第五話 注記表および附属明細書⑦


「本当に一人で行くのか?」


 鷺の同僚の運転する車で、馬酔木のマンションまで来た。助手席には鷺が乗っていて、栴檀は後部座席にいたが、着くまで一切の言葉を交わさなかった。


「ああ、決着をつけてくる」

「健闘を祈る。繰り返すが死ぬなよ」

「ああ」


 短く別れの挨拶をして、小走りにマンションの入口を抜けていき、


「なんだこれは」


 エントランスのオートロックのガラスドアが粉々に砕かれていた。

 大方、零陵か蘇合が壊したのだと推察できたが、誰もいないのはおかしい。


 警報が鳴っている様子も、誰かが騒いでいる様子もない。

 今ではもうもぬけの殻のようだ。

 さしずめ幽霊マンションといったところか。


 しかし、好都合だとガラス片を踏みつつ、奥へと侵入する。


 自分が到着すると同時に、エレベーターの扉が開いた。

 一瞬身構えるが、中は空っぽだった。


 エレベーターに乗り、目的の最上階のボタンを押すが、反応しない。前回来たときは、何の問題もなく押せたはずだ。

 不審に思いながらも、上から順に押すと、最上階二つ手前の階のボタンだけが反応する。そこから先は階段を使うしかないようだ。


 静かに音を立てながら、エレベーターが上昇する。

 監視カメラで見られているかもしれないと意識をしつつも、天井は見ずに、黙って重力を感じる。


 一応、到着した瞬間は壁に張り付いていたが、扉が開いてもやはり誰もいなかった。

 馬酔木には少なからず護衛がいたはずなのに、その姿もない。


 通路を抜けて、近くの重々しい防火扉を開ける。その先が普段は使われない非常階段だろう。

 数段のぼり折り返したところで、見知った人物が踊り場で横たわっているのが見えた。


「零陵さん! 零陵さん!」


 倒れていた零陵に駆け寄る。

 顔を近づけ、息があることを確かめる。

 ただ気絶しているだけのようだ。

 だがこのまま放置してはおけない。


 ここで倒れているということは、誰かと遭遇し、衝突したということだろう。

 外観からは目立った傷は見当たらない。

 血も流れていないから、銃弾を撃たれたわけでもなさそうだ。


「う、うう……」


 呼びかけに反応したのか意識を取り戻し、小さくうめき声を上げる。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……。電気を浴びたよう……ですね」


 スタンガンのような攻撃を受けたのだろうか。


「零陵さん」


 栴檀が倒れている零陵をじっと見る。


「……私は、貸さないと言ったつもりですが」


 零陵が栴檀の意図を悟り、拒否する。


「お願いします」

「ダメです。どうしてもと言うのであれば、無理矢理奪ってください」

「いいえ。ですが、お願いです。あなたの意思で貸してください」


 数秒、沈黙が空気を支配する。

 だが、栴檀の真剣な瞳に折れ、


「わかりました……」


 諦めたように零陵が彼女の拳銃を手渡す。

 零陵は攻撃されたものの、銃は奪われなかったようだ。


「蘇合は?」

「途中の回で馬酔木の仲間に襲われ、二手に分かれざるをえませんでした。先に行っていなければ、まだ下の階にいるはずです」

「そうか……」


 蘇合が零陵を捨て置くということは考えにくい。

 ここで合流できていないのであれば、まだここまで到達していないのだろう。


「私のことはいいですから上に向かってください。蘇合さんと合流次第、私達も向かいます」

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