第9話

 ――――あれから一週間。

 ステータスの上昇する食材で食事を続けてきたが、ある一定まで上昇すると、途端にステータスが上昇しなくなった。

 恐らくだが、ステータスを上昇させるといっても、限度があるのだろう。むしろ、食べるだけで強くなるという状況の方が不思議だったため、俺はあまり悲しいといった感情は抱かなかった。ステータスが上昇しないとはいえ、美味しいのは変わらないしね。

 あ、『ヘルスライムゼリー』も食べてみたが、本当にコーヒーゼリーだった。うん、美味しくいただけましたね。

 他にも、俺は自分の体を確かめるようにいろいろと試行錯誤してみた。

 古本屋で買った本を参考にしながら、適当に武器を振り回していたら、いつの間にか【真武術】がレベル2になっていたので、魔物を倒さなくても俺の行動によってはスキルレベルが上昇することが分かった。

 レベルが2になったことで、大きな変化は感じられなかったが、少しだけ武器の扱いにキレが出てきた気がする。本当に気がするだけだけど。

 そんな中、俺は非常に憂鬱な気分になりつつあった。

 高校の入学が近づいてきたのである。

 高校生になるわけで、環境も変わるし……いろいろと不安しかない。

 いや、普通なら不安も持ちながら、新しい生活に胸を躍らせるんだろうけど、生憎同じ中学のみんながいるような高校で、高校デビューなんてする勇気はない。したとしても、今以上に虐めが酷くなるだけだろう。

 このままこの異世界を探索できればいいなって思うけど、そうも言ってられないのだ。


「はぁ……嫌だな……」


 嫌だ嫌だとは言っても、高校に行くことを考えてるのは俺が変にまじめだからだろう。いっそのこと不登校になれればいいのだが、そうすると俺の人生が終わってしまう。

 というわけで、サイズが合わなくなった制服を変えるために、制服を売っている店を訪れていた。

 新学期が始まるというだけあって、この時期に制服を買いに来るのは珍しくないはずなのだが、制服を扱ってる店の人は俺をずっと見続けていた。……ズボンのチャック、開けっ放しじゃないよな?

 まあ勇気を出して買いに行った結果、幸い人通りも少なかったので見知った顔と会うこともなく、そこはよかったと思う。

 それはともかく、今日の俺はある決意……この家の周囲を探索してみようと思ったのだ。

 まだあのブラッディ・オーガやヘルスライムみたいなのがたくさんいるんだと思うと怖いが、それ以上に好奇心の方が勝っていたのだ。

 今までの俺だったら絶対に外に出なかっただろうが、よく分からないレベルアップをしてから、自信があるわけじゃないが、それでも好奇心に従って行動するくらいには冒険心というものを持つようになったのだ。

 他人から見れば危ういのかもしれないが、俺はこの変化は正直嬉しかった。

 ちょっとでも前向きに考える手助けになりそうだったからだ。


「……不用心かもしれないけど、行こう」


 念のためというか、当たり前だろうが『完治草』をしっかりと持ってきている。即死じゃない限りはこれで大丈夫だろう。……楽観的過ぎるかもしれないが。

 俺は魔物を倒し続けてきた庭と外の境界線である柵の入り口に近づくと、深呼吸をする。


「……よし」


 俺は覚悟を決めると、恐る恐る足を一歩出した。

 また、一歩、一歩と遅々としながらも確実に外へと出ていく。

 そして――――。


「あ……」


 俺は完全に外に出ることに成功した。

 外の景色は、柵の中から見ているのと変わらないはずなのに、俺の目にはより色鮮やかに映り、しばらくの間呆然としていた。

 徐々に実感を持ち始めると、俺は確かな足取りで歩きはじめる。

 今回周辺を探索するといっても、いきなり奥地に行くまでの勇気はまだないので、家が視認できる距離で探索するつもりだ。そのうちに、家までの目印も考えて、遠くまで行けるようにしたいな。

 俺は武器の『絶槍』を握り、辺りを警戒しながら進んでいく。

 初めて間近に森の木々を見たわけだが、やはり俺が見たことのないような葉を持つ樹ばかりだ。

 花も、毒々しい色もあれば虹色もあり、中には淡い光を放っている花さえ存在した。

 ……こうしてみると、本当に異世界なんだなぁ。

 幻想的な光景に平凡な感想を抱いていると、不意に生物の気配を感じた。スキル【気配察知】が働いたのだろう。

 息を殺しながらその生物の気配を辿り、存在を視認した。

 ソイツは、粗末ながらも防具に身を包んだ、緑色の皮膚を持つ小人のような存在で、鋭い目つきと鷲鼻、鋭利な牙が並んだ口はとても恐ろしい。いや、ブラッディ・オーガの方が怖かったけどさ。

 小人たちに見つからないようにしながら、【鑑定】を発動させてみた。


【ゴブリン・エリート】

レベル:120

魔力:100

攻撃力:1500

防御力:1000

俊敏力:1500

知力:100

運:100


 なんとなく想像はしてたが、ゴブリンだった。

 しかし、ただのゴブリンではなく、エリートだ。上位階級のゴブリンなんだろう。羨ましい。

 それはともかく、どうしたものか。

 ステータス的には俺が上なのは分かる。

 だが、このゴブリンははたして敵なんだろうか? もしかしたら、この世界ではゴブリンと人間は共生関係にあるのかもしれない。

 もしそうなのだとすると、この場で攻撃を仕掛けたら悪いのは俺なのだ。ブラッディ・オーガやヘルスライムは俺に向けて殺気を飛ばしてきたし、何より家の中に侵入しようとしてきたので、敵だと分かりやすかったが、今回は本当に分からない。ブラッディ・オーガが敵だったんだし、ゴブリンも敵な気はするが、ここは慎重に行こう。

 ということで、無用な心配や争いは避けられるのなら避けたいので、俺は静かにその場から退散しようとした。

 パキ。

 そして、足元の木の枝を踏み抜き、音を鳴らしてしまった。

 恐る恐る視線をゴブリンに向けると――――。


「……」

「……」


 スゲェ見られてた。

 無言の時間が続く。

 俺は耐え切れず、できるだけ友好を示すように笑顔で話しかけた。


「や、やあ!」

「グギャギャギャギャ!」

「ですよねー!」


 当たり前のように、ゴブリン・エリートはボロボロの剣を振り回しながら突っ込んできた。

 以前の俺なら腰を抜かしてただろうが、今の俺はゴブリン・エリートの動きをよく見て、余裕を持って躱すことに成功する。


「グギャッ? ギャギャギャ!」


 躱されたことにゴブリン・エリートは少し驚いた様子を見せるが、すぐにまた俺を殺そうと襲い掛かって来た。

 もう理解できたが、ゴブリンは俺の予想通り、結局敵だったのだ。

 敵と分かれば、攻撃しても捕まらないだろうということで、俺は『絶槍』を握りなおすと、買った本の内容を思い出していた。

 俺の買った本の内容は、実は槍の構え方なんて書いてなかったのだ。

 その時点ですでに、買う本を間違えたか? とも思ったが、読み進めていくと、どうやら構えなんてものはその人の動きやすい形に合わせればいいというのが本の方針らしく、槍で突くときに捻りながら突き出すことを意識するなど、そんなことしか書かれていなかった。

 まあ、捻りながら突けばいいとか、簡潔にまとめられていたから、ある意味で初心者の俺には有り難かったりする。

 襲い掛かって来るゴブリン・エリートの姿を冷静に見つめていると、ゴブリン・エリートは真横に剣を振り回していることがすぐに分かる。つまり、頭部と下半身は隙だらけなのだ。

 それを見逃すことなく、俺は冷静な頭のままで、槍というリーチの長さを利用して、腕だけでなく、全身を使って捻りながら槍を突き出した。

 すると、『絶槍』の周囲に螺旋状の風が纏わりつき、そのまま的確にゴブリン・エリートの額を貫いた。


「ガギャ!?」


 ゴブリン・エリートの額を突いたのだが、纏わりついていた風も高威力だったらしく、頭部を螺旋状の風が抉りとり、槍を引き戻したときには、ゴブリン・エリートの頭は消滅していた。

 ゴブリン・エリートの体がその場で数歩よろめくと、おびただしい量の血飛沫をまき散らし、やがて光の粒子となって消えていった。


「ふぅ……」


 初めて、槍を通して命を奪う実感が手に伝わった。

 でも、不思議と俺の心は冷静だった。

 本当なら胃の中をぶちまけたくなるような悲惨な光景だったのに、今の俺は大丈夫なのだ。

 もちろん、命を奪ったという意識もあれば、その重みをよく理解できている。

 それでも、俺の本能的な部分が、殺さなきゃ殺されるということを訴えており、自然と俺の心と体が順応しているように感じた。


「……ドロップアイテムは、【魔石:D】と【上級小鬼の牙】と【上級小鬼の皮】か……」


 皮って部分は正直気持ち悪かったし、案の定俺には使い道のない物ばかりだったが、アイテムボックスにすべて放り込んだ。


「うーん……レベルアップはないみたいだな……まあいい、探索を続けるか」


 レベルが近かったこともあり、レベルアップはなかったが、気を取り直して俺は再び周囲の探索を再開するのだった。

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