第58話

 まさかの展開に思わず棄権してしまったが……よかったんだろうか。

 今更そんな考えが過るも、続けて誰かをケガさせる方が怖いし、やっぱり棄権したのは間違いじゃないだろう。

 だって、卓球の球で卓球台と体育館を撃ち抜く威力のモノが人に当たったら……うん、御琉後君じゃなくて俺がスナイパーになっちゃうよ。

 早くに棄権してしまったため、もう俺の出番はないのだが、ちゃんと戦ってるクラスの皆を応援しないとな。

 まず近くの卓球台で試合をしていた慎吾君の下に向かい、彼らを応援するも、始まる前に言っていたように体育クラスの子が相手だったため、残念ながら負けてしまった。

 ちなみに、その相手の体育クラスの子は御琉後君みたいにムキムキじゃなく、普通の男子だ。よかった、体育クラスの通常体型があれだったらどうしようかと。

 試合を終えた慎吾君は俺に気づくと、肩を落としながらやってくる。


「うぅ……やっぱりダメダメだった……」

「でも何点かとれてるし、そこまで悲観することもないんじゃない?」

「ま、まあそう言われたら……運動が苦手な僕なりに、頑張った方かな? あと、ペアの子にとても助けられたんだ」


 負けたことは残念だが、最終的に慎吾君は楽しかったようで、俺も思わず笑みを浮かべた。


「そ、そういえば、優夜君は結局どうだったの?」

「…………棄権した」

「……へっ?」


 思わず視線を逸らしながらそういうと、慎吾君は目を見開く。


「き、棄権って……何があったの?」

「……えっと……その……卓球台と、体育館をピンポン玉で撃ち抜いちゃって……」

「撃ち抜いちゃって!?」


 まあそういう反応されますよねー。

 言ってる俺自身が現実味がないことはよく分かっているのだ。でも本当なんだからしかたない!


「な、何だかよく分からないけど……お疲れ様?」

「うん……」

「そ、そうだ! この後、優夜君はどうする? 僕は外にいる亮君の試合を見に行こうと思うんだけど……」

「うーん……俺は体育館内の他の種目に出てるクラスメイトたちを応援してから、そっちに向かうよ」


 というわけで、ここで俺と慎吾君はいったん別れ、俺は体育館内を見て回った。

 すると不意に声がかかる。


「優夜君!」

「ん? あ、楓!」


 小走りで駆け寄ってきたのは楓だった。

 楓は俺の前に来ると、不思議そうに首を傾げる。


「やっほー! どうしたの? もう試合は終わっちゃった?」

「あー……実は色々あって棄権しました」

「え、そうなの!? でも残念だなあ……せっかくなら応援に行きたかったのに」

「あー……それはごめん。楓の方はどう? 確かバレーボールだっけ?」

「そうだよ! そして私は今から試合! 頑張るよー!」


 力こぶを作るような動作をしながら笑みを浮かべる楓。この子は本当に明るいよな。


「それじゃあ俺はその楓の応援に行こうかな」

「えっ!? い、いいの!?」

「もちろん迷惑じゃなければだけど……」

「ぜ、全然! 全然大丈夫だから! うん!」

「そ、そう?」


 突然興奮したように詰め寄る楓に、俺は思わず一歩引いてしまった。ここまで喜んでもらえるなら、しっかり応援しないとな。

 そのまま楓についていくと、そこにはクラスメイトの凛の姿もあった。


「ん? おやおや、王子の到着だよ!」

『えっ!?』

「お、おうじ?」


 意味の分からない単語と、クラスメイトの女の子たちの視線に俺はたじろぐ。な、なんだ、この圧は……!?

 異世界での魔物との戦闘を思い出すような、そんな張り詰めた空気が一瞬にしてバレーコートに流れる。


「優夜君が……あたしたちの試合を見る!?」

「これはもう……やるしかない。いや、ヤるしかない……!」

「諸君、ここに我がクラスの勝利は決した!」

「「「うおおおおおおおおおお!」」」

「うおっ!?」


 体育館内にクラスメイトの女の子たちの声が大きく響き渡った。

 え、今から戦でもするのかな? そんな気迫を感じるんですが?

 見て? 対戦相手のクラス。顔を青くして震えてるよ?

 しかし、残酷なことに時間は待ってくれず、大きなモチベーションの差を残したまま試合はスタートした。

 そして予想通りというか、クラスメイトの女の子たちは目に炎を宿し、一方的な試合展開を繰り広げていく。


「そらっ、楓!」

「よっしゃー! 行くよー!」


 そしてトドメと言わんばかりに、凛がトスしたボールを楓が勢いよく飛び上がり、そのまま綺麗なスパイクを決めた。


「やったー! 勝ったよ、優夜君!」

「おめでとう! 見てたよ。すごい気迫だったね……」

「そりゃあ優夜君が見てるんだし、皆やる気を出すよー」


 俺が見てるから? いや、まさかな。

 楓の言葉に首をひねっていると、ニヤニヤした表情で凛が近づいてくる。


「どうだった? 優夜」

「ん? すごかったよ。みんなしっかり連携がとれてて――――」

「違う違う、コイツの胸の話っ!」

「ぶっ!?」

「うぇええ!? り、凛ちゃん!?」


 凛は急に楓の背後に回り込むと、そのまま楓の胸を鷲掴みにした。


「ほら、さっきのスパイクなんて超揺れてただろう? ん?」

「いや、そういうところを見てたわけじゃないからな!?」

「えー? それこそおかしくないかい? この子の胸、こんなにすごいのに……」

「ひゃう!? ちょ、ちょっと凛ちゃん!? これ以上すると怒るよ!?」


 遠慮なく楓の胸を揉み続ける凛を前に、俺はスキル≪心身統一≫と≪精神強化≫を全力で発動させ、必死に視線を外した。ありがとう、スキル!

 なんだか本来の使い方とは違う気もしながら、俺は楓が凛に怒るのを宥めるのだった。

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