第一話 貸借対照表③


「ったく、あいつら、なんですぐに資金を使ったんだよ」


 案内されたテーブルにつき、席に座るなり蘇合が愚痴をこぼす。

 JMRFにほど近いファミリーレストランの隅に四人は座っていた。

 蘇合の横には沈水が、向かいに栴檀が、栴檀の横には零陵が座っている。

 各々が注文を済ませ、食事を待っている。


「あいつら?」


 栴檀が正面の蘇合を見ると、蘇合はさっきもミネラルウォーターを飲んだはずなのに、グラスに注がれた水を氷ごと一口で口に入れた。

 バリバリと氷をかみ砕き、飲み込んでから言葉を練る。


「俺が回収してきたあいつらだよ」

「……それってクレカの?」


 沈水が蘇合に聞く。

 昼時のファミリーレストランは混雑していて、他の席の声が聞こえるような静けさはない。

 他の人に聞かれる必要がないからか、端末が手元にないからか、沈水はここでは小声で話すことにしたようだ。


「ああ、そう、そいつらだ。結局、そいつらの金は闇金に流れていた」


 栴檀が先ほどまで読んでいた報告書に書かれていた事件だ。

 直近で彼ら回収室が追っていた案件は、偽造クレジットカードを用い、全国のコンビニATMからキャッシング機能を使って同時多発的に金を引き下ろし行方をくらませるという事件の被害金の回収だった。


「全部で20億円」

「20億円かー、人生一回6億円で三回ちょっとは遊んで暮らせそう」


 沈水が羨ましそうに言いながら天井を見上げる。


 引き下ろされたのは、蘇合の言うとおり20億円近くの日本円だった。

 偽造クレジットカードは、南アフリカの銀行の顧客リストから漏れたものを元に作成されたものだ。

 そのクレジットカードの、通常のショッピング機能ではなく、キャッシング機能を使い、わざわざ日本の、それも全国のコンビニのATMを使って、犯行グループは大金を引き下ろしていた。


「今回回収できたのは一部だけだ。残りはどこぞへ送金されちまったみたいだがな」


 引き下ろされた金の多くは海外に即時送金されてしまったため、その金の大部分は日本では回収できる見込みはなくなった。


「まあ、その一部、ほんのちょっとを俺が取り戻してきたってわけよ」


 蘇合が胸を張る。

 金を引き下ろした実行犯のうち、警察の捜査により十数人が逮捕され、そのとき警察により1億円ほどが回収されたが、それ以外にも日本国内にまだ大金があることがわかった。

 それならば、日本に残されたその分だけでも回収しておこう、と回収室が活動を始めたのだったが、その行く先が面倒であった。


「と、ここまではお前らも知っていたと思うんだが、その金の行く先がな、闇金だったんだよ」

「返済か? 貸出か?」

「貸出だよ、だから時間がかかっちまった」


 栴檀の問いかけに蘇合が答える。


「あいつら、下ろした金を闇金の活動資金に回してやがったんだよ。つーか、実行犯のほとんどは闇金の関係者だったみたいだな」


 グラスを手に取った蘇合は、自分がすでに飲み干して空にしていたことを思い出し、またテーブルに置き直す。


「実行犯も指示者が誰か口を割らねえっていうか、これはマジで知らねえって可能性が一番高いな、そのくらい用意周到な連中だったってわけだ」

「そうだね、実行犯のメールを解析してみたけど、色々世界各地を回っていて、送信元は特定できないようになっていた」


 情報担当の沈水が調べた限りでは、上層部は外国にいたと報告書には書かれていた。


「それでいくら回収できた?」

「合計で2134万だ」


 蘇合がそらんじる。

 回収室に置きっ放しのバッグには、それだけの金が入っているらしい。


「それって半分以下じゃん。帳簿上は5千万円はあったはずだったんでしょ?」


 沈水が自身のグラスを指す。

 グラスには水が半分ほど残されていた。


 蘇合はその呆れたような沈水の反応を見て片方の口の端を上げ、説明してやろうか若者よ、という顔をしたが、


「お待たせいたしましたー」


 その会話を切り裂いてウェイトレスがやってきた。


「こちらご注文の品物になりますー」


 ウェイトレスは女子高校生のアルバイトのようだ。

 両手に盆を持ち、四人が注文した食べ物を載せてきた。


「あ、嬢ちゃん、水もういっぱいくれ」

「よろこんでー」


 蘇合が空になった自分のグラスを指し、それにファミレスではないどこかの居酒屋のような返事をウェイトレスがする。

 てきぱきとウェイトレスが注文を聞いた通りに皿を並べていく。


「ぶっ!」

「ん、どうした沈水?」


 突然横で吹き出した沈水に、蘇合が眉を寄せる。


「お客様? どうかいたしましたか?」


 ウェイトレスも心配しているが、沈水は下を向いて首をブンブンと振るだけだった。


「何でもないならいいけどよ、さて、飯にするか」


 蘇合が箸を持ち、自分の前に置かれた冷やしうどんを掴み始める。


「しっかし、お前らは本当、お前らだな」

「これでいい」


 栴檀が注文したのはパンケーキだ。

 食感も味も普段栴檀が常食している携帯食料とさほど違いがない。


「空腹ではないので」


 そう言う零陵が頼んだのは、確かに食事とはいえないものの、一人で食べるには大きすぎるフルーツパフェだった。

 それを表情を変えることなく、揺れるスプーンで上機嫌っぷりを表現して、パフェに刺さっているメロンを口に運ぶ。


「……」


 沈水は無言で手を合わせて、ハンバーグの解体に手をつけ始めた。


「まあ、いいか……」


 蘇合はそれぞれに突っ込むのも諦めて、自らのうどんに取りかかる。


「さっきのな、半分じゃなくて、これでほとんど全部なんだよ。もう半分は闇金屋から直に回収する手はずだぞ。そうだろ?」

「そうだ」


 蘇合が前にいる栴檀に視線を送る。


「どういうこと? ってか一部だって自分で言ってなかった?」


 栴檀がうなずくのを見て、ハンバーグをばらばらにしている沈水が二人を見る。


「10万貸すのに、10万渡すやつなんていねえってことだよ」

「え、そうなの? ん? 10万借りるのに? なんの話?」

「そうだな……、まずは闇金の仕組みだが、一回に一人に貸すのは10万がせいぜいだ。なぜかわかるか?」

「えーっと、貸す側が損しないように?」

「そう、行方不明になったり、警察に駆け込んだりするやつは必ず出てくる。ある程度そこは織り込んで金を貸すわけだ。そうすると、どうしても、十人に100万ずつ貸すよりは、百人に10万貸す方を選択した方が貸し手側にとっても賢い選択だってわけだ」

「期待値は同じだ」


 今度は栴檀が突っ込みを入れる。

 返済を反故にする一人当たりの確率が一定であれば、どちらでも見込みの損失は同じになるはずだ。

 蘇合もそれはわかっているようで、首を縦に振りながら話を続ける。


「まあ、算数的にはそうだろうが、そもそも100万なんて大金を貸して必ず返ってくる保証のある借り手なんていないってわけだ。闇金に手を出すやつなんて、それ以外の銀行やらなんやら合法のとこから閉め出された借り手しかいないわけだから、大金を貸して返ってくるとは思わねえだろ? 10万くらいなら返ってこなくても損は少なくて済むし、10万くらいなら向こうも返せると思うラインってとこだな」


 いつの間にか、借り手を『向こう』と言い、闇金側に立ってしまったかのような言い草だった。


「ええとそれでだな、俺が追っていたところはトサンだったな。十日で三割の利息だ。暴利も暴利だな」

「利息制限法で10万なら年利18%が上限だ」


 当然のことながら、栴檀はその利息は違法だと突っ込む。

 貸金業が消費者から取っていい利息は、利息制限法で上限が決まっている。

 10万未満なら年利20%、10万以上100万未満で18%、100万以上で15%と、金額が上がると上限年利が下がる仕組みになっている。


「十日で三割、この段階で30%だから違法も違法だが、年利なら、そうだな、十日で130%になる複利計算で36.5乗して、大体14,420倍ってところだな」


 栴檀の特異な能力は、この数字に対する記憶力、計算力だ。

 視界に入る分なら何桁でも、一瞬で記憶し、いつでも引き出すことができる。

 その上、よほど高度な数学でなければ、ほとんどの計算を暗算でこなすことができる。


 ただの記憶力、計算力だけではない。

 さらにこの二つの能力を応用し、その数字に対する『違和感』を検出することができる。

 これで栴檀は中学在学中に公認会計士試験に合格し、優秀な会計士として大手の監査事務所でトップエリートとして活躍していた。


 さらりと計算された14,420倍という想像もつかない金額に蘇合も沈水もわかったようなわからないような顔をする。


「おい、お前等揃って兄弟かよ。しかも猟奇殺人的な兄弟だな」


 一方蘇合は溜息をつきながら栴檀を見て言った。

 栴檀も沈水がハンバーグに対してしたように、パンケーキを一口サイズにナイフですべて分解してから、フォークで小さくなったパンケーキを口に運んでいた。


「普通一つ切って食べて一つ切って食べてするもんだろ」


 見ようによっては上品な仕草に見えないでもないが、蘇合にはその行為は気持ち悪く見えるらしい。

 それに沈水が反論する。


「食べる回数がわかっていいでしょ。てゆーか、おっさんうどんの汁がこっちに跳んできているんですけど」

「なあ、零陵、お前もそう思うだろ?」


 残った零陵に賛成票を入れてイーブンに持ち込もうとする蘇合が、斜め向かいの零陵に言うが、彼女の視線はずっとパフェに注がれていた。


「え、そうですね、日本のパフェは美味しいですね。甘ったるすぎないのがパーフェクト」


 急に話掛けられた零陵は、普段仕事中では絶対見せない喜色満面でせっせとパフェの山を崩していた。

 パフェに夢中で会話に一切参加しなかったのだろう。


「……まあ、いいか。話を元に戻すぞ、サラ金と利息制限法の話だ」


 通称『サラ金』と呼ばれている、サラリーマンを中心とした消費者向けの貸金業者は元々利息制限法ではなく、出資法という別の法律の上限である29.2%の利息を都合良く採用していた。


 だが、2006年にサラ金も利息制限法を遵守すべきであるという判例が出ると、その出資法との差がグレーゾーン金利とされ、借り手からの請求があった場合には利息を計算し直して、元本と相殺しなければいけないことになった。


 現在では出資法も、上限が20%に定められ、利息制限法と同じく揃えられることになったため、この判例はこれから借りる人間には、好影響しかないものと思われた。


「だがまあ、闇金にとっても利息制限法はありがたかったんだ」


 またも、蘇合は闇金側からのコメントをする。

 グレーゾーン金利の廃止はサラ金の借金地獄から消費者を救うために実施されたわけだが、『貸し出せるか』は、『返済できるか』と言い換えてもいい。


 返済できる見込みが薄くて、それでも貸し出すなら、それなりのリスクを取ったものとして、利息を高く設定しなければならない。


 それが結果的にサラ金の審査を厳しくし、サラ金のグレーゾーン金利でしか借りられなかったギリギリの人々が借りられなくなり、そもそも審査があってないような違法の闇金へと流れ、結果的に闇金が盛行する手助けをしてしまったという側面がある。


「んでな、闇金のやり口はこうだ。まず10万借りて、十日後に13万にして返す。これがベースなんだが、まるごと10万貸すわけじゃねえんだ。先に『十日後に10万返すものとして、利息を差し引いて金を渡す。3万は利息分、1万は事務手数料分、合わせて4万で、渡すのは6万だけ』。それを十日後に10万にして返してもらうってのが基本だな」


 これは返ってこないことを前提として、先に利息を差し引き、渡す金額を減らすことで最小限の損失に抑えるようにしているわけだ。


「だがな、6万借りて十日後に10万返すわけだから、実態は三割どころじゃねえな」

「1.67倍だ。トサンと言っているが計算上はトゴより酷い」

「そうだな、酷いなあ」


 うんうん、とうなずく蘇合。


「なぜ闇金の肩を持つ? 闇金に知り合いでもいるのか?」

「で、まー、元本だけ、俺が集めてきたってわけよ」


 栴檀の質問を無視しつつ、蘇合が言う。

 蘇合は闇金が偽造カードで引き下ろした報酬を元手にした貸付けのうち、利息を取らずに貸した金額だけを回収してきたのだ。


「そういえば」


 咳払いをし、口紅がつかないように丁寧に紙ナプキンで口元を拭いた零陵が声を張らずに前置きをした。


 三人が話している間に、気が付けば零陵のジャンボフルーツパフェはすでに空になっている。


「判例では、闇金が違法に貸し付けた金額は元本も返さなくていい、ということらしいのですが」

「えっ、そうなのか?」

「元本ということは、今蘇合が回収してきた貸付金そのものということだな」


 零陵が言うには、利息は言うに及ばず、借りた金自体返す必要がないというのだ。


「ってか、それを今更言うか?」


 蘇合は口をぽかんと開けて眉を寄せて零陵に抗議する。


「蘇合さんが意気揚々と出て行ってしまいましたので、言うタイミングが遅くなりました」

「ということは……」


 会話から意味を探ろうとしている沈水が、正解なのか、もしくは正解だとしたら蘇合が傷つくのではないか、の二つの理由からいつもの声より更にトーンを落として小声で続けた。


「集めてきても意味はなかった?」

「そういうことになる。蘇合が集めた2134万は回収室としては回収できないことになる。法律上は借り主のものになる」


 蘇合の顔が変わるよりも速く、栴檀が断言した。


「あのさあ……。まあ、借りたもんなんだから、これくらい返してもらってもいいだろ。元に被害者がいるわけだし……」


 じっと、大柄で筋肉質な身体には似合わない子犬のような目でじっと栴檀を見つめる。

 蘇合は集めてきた手前借りた金は返すの原則を貫きたいようだが、まさに返済する必要のない借り得の金だったのだ。


 やや間があって、


「あとで協議しよう」


 という返答があった。

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