第6話 真実性の原則⑨
そこに映っていたのは馬酔木だった。
馬酔木は車椅子に座り、カメラを見ている。
「皆さんがこの動画を見ているということは、私はもうこの世にいないことでしょう」
真面目な顔で語り始めた。
「冗談です。一度、冗談を言ってみたかったのです。ああ、いえ、冗談ということもありませんね。この世にはいますが、生きてはいません」
馬酔木由紀は火災で死んだ。
法的にはそういうことになっている。
それでいて、林にいた青年は生きている。
「皆さん、私の計画に長く付き合っていただいてありがとうございました。できることなら説明しておきたかったのですが、なにぶん心配性ですので、申し訳ありません」
「よく言うぜ」
蘇合が映像に突っ込む。
「皆さんがお気づきのように、このサイトは私が作成したものです。わざと犯罪者にこのようなサイトを見せ、すでに明らかにされているロンダリングの方式を使わせることで、逮捕、回収を容易にするのが、目的でした」
はっきりと自分が作ったことを認めた。
「さて、とある事件の影響で今まで行っていた仕事を解任された私は、回収室という今までと正反対の仕事をすることになりました」
とある、というのは栴檀が、それどころか他の室員全員がかかわった防衛省とその装備品を供給している企業との取引の事件だ。
回収室の仕事を正反対というのだから、そこでしていた仕事は零陵とアメリカが睨んでいた通り『マネーロンダリング』だった、ということだ。
「皆さんは、もしかしたら、私が誰なのか、本名はなにで、どこで生まれ、どこで育って、どうやって馬酔木となったのか、そんな些細なことを気にしているのかもしれません。しかし、本質はそこにはありません」
自分の存在について、青年は教えるつもりはないようだった。
それは生まれつき馬酔木ではないと認めたようなものだった。
「私は制限の多い生活にややうんざりしていました。そろそろ雛鳥でいることをやめ、親元を離れて自立すべきではないのか、という想いが出始めたところであなたたちが現れました。私はこれを奇貨として作戦を考えたのです」
国からの仕事をしながら、逃げることを考えていたのだ。
日本国は単なる仕事先の一つではなく、青年にとって抜けられない所属先だったのだろう。
「今のところ、おおむね成功しています。その点については、皆さんに大変感謝をしています」
にこにことした顔で言い切る。
「当面は、もう少し、楽しく、自由に生きてみたいと思います」
国を裏切りながら、犯罪者となりながら、青年は嬉しそうだった。
「それでは皆さん、お元気で」
それで映像が終わった。
「これですべてだ」
「囮捜査、かつ壮大な自作自演だったわけだ」
ロンダリングを販売していたのは馬酔木だった。
方法をばらまくことで、それを安易に利用した犯罪者を片端から逮捕していたのだ。
「それじゃどうして俺たちに捜査をさせていたんだ?」
「測っていたんじゃないのか、力量を」
沈水の疑問はもっともで、それに蘇合が答える。
販売したものの中には、回収室の室員がロンダリング方法を暴いたものもある。
そもそも馬酔木が売っていたのだから、わざわざ調べる必要もなかったはずだ。
蘇合は、それは回収室に集めた四人がどれくらいできるか、力量を測っていたのだろうと言った。
栴檀はそれに反論を述べる。
「違うと思う。これは、強度を調べていたんだ」
「強度だあ?」
「俺たちに解かせていたのは事実で、俺たちくらいの能力があれば、どのくらいの時間で破られるのか、それとも破られないのか、より確実な方法を作り上げるために、次に『使う』ために確認していたんだ」
「それじゃまるで」
「そうだ、馬酔木は洗浄屋になるつもりだ。いや、もう実質的に洗浄屋になっているのかもしれない」
馬酔木の横にいた男たちの存在がそれを立証している。
馬酔木を中心として、組織化されているのは間違いない。
「ご苦労」
いつの間にかドアが開いていて、そこに三人の人物が立っていた。
二人はJMRFの男性社員で、もう一人は財務省からの天下りであるJMRF社長だった。
「社長」
呼びかけた栴檀に対して、ふふん、と鼻息荒く威圧的な態度を取っている。
「どうしてここに?」
「ここの所有者は我々だ。今、ここには『誰も』住んでいない」
回収室の任が解かれ、栴檀のために借り上げられているこのマンションも用をなさなくなった。
お前はJMRFではない、ということを強調したいのだろう。
合い鍵を持っていてもおかしくない。
「やはり、君たちに任せて『正解』だったようだ」
「これはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
「盗聴か」
「管理だよ。君たちは犯罪者だからな」
可能性はあると思っていた。
今まで気にしていなかったが、火災後に部屋を隅々までチェックして、それらはないことを確認していたはずだった。
しかしそもそもJMRFに与えられた部屋なわけで、最初から高度に隠していたのかもしれない。
「全員動かないでくれ、人間が痛い思いをするのを見るのは嫌いなんだ。これでも元官僚でね」
「俺たちをどうするつもりだ?」
「どうもしない。ただその資料は預からせてもらう」
社長がテーブルの上に置かれた馬酔木に関する資料を指す。
「PCもだ」
「私物だ」
「あとで、きれいにしてから返そう。なんだったら、買い取ってもいい」
口だけ抵抗した沈水に、皮肉を言う。
社員が沈水のパソコンを取り上げた。
「馬酔木を泳がしていたつもりが、泳がされていたのは我々だったとはな」
社長は財務省から来た『国』側の人間だ。
「挽回のチャンスを与えてやったが、まさかここまでやるとは」
「防衛省の事件ですね」
零陵が言った。
「ご賢察、と言えばいいのかな。主導的地位にいたのがあいつだ。失敗の責任を取って、左遷されたはずだが」
社長が認める。
「こうなっては仕方ない。ことは政府間協議に移った。君のアメリカの上司にも伝わっているはずだ」
「アメリカ?」
「アメリカだって?」
零陵の素性を知った蘇合と沈水が揃って声を上げる。
「おっと喋りすぎたみたいだな。それでは失礼する。諸君らもはやく忘れたまえ」
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