第63話
空夜さんの指導で『妖力』を動かす訓練をする中、地球では普通に学生生活もあるのでそちらも疎かにすることなく過ごしていた。
そんな中、食堂で亮たちと食事をしていると、ふと何かに気づいた様子で亮が口を開いた。
「そういえば、結局優夜はどこの部活にも入らないんだな」
「え?」
「そ、そういえばそうだね」
亮の言葉に思わず間抜けな声をあげていると、慎吾君も不思議そうな表情で俺を見ていた。
「ゆ、優夜君って運動神経いいでしょ? だから、意外だなって……」
「それは……」
運動神経がいいっていうのも、異世界でレベルアップしたおかげだから何も言えないんだけどさ。
空夜さんの話通りなら、俺が筋トレとかしていたのは全部無駄だったわけだけど、異世界でレベルアップしたことで筋肉が形成されたから、今は欠かさず筋トレも行っている。
レベルアップする前は何の成果もなく、それどころか悪化する一方だったから心が折れたけど、今は見た目が変わらなくてもちゃんと身になっているのが分かるので、苦にならないのだ。
「えっと、正直何かしてみたいって気持ちはあるんだけど、一つに絞るのがね……」
「それなら俺みたいに助っ人やってみるか?」
「うーん……わがままだって自覚はあるんだけど、スポーツだけじゃなくてもっと幅広い意味で経験してみたいなって」
自分でもなんて都合のいいことを言ってるんだと思うけど、本当にこれがやりたい! っていうのが特にないからね……。
すると、亮と慎吾君が目を合わせ、俺に向けて笑みを浮かべた。
「よし、なら探そうぜ!」
「えっ? さ、探す?」
「こ、この学校で活動している部活名がまとめられた冊子があるんだけど、それ、僕持っててさ」
「そうなの!?」
というより、そんな冊子があるのか。いや、冊子になるほど部活があることの方がすごいのか……?
「よし! 優夜ももう飯は食い終わっただろ?」
「う、うん」
「なら、さっそく慎吾の持ってるその冊子を見に行こうぜ!」
俺は亮たちに連れられ、教室に戻ると、慎吾君が持っている部活一覧の冊子を見せてもらった。
「こ、これなんだけど……」
「おお……ちゃんと部活の年間スケジュールとか活動内容まで、ちゃんとまとめられてる……」
もっと簡素なものかと思ったが、慎吾君が見せてくれたのはかなりしっかりとしたものだった。
その冊子を三人で見ていくと、亮が感心した様子でため息を吐いた。
「はぁ~。こうしてみると、改めてこの学校ってスゲーんだなぁ……」
「そ、そうだよね。運動部だけでもかなりあるけど、文化部なんかはすごい数だよね……」
「この数は大学のサークルレベルだろ」
亮の言う通り、普通の高校ではありえない数の部活だよな。
よく見ると、慎吾君の言ってたゲーム部もあるが、他に漫画研究会やそれに似た小説研究会、オカルト研究会やモデル部、特殊メイク部など、聞きなれない部活がたくさんあった。
これだけたくさんあると、見ていて面白いな。
三人で冊子を見ていると、ふと亮がある部活に気づいた。
「あ、これ! この部活、優夜にピッタリなんじゃね?」
「え?」
亮が教えてくれた部分を見ると……。
「じ、
何だ、この言葉遊びじみた名前の部活は。
あまりにも変わった名前に、頬を引き攣らせていると、慎吾君が概要を読んでくれる。
「え、えっと……様々な人生経験を得るため、あらゆることに挑戦します……?」
「……自分で勧めといて何だが、大雑把すぎねぇか?」
「そ、そうだね。えっと、部員数は……一人!?」
「一人で部活ってできるのかよ!?」
それでいいのか。
何かイメージとして、最低三人は部員が必要みたいなイメージあったけどさ。
私立ってこうも自由なの……?
すると、俺の考えていることが伝わったのか、亮が苦笑いしながら教えてくれた。
「まあ……いくら何でも部の運営には金がかかるからな。それを考えるとさすがにどんなものでも許可するってことはないだろうから……この部には、俺らが知らないだけで存続できる何か実績があるのかもな」
そりゃそうだわな。
でも、そうか……様々な人生経験……。
ちょっと……いや、かなり心惹かれる部活だな。名前はどうかと思うけど。
俺が割と真剣に考えていると、不意にクラスメイトの一人に声をかけられた。
「優夜!」
「え? えっと……何かな? 田中君」
声をかけてきたのは、丸坊主で日に焼けた肌がよく似合う、野球部員の田中君だった。
田中君は俺のもとまで駆け寄ってくると、突然頭を下げた。
「優夜! 今度の練習試合、助っ人頼まれてくれないか!?」
「ええ!?」
突然の申し出に驚いていると、田中君は顔を上げ、事情を説明する。
「いや、元々優夜にはいつか助っ人を頼もうと思ってたんだよ」
「な、何で俺に?」
「そりゃあ、あれだけ授業で大活躍しているのを見れば、声をかけたくなるだろ」
俺は体育の授業では、空夜さんからまだ『妖力』のことを教わる前だったこともあり、かなりぶっ飛んだ行動をしていた。
そのため、周囲から俺は運動ができる人って思われてるみたいだが……。
「きゅ、急にそんなこと言われても……第一、俺はスポーツがそんなに得意なわけじゃないし……」
「いやいやいや、優夜がスポーツ苦手とか冗談だろ?」
「さ、さすがにそれはどうかと思うよ?」
亮と慎吾君からも呆れた様子でそう言われてしまった。
確かにレベルアップの恩恵で身体能力は高いけど……。
俺が言いよどんでいると、亮が首を捻る。
「何悩んでるんだよ。せっかくだし、参加してみたらいいじゃねぇか」
「いや……俺、野球のルールとか全く知らないし、それに野球部の顧問の先生が許さないんじゃないの?」
「それは大丈夫だ。監督も優夜に目をつけてたらしいからな」
「え」
目をつけられてたの? ナニソレ、コワイ。
「だから、監督もお前が今度の練習試合に来てくれるのを楽しみにしてるんだ。それに、授業で野球やっただろ? その時の感じでいいからさ」
「その時の感じって……ただ打って、走って、飛んで来た球は取る、くらいしか意識してなかったよ?」
「それで完璧だ」
「完璧なの!?」
もっと細かいルールあるでしょ!?
驚く俺をよそに、田中君は笑う。
「まあまあ。それだけできれば問題ないってことだよ。それに、言っただろ? 練習試合だって。別にミスしてもいいからさ」
「うーん……」
どうしたものかと悩んでいると、亮が苦笑いしながら口を開いた。
「まあ悩んだって仕方ねぇよ。ひとまず受けてみな? そのあとにさっき見つけた部活に行っても遅くはないだろうしさ」
「そ、そうだよ。いろいろ経験したいなら、一応助っ人もやってみたら?」
確かに、亮や慎吾君の言う通りだ。
俺もなんでここまで渋っているのか自分でも分からないが、何となくやりたいことがスポーツじゃないって決めつけていたんだろうな。
「……分かった。どこまでできるか分からないけど、やってみるよ」
「本当か!? サンキュー! じゃあ、詳しい日程はまた連絡するからよ! よろしくな!」
田中君は嬉しそうにそういうと、まるで嵐のようにその場から去っていった。
その姿を見送っていると、亮と慎吾君がワクワクした様子で俺を見る。
「優夜、俺たちも応援に行くからな」
「た、楽しみにしてるね」
「楽しみにしてるって言われても……」
二人の様子に困惑する俺だが、亮たちは笑みを深めるだけだった。
「そりゃ優夜、お前が出て普通に終わるワケないからな」
「ど、どうなるのか、全然分からないね」
「な、謎のプレッシャーが……」
別に変ったことなんかするつもりもないが、そう期待されると変にプレッシャーを感じてしまう。
――――こうして俺は、野球部の練習試合に参加することになるのだった。
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