第2話 単一性の原則

第2話 単一性の原則①


「栴檀さん、先日の報告書です」


 ソファに腰を下ろしていた栴檀に女性がファイルを渡す。


 栴檀がいるのは学校の教室ほどの広さの部屋だ。

 その一角にソファとローテーブルが置かれている。


「ありがとうございます、零陵さん」


 彼女は紺のタイトスカートスーツを着ている。

 ロングストレートの髪は襟元で一度まとめられているだけだ。

 スーツより濃いめのヒールを履いている。

 元々が女性にしては長身なため、見ようによっては威圧感を受け取る人もいるかもしれない。


「仕事ですから」


 無愛想に答えて、零陵は自席に戻っていく。

 この部屋には机は二つしかない。

 蘇合と栴檀はもっぱら外出先にいて、室長は部屋には普段いない。

 そのため、専用の席が必要ないというわけだ。


 零陵が席に座り、視界の左に堆く積まれているガラクタのような機械類をちらりと見て、また自分のディスプレイに集中する。

 彼女の雰囲気は就活中というよりは、社長秘書という方が近い。


 ここには室長を含めて五人が所属している。

 加わるのが栴檀が最後だったため、どのような過程を経て残りの三人がメンバーになったのかは知らないし、さして興味もなかった。


 栴檀せんだん東予とうよ、これが自分に与えられた名前だ。


 元々あった名前の人物は死んだことになっているのだから、それは確かに必要なものだ。

 名付け親は馬酔木室長だ。他の室員、零陵や蘇合にしても、室長がつけたのだという。


 名前とともに、新しい人生が作られた。

 新しい戸籍、新しい出生地、新しい学歴、新しい職歴、そういったものが便宜上存在している。


 これは回収室自体に国が関与していることの証左でもある。

 元々の名前が好きだったわけではないし、特に関心もなかった。

 ただ、名前を言い渡すときに妙に馬酔木が嬉しそうだったのを覚えている。

 そこだけは、年相当というか、子供っぽさを感じた。


 栴檀は、メガネを外しテーブルに置いて、報告書をめくった。

 メガネは伊達で度は入っていない。

 会社から支給されており、スイッチのオンオフで周囲の音を録音することができる。

 万が一顔がばれると困るため栴檀は外出中はかけることにしている。


 東京の代々木にある彼らの会社、JMRFの三階に五人が所属する回収室がある。

 代々木といっても新宿駅が近場に見えるところだ。

 少なくとも拘置所よりは空気は悪くない、と栴檀が窓から外を見る。


 JMRF、Japan Money Research & Foundは表向きには信用調査会社だ。

 日本語で言い換えれば、日本資金調査発掘会社、だろうか。

 個人から法人まで、財務状況を調査し、相手に適切なアドバイスを与える仕事を主にしている。


 アドバイス。


 依頼主が調査対象そのものであれば、今後の方針についてのコンサルタントを。

 評価会社であれば、格付け資料の提供を。

 依頼主が債権者であれば、回収の見込みを、隠し口座の所在まで含めて。

 それがJMRFの仕事であり、栴檀たち回収室の仕事でもある。

 その調査業務の一環として、国家と契約をしているのだ。


 というよりも、国家事業の一つとして、回収室が存在している。

 国際的な金融活動作業部会(FATF)の勧告を受けて回収室は作られた。


 日本国内での管理は警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策企画課犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)が中心となっているが、民間企業としてJMRFが実務を受託している。


 回収室の仕事は犯罪収益を適切に回収することだ。


 そのために、三階に特殊債権回収室が新設され、馬酔木室長を中心に、四人の室員が在籍している。

 中心になって業務を行うのがこの四人で、他に雑多な調査をこれまで通り一階と二階が行う。


 隠された犯罪収益を犯罪者から取り戻す専門のチームとして、特殊債権回収室が設立されて二ヶ月ほどになる。

 栴檀が入ってからの成果はまずまずといったところだった。


 犯罪、たとえば脱税、詐欺、横領、背任、違法薬物取引、そういったものに対しては、各捜査機関が捜査を行い、犯人を逮捕する。

 しかし、捜査機関は犯罪に対して力を発揮するが、一方でその犯罪がもたらしていた損害金については、ややおざなりな点があった。


 端的に言ってしまえば、犯人は捕まえられるが、金は戻ってこない。

 そんなケースが目立つようになった。


 特に詐欺は顕著で、すでに使われてしまっているであるとか、どこか追い切れないところまで金が流れてしまっているであるとかが多く、奪われた金はうやむやになってしまうことが頻発していた。

 常に犯罪は起こっているためこれ以上捜査機関が力を入れるわけにもいかず、かといってこのままにしておけば、犯罪者に甘いと国民に言われてしまう。


 犯人を捕まえ刑事罰を与えることは確かに大事だが、国民や被害者の中にはその奪われた金さえ戻ってくればそれでいい、という声があることも事実だった。


 詐欺で刑務所に数年入ったとしても、犯罪収益が六億円を超えるのなら、たとえ捕まってもどこかに隠してしまえば十分に『元が取れる』と巷で言われてしまうほどだ。


 そのため、横断的に犯罪収益についてそれぞれの機関の『サポート』をするため回収室が設立された。

 代わりに、回収した犯罪収益から委託手数料を徴収するシステムになっていた。


 現状では、依頼を受けて解決をし、知名度と信頼度を高めていく方針だが、少しずつ独自にめぼしい事件を調査することになっていた。


 栴檀がその一つである東京国税局に依頼していた件の報告書を斜めに読む。

 数日前の貸しのおかげで、多少の融通が利くようになった。


 各組織にとって回収室は、実績がないのももちろんだが、自分たちの領域に土足で上がり込んでくる部外者であり、厄介者、という扱いだった。


 何しろ回収室は彼らの組織が『できなかった』とみなされたことをするために作られた専門チームだ、プライドがある分、回収室が活躍することが面白いわけはないだろう。


 よその組織からは、場を荒らしてよいところだけかすめて盗っていくハイエナであるとか、現場よりも組織のトップから直接支援命令が来るところがうっとうしいだとか、金目当てで正義感がないだとか、評判はすこぶる悪い。


 実験段階――それが、入ってすぐに馬酔木が栴檀に言った言葉だ。


 噂によれば『元犯罪者を使う』というアイディアも馬酔木が考えたらしい。

 馬酔木は『上』との付き合いがあるらしく、多くの組織の長に直接連絡、相談、という名の命令をしている。


「担当部署の報告では、特に怪しい点は見当たらない、とのことでした」


 零陵が伝え忘れたというように、自席から声を発した。


「怪しすぎるけど、怪しい証拠がない、ということか。蘇合は?」

「昼食に出ています」

「そうか」

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