第五話 注記表および附属明細書⑧


 一時間前。


「私が相方で良かったのですか?」


 マンションの前で零陵が蘇合に言った。


「どういうことだ?」

「いえ、いつも栴檀さんがいるので」

「役割分担の問題だろ、しかも今回は目的があいつと来た」


 蘇合はこともなげに返す。


「優しいのですね」

「別にそういうつもりじゃないさ」

「そうですか。好きなのですね」

「まあ、あいつは弟っていうか、なんつーか、空気みたいなもんだからな」

「それは? どういう意味ですか?」

「なんつーか、危機感が薄いというか、のっぺりしているだろ、横断歩道のギリギリ端で信号を待っているような感じだな」

「ああ、それはわかります。ぼーっとしていますものね」

「まあ、そうだな」


 奇をてらうでもなく、蘇合はマンション入り口にあるインターホンで最上階のワンフロア、馬酔木の前の居所の部屋番号を押した。


「馬酔木の部屋は最上階だったよな」


 沈黙があって、二人に聞き覚えのある声が聞こえる。


『申し訳ありませんが、お二人を呼んだわけではありません』

「馬酔木……!」

『お久しぶりです』


 馬酔木の声は落ち着いている。

 蘇合と零陵の二人が来たことをイレギュラーだとは思っていないようだ。


「一つ質問がある」


 叫びだしそうになるのを抑えて、蘇合も冷静を装って馬酔木に問いかける。


『どうぞ』

「このマンション、お前以外に住んでいるヤツはいるのか?」

『……いえ、今はすべて無人です』


 蘇合の質問に、一瞬無言になったが、このマンションには誰も住んでいないと馬酔木が返す。

 馬酔木自身も今は住んでいないはずだから、アジトか何かとして一時的に利用しているだけなのかもしれない。


「そうか、ありがとさん」


 会話を打ち切り、つかつかと蘇合がエントランスに行く。

 内と外を分けるガラスのドアの前に立ち、


「そいや!」


 という声とともに、思い切りドアを右足の裏で蹴り抜いた。

 衝撃に耐えきれなかったガラスは、全体が粉々に砕けて床に散らばった。


「行くぞ、零陵」


 蹴った足をぷらぷらと振りながら、あっけにとられて言葉を失っている零陵に付いてくるように呼ぶ。


「……強化ガラスなのでは?」

「ああ、これだよ」


 蘇合は蹴りに使った右足の裏を見せる。


「硬質チップだ。強化ガラスは全体的な力には強いんだが、一点を尖ったもので強く突くと結構簡単に割れるんだよ。まあ、防犯用としてはあまり効果はないな」

「……さすが詐欺師ですね」

「詐欺師は窓ガラスを割らねえよ」


 褒めたのだかわからない零陵に、蘇合が笑いながら返す。


「そう、でしたね」

「さて、と。最上階に行きたいんだが、さすがにエレベーターは危険すぎるな。開いた瞬間、ドンッてこともあるからな、階段を使うしかないか」

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