第59話

 無事、球技大会が終了し、次の日は振り替え休日となった。

 ちなみに大会の結果だが、楓たちがあのまま優勝しただけでなく、亮の活躍もあってサッカーでも優勝したようだ。

 他にも優勝したり、上位に入賞したりしたおかげで、俺たちのクラスの学祭予算は大きく増えたみたいだ。

 それ以外にも、沢田先生にはボーナスが入るみたいで、沢田先生が黒い笑みを浮かべていたが……できれば俺たち生徒がいない場所でその表情を浮かべてほしかった。

 まあそれはともかく、せっかくの休日だ。

 ウサギ師匠の修行もしたいし、魔道具の研究もしたい。

 とにかくやりたいことが多いので、暇になることはない。


「ま、何はともあれ、ひとまず異世界に行こうか?」

「ワン!」

「フゴ~」


 いつも通りナイトとアカツキを連れ、【異世界への扉】が存在するおじいちゃんの収集部屋に向かった。

 すると……。


「あれ?」

「わふ?」

「ブヒ」


 何やらおじいちゃんが生前に収集したモノの間から、青白い光が漏れていた。


「な、なんだ?」


 今まで生活してきてこんなことはなかったため、突然の事態に困惑する。

 この部屋もおじいちゃんのの収集したモノがたくさんありすぎて、掃除ができていないため、何があるのかまったく把握できていなかった。

 とりあえず放っておくこともできるが、【異世界への扉】みたいに俺の想像を超える何かだったら、放置した後が怖い。いや、放置しなくても俺にどうこうできる代物かも分からないけど……。

 光源を探しながら散乱する収集物をどかしていくと、何やら本やたくさんの巻物が置かれているのが目に入った。

 するとその巻物のうちの一つが光っていることに気付く。


「これは……?」


 光っている巻物を手に取ると、表紙には達筆な字で何かが書かれていた。残念ながら、行書体というのだろうか。こういう昔の文字を読み解くだけのスキルがないので、表紙の文字の内容が分からない。

 【言語理解】のスキルが発動しないのも、結局文字が読めないだけで、文字そのものは知ってるし、言葉の意味も知っているから発動しないのだと思われる。

 正直巻物を開くのは躊躇するが、何故光っているのか気になるし……ええい、開いちゃえ!

 このまま見つめてても仕方ないため、意を決して巻物を開くと――――。

 ボン!


「え!?」

「わふ!?」

「ふご~!?」


 突然巻物が爆発した!

 いや、確かに爆発したような効果と煙、衝撃は感じたが……手にはしっかり巻物の感触があるため、巻物自体が消えたということはなさそうだ。

 いきなり目の前で爆発したこともあり、俺たちは咳き込んでいると、やがて煙が晴れ始める。


「けほっ、な、何なんだ?」


 晴れてきた煙の先を見つめると、何やら人の影が浮かび上がっていた。

 その人物は烏帽子に狩衣と呼ばれる平安時代の貴族が着るような服を着た、とてもふくよかな男性だった。

 男性はゆっくり目を開くと、突然ふんぞり返り――――。


「ほほほほ! よくぞ麿まろに気付い――――ゴホッ、ゴホッ! え、埃くさっ!?」


 ――――盛大に咽た。

 いきなり見知らぬ、しかも時代錯誤な格好をした男性の出現に俺たちはただ固まるしかない。

 しかも、俺はその男性のある部分に気付き、さらに混乱する。

 何故なら……その男性は足元が透けていたのだ。

 え、これってつまり――――。


「お、お化けえええええええ!?」

「え、お化け!? どこ!? どこにおるのじゃ!?」

「いや貴方ですけど!?」

「麿じゃと!?」


 どこからどう見ても目の前の男性以外にお化けらしき人物はいないというのに、当の本人はまったく気にした様子がない。それどころか、他にお化けがいるとさえ思っているようだ。なんでだ。

 しかし、俺が男性をお化け呼ばわりしたことで、男性は頬を膨らませる。


「失礼じゃぞ! この麿を化生の類と一緒にするな!」

「え、あ、す、すみません! ……って貴方は誰ですか!?」

「わ、わふぅ……」


 ついつい謝ってしまったが、そもそもここは俺の家だし、どこの誰なんだろうか。

 いつもならすぐに警戒して唸り声を上げそうなナイトも、目の前の男性にはただただ困惑しているようだし。

 すると、男性は俺の言葉に嬉しそうに笑うと、再びふんぞり返った。


「よくぞ聞いてくれた! 麿こそが平安時代最強の妖術師、天上空夜てんじょうのくうやじゃ!」

「………………え、て、『天上』?」


 予想外の名前に、俺は思わず聞き返してしまったが、目の前の男性――――空夜さんはニヤリと笑った。


「そうじゃよ。ま、よろしくの――――子孫よ」

「え…………えええええええええええ!?」


 俺の絶叫が家中に響き渡った。


***


「むほー! 現代の菓子とはこうも甘いのか! 最高じゃ、最高じゃぞおおおおお!」

「は、はあ……」


 結局異世界どろこじゃなくなってしまい、仕方なくリビングまで案内すると、俺は空夜さんにお茶とお菓子を用意した。

 するとそのお菓子を食べた空夜さんが、目を輝かせながらたくさん口に含み、リスみたいになっている。

 そしてようやく口の中のお菓子を飲み込むと、空夜さんはお腹をさすった。


「ふぅ~。大変美味じゃったな」

「そ、それはよかったです……」

「ところで、お主以外の子孫の姿が見えんが、どうしておるんじゃ?」

「あ……そ、それは……」


 思わず口ごもり、なんて言えばいいか悩んでいると、不意に空夜さんの目が妖しく輝いた。


「ほうほう……なるほどのぉ。嘆かわしい限りじゃ。同じ血を分けた子を、平等に愛することさえできんとはな」

「は!? ど、どうして……」


 俺は何も語っていないのに、こちらの事情をすべて見透かしたような空夜さんの言葉に驚いた。

 だが、空夜さんは呆れたように俺を見る。


「言ったじゃろう? 麿は最強の妖術師じゃ。大妖怪どもを滅ぼすのに比べれば、人の心を見る程度、ワケもない」

「え、妖術師ってのは本当だったんですか!?」

「疑っとったんかお主!?」


 いや、だって……ねえ?

 確かに【異世界への扉】があるからある程度の怪異や不思議なことは受け入れられると思うけど、俺のご先祖様がそんな存在だとはとても信じられない。

 だって、おじいちゃんも収集癖のある旅好きってだけだし、父さんたちもごく普通だと思う。

 するとまた俺の心の中を読んだのか、空夜さんは悲しそうに手で顔を覆った。


「これは麿の頑張りで平和になったと喜ぶべきか、それとも最高最強の妖術師の技術力が途絶えたと嘆くべきか……」

「じ、自分で最高最強って言っちゃうんですね……」

「誰も言ってくれなかったからの!」


 切ない。

 思わず俺まで泣いてしまいそうになっていると、空夜さんは改めて俺をじっくり見てくる。


「それにしても……お主が麿の子孫だと聞いた時は驚いたぞ」

「え? どうしてですか?」

「だって太っておらんのじゃもん」

「それは……」


 いや、確かに父さんたちは痩せてるし、おじいちゃんも普通だった。

 それに比べて俺は太っていたわけだが……。


「その、さすがに太ってるかどうかで判断されても……」

「ああ……そうか。妖術の知識などが途絶えた上に、麿の体質もどこかしらの代で途絶えたのかのぉ」

「体質……ですか?」

「そうじゃ。麿は昔から妖術を使うための力……『妖力』が多かった。しかも、その妖力は溢れ出し、麿の肉体として蓄えられたのじゃ」

「え?」

「じゃから、痩せようと思って運動をしても痩せられん。なんせそれはただの脂肪ではなく、『妖力』じゃからのぉ。おかげさまで運動はからっきしじゃったが、妖術はすごかったんじゃぞ! えへん」


 そう言いながら胸を張る空夜さんだが、俺はその姿がまったく頭に入ってこなかった。

 なんせ、俺が異世界でレベルアップする前は、どんなに筋トレや運動をしても、一向に痩せる気配がなかったからだ。

 すると、俺の様子がおかしいと思ったのか、また空夜さんは俺の心の中を読む。


「んん? お主……何やら奇妙な方法で今の姿になったようじゃが……何じゃ、麿の体質、お主が継いでおったんか。どうりでお主の『妖力』がアホみたいに多いワケじゃ……そのくせ体型が麿とは真逆じゃから驚いたぞ。ズルいズルい!」

「ええ……? ず、ズルいと言われましても……」


 でも【異世界への扉】は確かにズルいよな。それにレベルアップって概念も。


「それはともかく、お主も幼いころの麿と同じように、無駄な努力をしたんじゃのぉ。いくら運動しても痩せるわけがないというのに」

「ほ、本当に痩せる方法はなかったんですか?」

「当たり前じゃ。肉体が『妖力』の貯蔵庫として変質しておるから、筋肉も脂肪もありゃせんぞ」

「じゃ、じゃあ! 俺の体臭は? あれも何かしら関係があったりするんですか?」

「何を言っておる。『妖力』とは、すなわちあやかしの力じゃ。人間が無意識のうちに畏れ、忌諱するものじゃぞ。いくら肉体が貯蔵庫とはいえ、お主や麿クラスならその貯蔵量を超え、いくらか外に『妖力』が溢れ出すもんじゃ。じゃが、常人にはこれが理解できん。ゆえに、体臭という認識で周囲には伝わっておったというワケじゃ」

「そ、そんな……」


 本当に俺が今までやって来たことは何だったんだろうか。

 お風呂もしっかり入ってたし、筋トレや運動も毎日やって、食事制限やバランスも考えて料理していたのに……。

 そのすべてがこのご先祖様から続く体質のせいだったなんて……。

 俺が本気でへこんでいると、空夜さんは慌てて言う。


「そ、そんなに落ち込むでない! いや、麿の体質で子孫が苦しんでおるとは思わんかったんじゃ! 本当にすまない! お詫びといっては何じゃが、麿の技術や知識のすべてを教えるから! な!? 許してたもう!」

「……いえ、大丈夫です。こうして理由も分かりましたし、何なら俺はさっき空夜さんがいた場所で【異世界への扉】というモノを見つけ、こうして変わることができました。それに、そこでこんなに大切な家族も見つけることができたんで」

「わふ」

「フゴ~」

「いい子孫すぎて麿辛い」


 俺の手にすり寄ってくるナイトとアカツキを、俺は優しく撫でた。

 そんな俺たちを微妙な表情で見ていたが、すぐに真面目な表情になる。


「それにしても……異世界とはまた妙なモノじゃのぉ。そちの家族という……確か、ナイトとアカツキじゃったか? その二人、この世界の妖怪と気配が似ておるが、絶妙に違う……」

「俺からすると、妖怪も十分妙なモノですが……そういえば、空夜さんは妖術師だって話ですが、どんなことしてたんですか?」

「麿か? 麿は普通に妖怪退治しておったよ」

「普通とは……」


 普通に妖怪退治ってなんだ。


「えっと……退治した妖怪って何がいたか教えてもらえたりします?」


 まあでも、これは少し気になっているのだ。

 すごい詳しいワケじゃないが、少しは妖怪のことは分かるはずだし、そんな知ってる妖怪を退治したことがあるかもしれないって分かると、ワクワクする。

 それに、平安時代の人間がどんなふうに生活していたのかも気になるし……。


「うーん……そうじゃなぁ。まあ有名どころでいえば、土蜘蛛や酒呑童子なんかは滅ぼしてやったのぉ」

「は!?」


 予想の斜め上を行く、とんでもない大妖怪の名前がいきなり飛び出した。

 って言うか……。


「そ、その妖怪って、確か源頼光って人が退治したんじゃ?」

「おお、頼光公か。懐かしい名じゃな。確かに頼光公は退治したと言えるじゃろう。まあ第一形態の土蜘蛛と酒呑童子をの」

「だ、第一形態!?」


 なんだ、その漫画のラスボスみたいなワードは!

 空夜さんの言葉に驚く俺を、空夜さん自身は呆れた様子で見つめてくる。


「あのなぁ……そんな大妖怪がたかだか首切ったり封印した程度で済むわけないじゃろう?」

「え、済まないの!?」


 首切って封印してるんだよ!? それ以上って何!?


「そもそも妖怪どもは生きておらん。というより、命という概念が存在せんのじゃ。じゃから、麿は偽りの魂を創り出し、それを妖怪どもに植え付け、初めて殺すことができる……こうして殺してしまえば、必然的に閻魔様の使いがやって来て、地獄へ連れていってくれるんじゃよ」

「ちょっと情報量が多すぎる」


 偽りの魂? 閻魔様? え、本当に閻魔様っているの!?

 するとそんな俺の心情を読んだのか、空夜さんは頷いた。


「おるおる。超元気じゃよ? 今もバリバリ罪人裁きまくっとるぞ」

「こ、怖ぇ……」

「そうかのぉ? 気さくなお方じゃが……」


 疑ってたわけじゃないが、そんなサラッと言われると空夜さんが本当にすごい人なんだと実感する。いや、こんなとんでもない人が俺のご先祖様だったの? 本当に驚きなんだが……。


「じゃ、じゃあ、その妖怪たちを本当の意味で退治したのは空夜さんってこと?」

「そう言うことになるんかのぉ?」

「……よかったんですか?」

「ん?」

「その……今の日本だと、土蜘蛛も酒呑童子も空夜さんが退治したことになってませんが……」

「別にいいではないか」

「え?」

「結果として退治したということが重要で、誰が退治したとかはどうでもいいのじゃ。それに、そんな危険な世界、只人たちは知るべきではない。そして知られぬように戦うのが、麿じゃからな。知らぬことこそ、平和の証じゃよ」

「……」


 そう言いながら晴れ晴れとした表情で笑う空夜さんに、俺はこの人が先祖様であることを誇らしく思った。

 すると俺はふとあることに気付く。


「そういえば……今回初めて空夜さんが現れた巻物が光ってたんですけど……あれ、何でなのか理由分かります?」

「む? すっかり忘れておったわ。この麿を封じていた巻物が解かれたということは――――」


 そこまで言いかけた空夜さんは、何かに気付いたようで、一瞬にして顔が真っ青になった。


「そ、そうじゃ! こうしてる場合じゃないんじゃ!」

「え?」

「ヤツが……ヤツが復活してしまうんじゃ!」

「はい?」


 まったく話が見えず、ただ聞き返すことしかできない。

 すると空夜さんは必死の形相で俺に詰め寄った。


「――――冥羅めいらの封印が、解けたんじゃ!」

「……」


 あの……それ、誰ですか?

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