第57話

 球技大会当日。

 学園はイベント特有のちょっとフワフワした雰囲気に包まれており、皆HRの時からソワソワしていた。

 今日の日程は球技大会だけなので、皆制服ではなく体操服やジャージ姿となっている。


「おし、今日は先生のボーナスがかかった大事な球技大会だ。負けるんじゃねぇぞー」

「いや、別に先生のために戦うわけではないんですが?」


 亮の冷静なツッコミに皆も頷く。うん、相変わらず沢田先生は正直というか……まあ場を和ませるために言ってるんだと思う。……そうだよね?

 その後も簡単な注意事項などの説明を受けた後、俺たちはそれぞれの種目の会場へと向かった。


「が、頑張ろうね、優夜君」

「うん!」


 卓球の会場である体育館に着くと、同じく卓球に出場する慎吾君や他のクラスメイトたちも集まってきた。

 今回俺が出る卓球はダブルスとシングルスの二種類あり、俺はシングルスに出場することになっており、慎吾君はダブルスに出場するようだ。

 少しして、今回の対戦表が貼りだされ、それを確認しに向かう。

 すると、慎吾君は対戦表を見て、表情を曇らせた。


「うわあ……最初に当たるのが体育クラスの子かあ……」

「体育クラス?」

「あ……この間の野外学習には体育クラスとかはいなかったから、優夜君は知らないんだっけ」


 知らない言葉に首を傾げる俺に、慎吾君は優しく説明してくれた。

 その説明の内容をまとめると、俺や慎吾君たちが所属している『一般クラス』とは別に、スポーツ推薦などで入学した子の集まる『体育クラス』、飛びぬけて頭のいい子が集まる『特待生クラス』といった、別のクラスが存在するらしい。

 今まで俺が知らなかったのは、この別のクラスは校舎も違うため学園内では会わなかったし、俺たちが参加した野外学習には参加していなかったからだ。

 とはいえ、その『体育クラス』や『特待生クラス』は野外学習に代わる別の特別授業を受けていたらしい。


「ほ、本当は亮君も体育クラスだったらしいんだけど、運動以外にも目を向けたいってことで僕らと同じ『一般クラス』にしたんだって」


 亮、本当に物語の主人公みたいなスペックの高さだなぁ!

 別のクラスの存在より、亮のことの方が俺にとって驚きだった。


「うう……初戦敗退だけは嫌だなぁ」


 慎吾君が悲しみを背負ったままダブルスを組むクラスメイトの下に歩いて行った。が、頑張れ。

 いや、慎吾君の心配もだけど、俺も対戦相手のことを考えなきゃいけないのか。

 卓球は授業でもやってないし、上手くできるんだろうか?

 今更不安になっていると、俺の番が回って来たらしく、すぐに指定された卓球台の前に行く。

 すると……。


「ほう? 貴様がこの俺の対戦相手か」


 すごい筋肉の男性が仁王立ちしていた。

 パツンパツンの半袖半パンの体操服姿で、身長は俺よりも高く190㎝くらいありそうだ。

 そして何より、某背後に立つことを許さないスナイパーのような、鋭さと貫禄のある顔立ちをしている。

 …………ん? あれ!? 本当に高校生!? 全然同い年に見えないんだけど!?

 予想外の対戦相手に固まる俺をよそに、相手の男子生徒? は指を鳴らした。


「フフフ……この俺の繊細な技についてこれるかな?」


 どう見ても繊細さとはかけ離れた容姿なんですが!? どちらかといえば力こそすべてとか言い出しそうな雰囲気を感じるんだけど!?

 ていうか、何で卓球にこんな子がいるの! どうみても卓球っていうガタイじゃないよ! もっと相応しい競技あったんじゃない!?

 ……どう見ても慎吾君の言ってた『体育クラス』ってところの子じゃない? いきなり当たっちゃったけど……。

 なおさら不安になってくる俺をよそに、几帳面に自身のラケットに不備がないかを確認する目の前の男子生徒。

 すると審判役の先生がやって来た。


「はい、今から御琉後十三ごるごじゅうぞう君と天上優夜君の試合を始めます。それでは……始め!」


 やっぱり某スナイパーでしょ!?

 名前のインパクトに驚いていると、御琉後君は低く構えた。


「フッ……貴様など、サーブだけで十分だ……!」


 そういうと、御琉後君はすごいスピンのかかったサーブを打ってきた!

 その球はまるで銃弾のように回転しながら、俺へと向かってくる。


「う、うお……お?」


 ラケットを振る勢いとあまりにも異常な回転数に驚いたが、御琉後君が撃った瞬間、俺にはボールが急にゆっくりとした動きに見えた。

 今まで普通の速度で周りが動いていたのに、今はボールだけでなく周囲の動きもスローモーションに見える。

 ただ、この現象には何となく俺は覚えがあった。

 それは前に美羽さんと撮影したとき、遅れてやって来たボクサーの男性モデルに殴られそうになったときにも起こったことで、どうも異世界での戦闘速度に慣れつつある俺の体は、あの魔物たちと同等の速度のモノじゃないと早く感じなくなったらしい。

 未だに慣れないし困惑するが、このまま立っていたら点を取られてしまうので、俺は御琉後君の球を全く同じ要領でそのまま打ち返した。

 ピュン!


「へ?」


 その球は、御琉後君側の卓球台を貫通し、そのまま体育館の地面を撃ち抜いた。


「「「…………」」」


 御琉後君、先生、俺は無言で撃ち抜かれた卓球台と地面を見つめる。


「先生、棄権します」


 俺はそっと手を挙げるのだった。

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