第2話 単一性の原則⑦


「ニュースです」


 帳簿を持って回収室に戻った二人に零陵から報告が入る。


「詐欺集団のリーダー格が逮捕されました」

「後手後手だな」


 ソファにどっしりと蘇合が腰を下ろす。


「名前は犬神、三十五歳。前科はありません。電話役の逮捕から足がつき、指名手配前に犬神の方から出頭してきたとのことです」

「回収は?」


 蘇合の向かいに座り、伊達メガネをテーブルに置いた栴檀は、零陵が置いてくれた缶コーヒーを啜りながら聞く。

 右手にはチョコレート味の携帯食料を持ち、コーヒーで流し込んでいる。


「プールしていた直近一ヶ月分らしき金額、1千万円が手つかずで休眠法人の口座から発見されました。警察として現時点で確保しているのはこの1千万円のみです」


 淡々と零陵は書類を読み上げる。


「はあー」


 蘇合がわざとらしい嘆息をする。


「残りの金額は?」

「黙秘中とのことです。そもそも警察は5千万までしか把握していません」

「最悪、そこまでは明らかにすることで警察の捜査を諦めさせるつもりかもしれない」

「おそらく、そのつもりかと思われます」


 栴檀と零陵のやり取りを、蘇合は腕を組んで聞いていた。


「相当な自信があるみたいだな」


 犬神が出頭したのは、観念したからではない。

 警察が5千万しか掴んでいないのを知り、1千万円は諦めて、それ以外をどこかに隠匿し終えたからだ。

 警察などには見つけられないと思っているのだろう。


 下手に逃げ回って身を隠すより刑務所に行った方が楽だとも思ったのだろう。

 零陵の報告によれば初犯だ。

 出頭して、1千万円分については素直に認める。

 場合によっては5千万までは出す。

 それ以外は黙秘、あるいははぐらかしを行う。

 警察も調べていないと踏んでいる。


 有能な弁護士もつけば、実刑がついても数年で出所できるだろう。

 そうすれば隠した金を刑期で割れば年収数千万、元は取れると考えたのだ。


 多少の捜査はするだろうが、犯人が捕まった以上捜査本部は解散かもしくは大幅な縮小を余儀なくされ、そうでなくても他の仕事に追われ、犯罪資金を見つけるのは困難になるに違いない。

 犬神はそこまで計算していると推測できる。


「優秀だな」


 蘇合は評価をする。


「詐欺師の鑑だ」


 誤って、不可抗力で継続的に詐欺を働く者は少ない。

 逮捕することにかけては日本の警察は優秀だ。

 だからこそ、詐欺師は逮捕されたあとのことを考えている。

 出所して、隠した資金を回収し、また次の詐欺を働く元金にする。

 これが典型的な詐欺師の発想だ。


「面談する?」

「いや、いい」


 蘇合が首を振る。


「たぶんヤツは警察に逮捕されて『安心』しきっているだろうよ。警察に告げ口したところで俺らの話なんて聞いちゃくれない」


 警察はあくまでも犯人の逮捕が優先だ。

 一方の回収室は、逮捕よりも回収が優先される。

 全額回収さえできれば、犯人を逮捕しなくてもよいと思っているぐらいなのだから、警察と仲良くなりようもない。


 元犯罪者のチーム、というのも警察が認めたがらない理由の一つで、警視庁内部に設立をするという設立案も流れてしまい、結果民間組織となってしまったのは、警視庁上層部の思惑もあったと馬酔木に言われている。


「せっかくだから、両方が向かい合っている間に残りを見つけて、真横からぶん殴ろうぜ」

「わかった」

「よし、そうと決まれば、まずは腹ごしらえからだな」


 気勢を上げた蘇合と対照的に、零陵の席からベルの音が一度だけ鳴った。

 反射的に栴檀が壁掛け時計を見る。


 時刻は十七時。

 零陵はすでに自席に資料を置いていた。


「帰ります」


 零陵のパソコンはシャットダウンを始めている。


「おいおい、室長のリミットまであと一日半しかないんだぞ」


 蘇合もそうは言いながら、零陵を無理矢理止めようとはしない。


「契約です。失礼します」

「ミスシンデレラのご帰宅だとよ」

「お疲れ様です」


 零陵は栴檀と蘇合を横切って部屋を出て行った。

 回収室唯一の女性である零陵は、馬酔木との『契約』によって、十七時に帰宅することになっている。

 たとえ仕事が詰まっていても、だ。

 他の三人は何度もその光景を見ているので、今更強く言うことはない。


 勤務中の仕事は速く、他の三人が苦手な書類作成や、JMRFの他の社員への依頼をしているため、彼女は欠かせない人材だ。


 加えてグローバル化しつつある詐欺やマネーロンダリングの捜査に必要な語学力が秀でているので文句を言う余地もない。


 蘇合はそんな彼女をからかって『ミスシンデレラ』と呼んでいるが、彼女に気にしている様子はない。


「沈水は?」


 ディスプレイに大きな文字で、『×』と表示された。


「この部屋には協調性のあるヤツがいないのかよ」

「食事に行くのが協調性なのか?」

「そうだよ。栴檀、行くぞ」

「別にいい」


 テーブルにある携帯食料を指さした。栴檀自身空腹でもない。


「まあまあまあまあ」


 蘇合が栴檀の肩をがっちり掴む。


「行こうじゃないか」


 半身を捻ってみたが、栴檀の力では蘇合をふりほどくことができない。


「ああ、わかった」


 蘇合に半ば引きずられながら部屋をあとにするとき、ディスプレイに『ご愁傷様』の表示があるのを栴檀は見ていた。





「大学生の話、聞いたか?」


 JMRF近くのラーメン屋の大盛りつけ麺を啜りながら蘇合は栴檀に聞く。


「いや」


 大学生とは逮捕された『受け子』のことだろう。

 末端構成員で資金回収には役に立たないと栴檀は無視していた。

 短期的なアルバイトで、詳しい情報は知らないだろう。


「400万の一割をもらう予定だったそうだ」

「そうか」


 400万だから、40万。


「中身は知っていたのか?」

「言われなかったが、薄々気が付いていただと」

「だろうな」


 指定された相手から包みを受け取って別な人間に渡すだけで40万がもらえる仕事が合法なわけがない。大学生ならそれくらいわかるだろう。


 非合法で逮捕される可能性があることは薄らとでも理解していたはずだ。

 けれど、ただ取って戻ってくるだけで40万。

 危険と金額を天秤にかけて揺るがない金額でもない。


「退学か」


 栴檀が遅れてきた焼き餃子に箸を伸ばした。


「そりゃそうだろうよ、詐欺罪で名前が出ちまったからな」


 それなら元大学生だ、とつけすぎたタレを小皿に落としながら口に入れ、栴檀は思っていた。

 裁判の結果次第だが、現行犯で二十歳も超えている、犯罪性も知っていた、執行猶予はつくだろうが、大学の処分はそれとは関係がない。


「何に使う気だったと思う?」

「興味はない」


 やけに楽しそうに蘇合が聞いてくるのを流す。

 これから帰って作業が続くのだから、アルコールは摂取していないはずなのだが、蘇合は普段から陽気なのだ。


「お前はそう言うだろうな。逮捕された大学生君は、学費に充てるつもりだったんだったよ」

「そう」

「大学の学費を稼ぐために詐欺やらかして、退学になるんなら本末転倒だなあ」

「関係ない、犯罪は犯罪だ」


 生活のためだろうが、学費のためだろうが、ギャンブルのためだろうが、人の金に手をつけていけないのは当たり前だ。

 盗られた側にとって、盗った側の事情がどれほど意味があるのか。


「お前はそう言うと思ったよ。最近は大学も学費が百万近くするんだな、俺は行ってないから昔も知らねえけど。お前はどうしたんだ?」

「全額大学の奨学金」

「じゃあ、生活費はどうしてたんだ? 親か?」

「親はいない。それも奨学金だ」


 栴檀は成績優秀者として返済不要の特別奨学金を受け取っていた。

 他にも奨学金を受けていたから、自分で稼ぐ必要もなく、アルバイトもせずただ勉強だけをしていた。

 大学生としては恵まれた環境だった。


 今となっては期待の星が横領犯として逮捕、のちに自殺しているので、大学側も今頃後悔しているかもしれない、と他人事のように栴檀は思った。


「まあ、お前は天才だからな」

「その言い方は飯がマズくなる」


 割り箸で人を指した蘇合に返す。


「お前元々ろくな飯なんて食ってねえじゃねえか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!