種目ごとにリーダーを決め、ジャンケンを始めた。
そのジャンケンは異様な雰囲気を放っており、全員真剣な表情を浮かべている。
「……これに勝てば、優夜を手に入れることが出来る……」
「優夜を手に入れれば、試合で勝ち進む確率が上がるわけだ」
「……それはつまり、勝ち進む俺たちの応援に女子がやって来ることを意味する」
「ならば――――」
「「「この勝負、負けるわけにはいかねぇ!」」」
「動機が不純すぎねぇか!?」
ジャンケンにかける思いに対し、亮が思わずツッコんでいた。
……まあ理由はどうであれ、こんな風に俺を必要としてくれるっていうのがとても嬉しい。
昔は邪魔者扱いで、何をするにしても足を引っ張っていたから、こうやって頼られる状況が本当に嬉しいんだ。
ちょっと皆より気をつけなきゃいけないことが多いけど、どの種目になってもできる限り頑張りたいと思った。
「……ッ! 見えた! この手で、俺は優夜を手に入れる!」
「フッ……俺はすでに、このジャンケンに勝つための計算を終えている!」
「何を言っているのかな? この【ジャンケンの貴公子】である僕が勝つに決まってるじゃないか!」
「「「ジャンケン――――」」」
勝敗は一瞬だった。
たった一人、この勝負に勝った人がいる。
それは……。
「か、勝っちゃった……」
なんと、慎吾君だった。
他の皆はチョキを出す中、慎吾君だけグーを出していたのだ。
「ぐああああああああ!」
「ま、負けた……完璧な計算だったはずが……!」
「……僕、そろそろ【不遇の貴公子】を名乗った方がいいのかな?」
負けた面々が打ちひしがれるのを慎吾君がおろおろして見ていると、いつも通り冷静な統君が頷いた。
「うん。慎吾君は卓球だったな。それじゃあ優夜君、君を卓球に入れようと思うんだが……いいかい?」
「あ、はい」
――――こうして俺は、球技大会は卓球をすることに決まったのだった。
***
「いやぁ、なんていうか……一番意外なところになったなぁ」
「そうかな?」
「う、うん……勝っちゃった僕が言えることじゃないけど、優夜君ならバスケとかドッヂボールとか、そういう種目で活躍するんだとばかりに……」
放課後、亮たちと途中まで一緒に帰宅しながら、今日の会議の内容について話し合っていた。
「俺なんかよりも、サッカーに出る亮とかの方がすごいと思うよ? 授業であんなに活躍してたんだし……それにバスケに出場する晶も【バスケの貴公子】って言ってたくらいだから、すごいんだと思うけど……」
「アイツの貴公子はもう何でもアリだな」
確かに、晶はありとあらゆる面で貴公子を自称するからね。黙ってれば本当に貴公子? って言われててもおかしくなさそうだけど。果たして現代で貴公子と呼ぶ機会があるのかは分からないけどさ。
「卓球は正直未知数だから何とも言えないけど、全力で頑張るよ」
卓球は授業でやってないので、俺がどこまでできるか分からない。
それでも、こんな俺に期待してくれるクラスメイトの期待に応えられるよう、頑張りたいなと思った。
「――――すみません、天上優夜さんですか?」
「はい?」
そんな風に亮たちと会話しながら歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
声の方に顔を向けると、黒いスーツ姿の男性が立っている。
「そうですが……あの……俺の名前をどうして?」
思わずそう訊くと、男性は一枚の名刺を差し出した。
「私、芸能事務所に勤めております、黒沢と申します」
「芸能事務所? ……え!?」
俺だけでなく、亮たちも目の前の男性――――黒沢さんの言葉に目を見開いた。
すると黒沢さんは、そんな俺たちの様子を無視して、そのまま続けるのだった。
「天上優夜さん……芸能界に興味はありませんか?」
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