第2話 単一性の原則④
回収室のエレベーターに近い側のドアが引かれ、出て行ったはずの蘇合と一緒に車椅子の青年が入ってくる。
「どうも具合の悪いニュースがあります」
開口一番に青年が言った。
栴檀を拘置所で回収室に勧誘した人物だ。
本人曰く年齢は二十代前半だというが、その真実性はわからない。
特に、この青年がこの回収室の指揮官、室長であるという事実がその年齢の疑わしさを強調している。
このセクションは母体は調査会社で民間ではあるものの、政府の意向を元に作られた、いわば官製組織だ。
少人数とはいえその長に収まっている人物がそれほど若いとは思えない。
髪は白く染まり、普段使われていない両足は細い。
持っている杖で立って歩くことはあるが、部屋の端から端程度が限界であるようだった。
最初に全員が集まったときに、彼は病気のためと説明したが、詳しくは言わなかった。
「沈水、テレビを」
馬酔木と名乗っている青年の指示で、沈水が会話用に使っていた画面が切り替わり、テレビニュースが流れる。
朝のワイドショーだ。
ワイドショーは昨夜起きたニュースについて報道をしている。
右上にあるニュースのタイトルは
『巨大オレオレ詐欺グループ逮捕』
だった。
「なんだよこれ」
すぐさま意味を理解した蘇合がこぼす。
「先を越されたようですね」
馬酔木が温和な声で言う。
逮捕された人物の写真がアップにされ、それから詐欺グループが根城にしていたビルの事務所が映った。
栴檀はその場所に、写真で見た記憶があった。
「この組織への捜査、逮捕は室長が警察にストップをかけていたのでは?」
回収室は常に複数の詐欺グループを調査対象にしている。
このグループもその一つだった。
金の流れを確実に掴むまでは泳がせておく予定だったはずだ。
馬酔木室長もその方針であったし、警察上層部に口利きをしていたはずだ。
被害者が増え続けている犯罪を眼前で見逃せというのは現場の警察には厳しいものだったかもしれないが、しかし回収室にしてみれば被害にあった金が返ってこない方が問題だった。
「どうやら所轄までは回らなかったようです。それとも、回っていたのに無視されたのかもしれません、が。それに今回は、残念ながら現行犯に近い形だったので」
各省庁、組織との連携指示を出しているのが室長だ。
よしんば相手が組織のトップに近い存在であっても、直通レベルで会話をする。
そのためか室長の指示に従わない組織はない。
連携や協力、指示と言いながら、これは極めて強制力のある圧力といってもいい。
政府の後ろ盾があるとはいえ、回収室としての職責だけではできないことは栴檀の政府寄り企業の監査をしていた経験からも明らかだった。
馬酔木室長個人のバックグラウンドにもっと別なものがひそんでいると思ってもいいだろう。
テレビニュースは流れ続けている。
男性レポーターがその手口について、一通りの説明をして、スタジオに画面が戻ったあと、コメンテーターが当たり障りのない、お年寄りを狙うような犯罪は云々、というコメントをしていた。
「なお、警察によると被害額は5千万円を超えると見られています」
「たかが5千万じゃねーよ」
蘇合がレポーターに突っ込みを入れる。
もちろんテレビの中には届かない。
「さて、我々も対策を練りましょう、栴檀」
馬酔木の視線を受け止めた栴檀が、ソファから立ち上がり、目を閉じる。
「状況を整理しよう」
一歩進み、フロアの中央に近づく。
「沈水、我々にこの『チーム』の情報を」
テレビが消え、ディスプレイに文字が表示される。
『 チーム名143
総関係者数 二十名
バックはなし 独立系
活動期間 半年以内
調査レベル B 』
関係者数二十名はどちらかといえば小規模から中規模の間に当たる。
最近は暴力団関係が振込詐欺に関与することもあるが、このチームではその影は見られなかった。
元々詐欺に精通していた者が集まったものか、それとも、報道で手口を知った者たちが実行していたかだ。
活動期間は一年にも満たないと思われている。
そもそも、振込詐欺系はチームを固定して継続することはかなり厳しい。
短期的に稼ぎ、手口が広まってくれば解散して潜伏し、金が必要になればまた人を選別して詐欺を再開する、というのが多い。
それに半年も活動すれば、どこからか足がついて逮捕されることも珍しくない。
調査レベルは回収室独自のルールに基づいて決めている。
被害額は多いが緊急性がない、ボロを出すまで泳がせている状態がBクラスだ。
もっとも、回収室の基準のため、それは『逮捕の容易さ』ではなく、『回収の容易さ』が優先される。
「零陵さん、このチームの想定額は?」
「私たちは4億円と見積もっていました」
半年で4億円なら結構な成果だ、と栴檀は思った。
「4億ということは2%くらいか。大口だ」
振込詐欺を含むいわゆる特殊詐欺と呼ばれる詐欺の被害額は実に年間500億円を超える。
オレオレ詐欺に限定しても、170億円以上の被害額だ。
政府、警察、マスメディアでさんざん周知徹底がされていても、ここまでの被害額が発生しているのだ。
もはや脱税で摘発される額よりも多く、オレオレ詐欺は大きな犯罪市場に育っていることがわかる。
最初期は電話で息子を騙り、会社の金を使い込んだとか、痴漢で逮捕されて示談金が必要だとかと言い、金を振り込ませる方法が主流だったが、その後、相手側もチームを組み、電話で息子を名乗る役、次に電話を替わる弁護士や警察官、駅員を名乗る役、被害者を名乗る役と分かれ、本物の息子に連絡させないように息子の携帯電話に発信をし続け電話を取らせないようにする役まで細分化してきた。
これらは大がかりになっているため『劇場型』とも呼ばれる。
この裏には、『指南役』と呼ばれるトレーナーが存在し、様々なパターンの台本を書く『脚本家』が存在し、それらが闇でマニュアル化され販売されている実態があるらしい。
「蘇合さん、網は」
「まだだった。この金額なら、そろそろ知り合いに連絡が行ってもよさそうだったんだが、特に連絡はないな」
栴檀の質問に蘇合が大きな体に似つかわしくなく小さく首を振った。
「そうですか」
室員の四人の中で、蘇合が唯一、裏世界、特に詐欺関係に伝手がある人物だ。
伝手といっても大体が『犯罪者』であるが、今逮捕するより情報源として利用した方が便利なため放っておかれている。
蘇合が回収室に採用されているのもそのコネがあってのことだろう、と栴檀は思っている。
「逮捕されたのは?」
蘇合が沈水に聞く。
『受け子みたいだ、名前も出ている』
四人がディスプレイを見る。
ワイドショーは姿を消し、代わりに沈水の文字が表示されている。
『大学生だ。張り込み中の警察官に受け渡し時に現行犯逮捕されている』
『受け子』とは、その名前の通り詐欺被害者から現金を受け取る役割だ。
振込詐欺の多くは徹底して分業制を取っていて、それぞれに専用の仕事が割り振られていて、他の役割とは接触しないようにしている。
一人が捕まっても、他の人間、他の役割まで辿られないようにするためだ。
今回は警察の手際がよかったのか、指示役が間抜けだったのが、受け子が受け取った現金を次の運搬役に渡すときに捕まり、芋づる式に逮捕されたのだという。
逮捕者は受け子と運搬役。
運搬役のせいで根城がばれてしまった。
「しっかりしろよ、そこが逮捕されたら困るんだよ」
蘇合が酒にでも酔っているかのように犯罪者にくだを巻いているのは、構成員全員が逮捕されなくても、どこか一箇所で逮捕者が出れば、安全のためグループ全体が解散してしまうからだ。
受け子は被害者と接触をするわけだから捕まる危険性が高い。
だが、詐欺グループの中枢の代わりに受け取るだけなのだから、誰でもできる仕事で、割りもよい。
下ろした額の10%は取れるだろう。
指示があって、指定の場所に行き、金を受け取ってくる。
これだけで数十万が手に入るのだからアルバイトにはもってこいだ。
雇用主としては『受け取った直後に逃げない』身分であればよく、大学生でもつとまる。
むしろ、学生という身分があるだけ逃亡の可能性は低くなる。
『儲かるバイト先として挙がっていたよ』
インターネットにはこういった詐欺関連のアルバイト求人が堂々と出ていることがある。
何も詐欺の受け子です、とアナウンスしているわけではなく『誰にでもできる。スキル不要』こういった文言だけで誘っているのだ。
他にも住所を貸したり、コインロッカーのものを運んだりと、『軽作業』で報酬のよい仕事の募集があるが、誰にでもできて高収入ということは、犯罪性が高く逮捕される可能性も高い、ということだ。
「首謀者は逮捕されていません。対象者が資金の行方を知っているでしょう」
「どうしますか、室長?」
零陵が聞く。
「そうですね、まずは調査レベルをAにしましょう。回収は四十八時間以内に行ってください。私は警視庁に行きます。皆さん、期待しています」
鼓舞するでもなく、馬酔木はいつものように儚げな声で言った。
馬酔木の指示は逮捕や事件の解決ではなく、犯罪資金の回収だ。
警察は逮捕するのが仕事だが、回収室は違う。
刑務所に入れることも目的ではない。
そんな細かいこと、警察や検察に任せておけばいいとさえ思っている。
犯罪によって得られた金はすべて回収する。
それが回収室に与えられた役割である。
「了解」
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