第29話
この一週間は本当に充実した日々を過ごしていた。
学校に行くのがこんなに楽しいって思える日が来るなんて……。
以前の俺では考えられないことだった。
だからこそ、休日が少しだけ寂しく感じてしまう。
「……でも、この森も早く攻略しないとな」
「ワン!」
そろそろこの森の奥地を自由に行き来できるようにと俺とナイトはこの土日でできる限り探索をすすめようと思っていた。
そして見たことのない相手でも積極的に戦って、自分の力にしようと。
……この森が攻略出来たら、外に出よう。せっかくの異世界なんだから、楽しみたい。
「よしっ……行くか!」
俺は改めて気合を入れ、ナイトと共に森の奥地へ進んでいった。
道中、ゴブリン・ジェネラルやデビルベアーだけでなく、ナイトにとっては因縁の相手でもあるキング・オークとも戦った。
キング・オークは前回不意打ちで倒したので、今回はしっかり相対した状態で戦って倒している。
ちなみに、今までの生活の中でナイトもレベルが上がっており、ステータスも上昇しているため、キング・オークを一人で相手にして倒せるようになっていた。
リベンジ成功した直後はナイトは狼らしく勝利の遠吠えを上げ、とても凛々しかった。でも可愛い。
しばらくの間見慣れた魔物を相手にしていると、ついに初見の魔物を見つけた。
「お、アレは……」
見つけた魔物は鹿の形をしており、二本の巨大な角は水晶でできているようだ。
そのうえ片方は真紅の水晶で、もう片方は紺碧の水晶とそれぞれ色違いである。
あまりの綺麗さに見惚れていると、ナイトが静かに俺の足をテシと叩いた。
「わふ?」
「あ、すまん。ボーっとしてた……」
危ない。
この異世界で油断なんてしたら即死ぬかもしれないっていうのに……。
気合を入れ直した俺は、改めて魔物を鑑定する。
【クリスタル・ディアー】
レベル:630
魔力:15000
攻撃力:10000
防御力:10000
俊敏力:15000
知力:15000
運:3000
水晶の鹿って……そのまんまじゃね? まあ分かりやすいからいいんだが……。
それよりも、レベルとステータスの方が厄介だ。
S級の魔物であるキング・オークよりレベルもステータスも高いのだ。
それに、このステータスを見る限り、魔法を使ってきそうだな……。
「さて、どうしたもんかねぇ……」
「わふー……」
ナイトも俺と同じように考える仕草をしていると、不意に視線を感じた。
その方向に目を向けると、悩みの種であるクリスタル・ディアーがこっちを見ていたのだ。
「お、おい……ウソだろ? ナイトはともかく、俺は『同化』のスキルを使ってるのに……」
理由は分からないが、向こうは俺の存在を正確に把握しているらしく、警戒態勢をとっている。
……いや、悲観になるのは早い。この段階で『同化』が完璧なスキルじゃないって分かっただけでもよかった。
それに、こうして見つかったからには奇襲は不可能だし、正々堂々と戦うしかないか。
俺は手に【絶槍】を出現させると、ナイトと共に飛び出した。
「クアアアアア!」
「それ、本当に鹿の鳴き声か!?」
俺たちが飛び出すと同時に、クリスタル・ディアーは妙な鳴き声を上げて突進してきた。
水晶でできた角は鋭く、当たればひとたまりもないだろう。
俺とナイトはそれぞれ両サイドに避けると、ナイトはすぐに着地して飛びかかる。
「ウォン!」
「クアッ!」
ナイトが鋭い爪をクリスタル・ディアーに振り下ろすも、クリスタル・ディアーはすぐさま頭を振り回し角で受け止めた。
「相手は一人だけじゃねぇぞ!」
俺も【絶槍】で螺旋突きを繰り出す。
風を纏った槍の一撃を、クリスタル・ディアーは角の間から発生させた炎で対抗して来た。
「何っ!?」
やっぱり魔法らしき特殊な技を使ってきたか!
ただ、口とかから魔法を撃つのではなく、まさか角の間から放って来るとは……。
予想していたとはいえ、魔法の攻撃は未だに慣れず、俺は炎を少し浴びてしまった。
「熱ッ!」
「わふ!?」
「大丈夫だッ!」
ナイトが驚いて駆け寄ろうとするのを制し、俺は地面を転がって炎から逃れた。
……幸い、賢者さんの残してた服のおかげで体にダメージは受けていないけど、護られてない顔とかは普通に熱いのだ。
俺がクリスタル・ディアーから距離をとったことで、ナイトが再び飛びかかる。
「ウォン!」
「クオアアアア!」
「なっ!?」
するとクリスタル・ディアーは炎ではなく激しい水流を噴出させてきたのだ。
「コイツ、二つも魔法が使えるのか……!」
魔法の特性や性質はもちろん、魔法はこの世界でどのような扱いなのかも分からない俺には、クリスタル・ディアーが二つの魔法を使ったことに驚いた。
いや、そもそも一つしか魔法が使えないって考える方がおかしいか……反省しないと。
激しい水流を放ってきたことでナイトはすぐに攻撃を中止し、その場から離れる。
……これは同時攻撃どかじゃなく、役割をきちんと分けないと厳しいかもな。
「ナイト! 何とかしてコイツの隙を作れないか!?」
「……ウォン!」
少し考える仕草を見すると、ナイトは頼もしい返事と共にクリスタル・ディアーへと飛びかかった。
「ワンッ!」
「クォォォオオ!」
ナイトは馬鹿正直に突撃することなく、その素早さを活かしてクリスタル・ディアーを惑わせながら接近していく。
クリスタル・ディアーも接近を許すまいと炎や水流を放つのだが、まだ子供で素早いナイトを捉えるのは至難の業だった。
そして――――。
「ガアッ!」
「クアアアアアア!」
クリスタル・ディアーの喉元にナイトが噛みついた。
噛みつかれたクリスタル・ディアーは苦悶の声をあげるも、すぐにナイトを振り払おうと激しく暴れまわる。
だが、おかげで俺への警戒は格段に下がった。
「そこだ……!」
「クアアアッ!?」
今度は螺旋を描きながら突くのではなく、ただ真っ直ぐにクリスタル・ディアーの首元に突き入れた。
俺が攻撃をするといち早く察したナイトはクリスタル・ディアーから離れている。
綺麗に喉に槍が突き刺さると、俺は槍の切っ先を斬り上げた!
「クアアアアッ! クア、クアアア……」
血飛沫をあげながら倒れるクリスタル・ディアーは、すぐに光の粒子となって消えていった。
「か、勝ったか……」
「わふ……」
辛勝というワケでもないが、精神的に疲れた……。
一瞬燃やされかけたが、服のおかげで命の危険と言うほどでもなかったものの、戦闘の稚拙さや対応力のなさが浮き彫りになった。
……まあもともと戦闘なんてない環境で生活して来たわけだから、それも当たり前なんだけどさ……。
「奥地に行くにつれて、どんどん柔軟な対応を迫られるな……その分、森の外に出るまでの訓練として最適なんだけどな」
「ワン」
ナイトも俺と同じ思いらしく、頷きながら一つ吠えた。
そんなナイトを一撫ですると、俺はドロップアイテムの確認に移った。
『
『水晶鹿の肉』……クリスタル・ディアーの肉。様々な料理と相性がいい。脂が少なく、サッパリしているため、非常に食べやすい。
『水晶鹿の
「なんか色々スゲェな!?」
予想以上に貴重そうな素材が手に入ってビビった。
毛皮は確かにサラサラとした手触りで心地いいが、ウチのナイトには及ばない。だが、王族やら貴族やらの間で人気と言われれば納得できる。
それに肉も説明文を読む限りとても美味しそうだ。嬉しいね。
そして……問題の角だ。
説明文を信じるならば、この世界ではとても高い値段で買い取ってもらえるらしい。
しかも方法は分からないが、【魔法武器】とやらに加工できるのだ。
まあ現状俺には必要のない物であることには変わりないので、換金するんだけどな。
「さて、次はその換金対象の一つである魔石だな」
魔石も同じように鑑定する。
『魔石:S』……ランクS。魔力を持つ魔物から手に入る特殊な鉱石。
「やっぱりSランクだったか」
奥地に行けばSランクの魔物が基本的な相手になるんだろう。
それはともかく、これで一千万円が手に入ったことになる。わーい。……ヤベェ。
金額が金額なだけに、毎回ビクビクしながら手にしてるんだよな。貧乏根性が身につきすぎてる。
正直銀行に預けたりすれば出所を疑われたりするだろうし、本当にアイテムボックスがあってよかったと心の底から思うよね。
……とまあ、ここまでは今まで通り普通のドロップアイテムだったのだが……。
「……さて、これは一体なんだ……?」
「わふ?」
俺と一緒に、ナイトも目の前の物体を見て首を傾げた。
なぜなら、俺たちの目の前にあるのは手のひらサイズの立方体だからだ。
「なんだろう……」
首を捻りながら鑑定するとこう表示された。
『超豪華携帯露天風呂セット』……クリスタル・ディアーから手に入る、レアドロップアイテム。持ち運びできる風呂。檜、石、ジャグジー、電気といった様々な種類のお風呂をどこでも手軽に楽しむ事が出来る。お風呂の効能も選択可能。お風呂の浴槽や水は常に清潔であるため、掃除や手入れは不要。プライバシー保護機能も搭載しており、外からは見えない特殊なベールで包むこともできる。
「お風呂!? お風呂ってドロップするモノか!?」
俺はまさかのドロップアイテムにツッコむしかなかった。
いや、そもそも何故クリスタル・ディアーのレアドロップアイテムがお風呂なの!? どういう関係性が!?
……まさか、クリスタル・ディアーは炎を水を使っていたから、お湯にできるからお風呂って意味じゃないよね?
もしそうなら完全に能力の無駄遣いだよ! まあ平和的で俺は好きだけどさ!
取りあえず、使ってみないことには何とも言えないので、俺はお風呂セットを拾ってみた。
すると俺の目の前に半透明のボードが出現する。
そこには、お風呂の種類と効能、ベールの有無を選択する項目があった。
確認の為に初めはベール無しで選択すると、俺の手元からキューブが浮かび上がり、目の前に立派な檜風呂が出現した。
「……すんごい……」
「……わふ……」
超高級って感じの檜風呂で、余裕で五人くらいは入れそうな大きさだった。
「うわぁ……スゲェ入りたいけど、ここじゃ危険すぎる……」
一応ベールのあるバージョンや、他のお風呂も試してから俺はお風呂セットを仕舞った。
ベールを出現させると、本当に外からはお風呂の存在が見えなくて、内側からは外が確認できたのだ。ハイテクノロジー過ぎる。
それに収納したいって思えば、再び手のひらサイズのキューブに戻って、手元に返って来るのだ。何この便利な機能。
最近レアドロップアイテムが日用品……いや、お風呂は日用品って言うには大きすぎるけど、普段の生活で便利なモノが多い。前はアクセサリーみたいな装備品がいいって思ってたけど、今はこっちの方が嬉しい。
今日はキング・オークから手に入る【豚王毛のブラシ】も、ナイト用以外に俺のモノも確保できたので大満足だったのだが……さらに嬉しい結果になったな。
……よし。
俺は一つ決めると、ナイトに声をかけた。
「ナイト。今日はもう少し探索したら、家に帰ってこのお風呂で温まろうか?」
「わふ? ワン!」
探索を進めるって決意したのにこの言葉。
でも許してほしい。お風呂には抗えなかった……だって日本人だもの……。
ナイトの了承も得たところで、俺たちは少し探索した後、家に戻ってお風呂を堪能するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます