第44話

「さて、無事に入れたのはいいんだけど、この世界のお金を持ってないんだよねぇ……」


 観光と言っておきながら、観光できるだけのお金がない。

 急いでお金を稼ぎたいところだけど、どうやって稼げばいいんだろう?


「シルディたちはギルドって場所に所属してるみたいだけど……」


 冒険者という職業で、どういう内容かは分からないけど依頼というモノを受けてお金を稼いでいるらしいし、俺も登録したりできるのかな?

 でも、その登録にすらお金をとられるならどのみち無理なんだけど。


「一番は手持ちの胡椒とかを売ることかな?」


 一つだけ胡椒を取り出して、何となく『鑑別』してみた。


『胡椒』……地球で採れた胡椒。異世界で採れる胡椒より品質が良く、このビン一つの異世界での価値は金貨5枚ほど。商人ギルドで売却の際、交渉をするようならば金貨15枚ほどから交渉を始め、金貨5~10枚の辺りで売却するのが望ましい。


「予想以上に細かい説明が!?」


 しかも売値まで教えてくれるの!? 優秀過ぎない!?

 よくわからないが『鑑別』スキルは俺の求めていた以上の答えを教えてくれた。

 この金貨というモノがこの世界での貨幣で、どれほどの価値があるのかは知らないけど、とても助かるな。

 それに商人ギルドという存在があって、そこで売ることができるようだ。


「よし、ナイト、アカツキ。商人ギルドってのに行こう!」

「わふ」

「ぶひ」


 とはいえ、この土地のことはまるで分らないのだから、俺は城門にいる兵隊さんに声をかけ、道を訊いた。

 やはり城門に立っていた兵隊さんは地球でいう警察みたいな役割をしているらしく、丁寧に教えてくれたので助かった。

 そして教えてもらった道を行くと、小綺麗な木造の建物が目に入る。

 そこは多くの積荷を乗せた馬車や人が忙しなく行き交い、この町の物流とかはここが基本になっているのかなとかぼんやりと考えた。

 街に入るのを待っていた時と同じように、よく分からない視線を多く向けられながら俺たちは中に入ると、やはり同じような視線をまた向けられる。

 多少居心地が悪く感じながらも中を見渡すと、受付らしきものがあったのでそこに向かった。


「あの、すみません」

「は、はい! いかがなさいましたか?」


 受付の女性はびっくりしたように俺を見た後、すぐに営業スマイルを浮かべて対応をしてくれる。


「えっと、実は売りたい物がありまして……」

「はぁ……失礼ですが、お客は個人の商売などはなされていないのでしょうか?」

「はい。実はこの街にも初めて来まして、手持ちのお金がないのでとりあえず売れる物を売ってしまおうかと」


 受付の人は俺の言葉を受けて、納得したようにうなずいた。


「かしこまりました。では、まず売却などを行う前に商人ギルドへと登録していただく形になるのですが、よろしいですか?」

「それはお金がかかったり、何か不都合なんかはありますかね?」

「いえ、手数料などは特にございません。また、商人ギルドや冒険者ギルドなど、【ギルド】に所属することによって身分証を発行することもできますし、何よりそれぞれのギルドで多少の便宜を図ってもらえたりします。ただし、素行不良者などは除名される場合もございますが、基本的には不都合はないかと」


 なるほど、ギルドへの登録には特別なデメリットはないのか。

 しかも身分証を発行してもらえるっていうのはとてもありがたいな。

 ただ……。


「あの、冒険者ギルドもできれば登録しときたいと思っているのですが、二つのギルドに登録するのは大丈夫なんでしょうか?」

「そちらも心配ございません。【ギルド】とは各国に存在しながら国に干渉されない組織として存在しております。もちろん、各国に支部を置かせていただくからにはその国の法律を守ったり、有事の際は協力したりなどはございますが、国からの理不尽な干渉などは防ぐことができます」

「おお」


 思わず声をあげてしまったが、【ギルド】って組織はすごいな。

 逆に言えば、そんな組織を敵に回すのはとても厄介だってわけで……まあ悪いことはするつもりもないので大丈夫だと思うけど、少し怖いな。

 聞いてた感じだと登録したほうが明らかにメリットしかないようだし、何より登録しなきゃ胡椒を売れないのなら仕方ないな。


「説明ありがとうございます。じゃあギルドへの登録手続きをお願いしてもいいですか?」

「かしこまりました。では、こちらに記入をお願いいたします」


 そう言って渡されたのは、俺が普段使ってる紙とは材質が違う不思議な紙だった。

 それに、ペンもいわゆる羽ペンってヤツで……ちょっと待って、俺羽ペンなんて使ったことないんだけど?

 何? このインクにつければいいのか……?

 慣れない紙とペンに苦戦しながらもなんとか記入を終える。

 内容は氏名と出身地を書くだけだったが、名前はともかく出身地が困った。

 まあ結局『日本』って記入したんだけどね。


「できました」

「はい……優夜様ですね。この『日本』という場所は国名でしょうか?」

「ええ。東の……小さな島国です」


 地球での話だけどね。


「なるほど、この大陸の方ではありませんでしたか。とにかく問題ないようなのでこれで登録は完了です。こちらがギルドカードとなっております」


 そう言って渡されたのは、おそらく鉄だと思われる素材でできたプレートだった。

 そこには名前と星が一つだけ刻まれている。


「そちらのギルドカードですが、星が刻まれているかと思います。その星はギルド内でのランクを示しており、一つ星の方は旅商人としての資格を与えられますが、露店や街で正式な店を持つことはできません。ですがこの商人ギルドなどでの売却は可能となっております。露店をしたい場合は二つ星、店を持つには三つ星が必要です」

「その星はどうやったら増やせるんですか?」

「冒険者ギルドでしたら明確な決まりがあるのですが……商人ギルドはギルドへの貢献度で星の数が増えていきます。露店やお店でを持った場合、売り上げの何割かをこの商人ギルドへと納めていただくのです。そして一つ星の方は直接こちらに売却した物や買取などの金額を貢献度として換算するため、あまり難しく考えずとも星三つまでは上がることができるでしょう」


 なるほど……まあ俺は旅商人という資格でも問題ないし、あんまり考えなくてもいいか。


「さて、話が長くなってしまいましたが、優夜様のお売りしたいものを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」


 そう言って俺は『アイテムボックス』から胡椒を取り出した。

 すると、なぜか受付の人は目を見開いて驚いている。


「あ、『アイテムボックス』持ち……」

「あの?」

「はっ!? す、すみません! 『アイテムボックス』のスキルをお持ちの方は非常に珍しいので……ですが、『アイテムボックス』を使えるなんて商人としては大きなアドバンテージですよ! 優夜様は商人として大変恵まれていらっしゃいますね!」

「そ、そうですか」


 なんてこった。

 まさか『アイテムボックス』がそんなに珍しいスキルだったなんて……。

 でも持ってる人がいないわけじゃないし、大丈夫か。

 そんなことを考えていると、受付の人は渡された胡椒を見て――――。


「えっ……えええええええええ!?」


 大きく驚くのだった。

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