第54話
「キュ……」
「っ!」
『さて……』と言うように俺たちの方に視線を向ける白兎。
……このウサギは……敵……なんだろうか……。
もし敵だったとすれば、勝ち目はない。
なんせ、俺が手も足も出なかったミスリル・ボアを瞬殺してしまうような相手なのだから……。
どこまでも余裕なウサギとは対照的に、俺とナイトたちは最大限に警戒しながら見つめ返す。
少しでも情報が欲しい俺はスキル【鑑別】を発動させた。
『スキル【図鑑】を習得しました。スキル【鑑別】がアップグレードしました』
「うぉ!?」
「キュ?」
スキルを発動させた瞬間に目の前にメッセージが現れ、思わず声を上げてしまった。
まずい! と思って慌てて口を押えるが、ウサギは不思議そうに首を傾げるだけで攻撃してこない。
……まあミスリル・ボアを倒す姿を見る限り、警戒してても俺の反射速度を超える攻撃で殺されそうだ。
新たに手に入れたスキルや、アップグレードとやらの確認をしたいところだが、今はそれどころじゃない。
不意のメッセージへの驚きを飲み込み、改めて俺はウサギのステータスを確認した。
【キック・ラビット】
レベル:4
種族:キック・ラビット
魔力:4000
攻撃力:100000
防御力:3000
俊敏力:100000
知力:20000
運:100000
【種族スキル】
≪
【固有スキル】
≪
【武術スキル】
≪
【通常スキル】
≪愛嬌(R)≫、≪気配察知(R)≫、≪魔力察知(SR)≫、≪心眼(SR)≫
【称号】
≪蹴聖≫、≪耳聖≫、≪二天聖≫、≪流離の兎≫、≪癒しの死神≫
なんか色々やべぇええええええええええええ!
てか、いきなり色々見えるようになってるけど……これがアップグレードした結果ってヤツか?
そんなことより、このウサギさんツッコミどころありすぎるだろ!
まさかステータス値が10万超えるなんて……それなのにレベルは4って意味が分からん!
スキルもぶっ飛びすぎだが、称号も色々聞きたいことが多いんですけど……。
呆然とする俺をよそに、ウサギさんはのんきに自分の毛を整え始めると、一瞬俺に視線を向けてきた。
……あれ? もしかして、俺がスキル使って確認してたりするの、バレてる?
何となくだが、『待っててやるから、早くしな』と言うようにその場から立ち去る様子がない。
俺たちに何の用があるのか知らないが、有難いことに変わりはないので、俺は色々と追加されたものを確認していく。
まず、スキル【鑑別】のアップグレードは目の前のウサギさんを見て分かる通り、より詳細に見れるようになった。
その結果、スキルが細分化され、しかもレア度までが追加されている。
このレア度はスキルの習得難度や習得率から決められているらしいが、ウサギさんはそんな中でも最高レア度の『U』を持っているのだ。
さらに、武術スキルの横にある『M』という文字は、そのままの通りでそのスキルを完全に使いこなせるようになったという証らしい。
アップグレードの確認はこんなもんだが、俺の新たに追加された【図鑑】というスキルは、これまた便利なモノだった。
俺の持っているドロップアイテムや採取したもの、そして討伐した魔物が登録され、生息域やどの魔物を倒せばそのドロップアイテムが手に入るかなどが詳細に記録されているのだ。
しかも、俺が戦ったことのない魔物でも、以前街の図書館で得た知識がそのまま記録されており、俺の記憶とも連携しているらしい。
魔物の特徴や弱点などをも記録されているから、俺が知識をつければつけるほど、戦いや採取の際には有利になるのだ。本当にありがたいスキルだ。
――――さて、ここまでは俺のスキルの確認などだったが、俺は気になるウサギさんのスキルや称号などを見ていくことにする。
本当ならこんな場所で長時間留まり続けるのは危険なのだが、ウサギさんが時折森や茂みの奥に視線を向けると、何か生き物が慌てた様子で去っていく気配を感じたため、ウサギさんがいる限りここは安全なのだろう。ウサギさん、すごすぎる。
【兎蹴術】……兎系統の魔物や種族が習得している蹴りを主体とした武術。
【兎耳術】……兎系統の魔物や種族が習得している耳を使った武術。
【蹴聖術】……蹴りを極めた者だけが扱うことの許される技。その蹴りは星を砕く。
【耳聖術】……耳を極めた者だけが扱うことの許される技。その耳はすべてを聴き取る。
【魔闘術】……魔力で体をコーティングし、強化する武術の技法。達人になって、初めて至る境地。
【気配察知】……気配を察知することができる。
【魔力察知】……魔力の流れなどを察知することができる。
【心眼】……【見切り】スキルの究極系。相手のスキルの発動すら察知する。
ちょっと意味が分からない。
俺の理解の範疇を超えたスキルの数々に、俺は眩暈がした。
ただ、俺が【鑑別】を使っているのがバレたのは、【心眼】のスキルを持っていたからだということだけ、とりあえず納得できる。それ以外はもう俺知らない。手に負えません。
【蹴聖】……蹴りを極め、頂点に至った者に与えられる称号。効果はない。
【耳聖】……耳を極め、頂点に至った者に与えられる称号。効果はない。
【二天聖】……『聖』の称号を二つ得た者。効果はない。
【流離の兎】……武者修行の旅を続ける兎。効果はない。
【癒しの死神】……その愛くるしい見た目とは異なり、敵対者には死をもたらす。効果はない。
だからもうお腹いっぱいだって。
なんなの? このウサギさん。蹴りを極めって……そりゃああんな化物じみた蹴りを見れば、それも分かるけどさ。
って言うか、スルーしてたけど、蹴りだけじゃなくて耳まですごいってどうなの? ミスリル・ボアを倒したときは本当に片手間だったわけ? 本気の時は耳まで使うってことでしょ? 誰が倒せるの? このウサギさん。
そんな風に考えていると、いきなりウサギさんの【キック・ラビット】の生態が書かれたメッセージが出現した。どうやら【図鑑】スキルが発動したらしい。
【キック・ラビット】……戦闘種族である【ファイター・ラビット】の突然変異種。蹴りを極め、頂点へと至った唯一の個体。蹴りだけでなく耳を使った戦闘もすさまじいのだが、そこに至るまでの敵はまずいない。
「はい、もう大丈夫です」
「キュ?」
漫画に出てきそうな戦闘民族感あふれる説明に、俺は考えることを放棄した。もう知らね。
とにかく時間はかかったが、確認したいことは終わったので改めてウサギさんに声をかけると『もういいのか?』と言わんばかりに首を傾げてきたので頷いた。
するとウサギさんはすくっと立ち上がり、俺を器用に耳で指してくる。
「キュキュ。キュキュキュ!」
「え、えっと……?」
細かいニュアンスまでは理解できないが、ウサギさんは何やら俺に対して『蹴りを見せてみろ』と言ってるような気がした。
だが、本当にその認識で合っているのか分からずに困惑していると、今まで黙っていたアカツキが前に出る。
「ぶひ。ぶひぶひ」
「キュ? キュキュ」
何故か自信満々に出てきたアカツキに、ウサギさんは『お前がやるのか? まあいい、やってみろ』と頷くと、アカツキは短い脚を可愛らしく動かした。
「ぶひ! ぶひ!」
「キュ」
「ぶ、ぶひぃい!?」
『論外』。
そう、ウサギさんは言ったようで、アカツキはショックを受けて落ち込んだ。ど、どんまい?
「わふ。ワンワン!」
「キュキュ」
「わふっ!」
すると今度はナイトも挑戦するらしく、アカツキとは違って鋭い蹴りを披露した。
そんなナイトの蹴りを見て、ウサギさんは満足そうに頷く。
「キュキュ、キュキュー」
『まだまだだが、見どころはあるな』……そう言ってる気がした。
って言うより、これはどういう状況なんだ? アカツキもナイトも蹴りを見てもらってダメだしされたりしているが……これは俺の蹴りも似たようにダメだしされるんだろうか?
理由は全く分からないが、今度は俺の番だと言わんばかりに見つめてくるので、俺も蹴りを披露する。
「ハアッ!」
俺としてはいい感じに蹴ることができたと思うのだが、ウサギさんの反応はあまりよくなかった。
「キュキュキュ」
『やれやれ……まるでダメだな』と言いたげなウサギさんは、もう一度俺を耳で指した後、よく見とけよと言うようにゆっくりと足を上げ――――。
「キュ」
パン!
そんな破裂音が周囲に響き渡った。
よく見ると、ウサギさんが蹴った先にある黒堅樹の幹に、小さめの穴が一つ空いている。
しかもその穴の開いた樹は一本ではなく、数十本ほど貫通して続いているのだ。
……何が、起きたんだ……?
俺にはウサギさんが足を上げるところしか認識することができなかった。
気づいた時には鋭い破裂音と、黒堅樹に穴が開いていたのだ。
「キュ」
呆然とする俺をよそに、ウサギさんは『やれ』と言うように顎で促してきた。こ、怖ぇ……。
まるで参考にならなかったウサギさんの蹴りに近づけるよう、俺なりに考えて鋭さを出せるように工夫するが、すべてウサギさんにダメだしされる。
ただ、途中から俺の足の上がり方がおかしかったり、蹴り方が変だったりするとその真っ白な耳を使って器用に矯正してくれた。
しかもウサギさんは最初に見せてくれた蹴り以外にもわざわざ極限までゆっくりにした蹴りも見せてくれて、少しずつだが確実に俺の蹴りは鋭さを増していった。
まるで稽古のようなことを続けている時に、魔物が襲って来たりしたのだがそのすべてをウサギさんが文字通り蹴散らしてくれたので安心して俺は蹴りの練習に集中できる。
ナイトとアカツキも見よう見まねでそれぞれが蹴りの練習をするが、アカツキだけはウサギさんが『もうやめろ。無理だ』と言われ、静かに泣いていた。あ、アカツキ……お前は何やら傷を癒したりすることが出来るし、戦闘要員じゃないからさ。気にするな?
体感で数時間ほど蹴りの練習を続けていると、ついに俺は蹴りだけで黒堅樹をへし折ることができる領域にまできていた。
「ま、マジかよ……」
「キュキュ」
折れた黒堅樹を前に呆然とする俺とは対照的に、ウサギさんは『当然だ』と言うように頷いていた。
「キュキュ……キュキュキュ。キュキュ、キュキュ!」
するとウサギさんは『さて……今回教えられるのはここまでだ。また会えた時、稽古をつけてやるからさっき教えた通り毎日蹴りの練習をするように!』と耳でビシッ! と俺を指してきた。
そして――――。
「キュ」
『さらば』というと、ウサギさんはトンっと軽く地面を蹴った。
だがそれだけでその場から数十メートルも飛び上がると、さらに信じがたい光景が目に飛び込んできた。
「キュ――――」
なんと、何もない空中を足場に、ウサギさんはとんでもない速度でその場から跳び去って行ったのだ!
空中を足場にして跳び出した際の衝撃はすさまじく、森全体を激しく揺らすほどの衝撃波となって俺たちにも襲い掛かった。
「うっ!?」
なんとか激しい風圧に耐えきると、もう空中にウサギさんの姿はなかった。
最初から最後まで嵐のようなウサギさんに、呆然としているとメッセージが出現した。
『称号【蹴聖の弟子】を獲得しました』
どうやらウサギさんは俺の師匠となったようだ。
……。
「……帰るか」
「わふ」
「…………ぶひ」
なんというか、今日は色々と疲れたのだった。
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