第2話 単一性の原則⑤


「ここか」


 栴檀と蘇合は新宿駅から十分ほど歩いた場所に来ていた。


 JMRFは代々木側にあり、電車に乗る必要はなかった。

 新宿駅の雑踏をくぐり抜け、雑居ビルが立ち並ぶエリアに足を踏み入れる。

 小さな会社の事務所が入居していることが多いところだ。


「昼飯、食ってくればよかったな」


 蘇合が腹をさする。


「別にいい」

「あっそ、いつか栄養失調で倒れるぞ」

「管理はしている」

「あっそ、じゃあ行くか」

「ああ」


 二人はその中の一つに入っていく。

 入口に監視カメラがあったが本当に稼働しているかはわからない。

 オートロックですらないビルだ、そんな経費をかけているかどうかも怪しい。


 それに、半非合法な借り手しかいないようなところだろう。

 映像に残ってマズいものもあるかもしれない。


 玄関は薄汚れていて、掃除といった管理もされていない。

 入居企業を表すプレートも存在しない、部屋番号があるだけだ。


「爆弾とかないよな?」


 冗談を言いながら、蘇合は郵便受けの一つをこじ開ける。

 閉まっている南京錠ではなく、郵便受け側の接続部分を壊した。


「さすが犯罪者」

「お前もだろ」

「冤罪だ」


 ここは沈水がマークしていた、詐欺グループの『支店』だ。

 本店は今回警察が挙げたようだが、それ以外に支店が複数箇所にあり、頻繁に場所を変更していた。


「別に何も入っていないな」

「借り主は?」


 蘇合が郵便受けに手を入れて、隅々まで触れる。


「アジア人だ。今は帰国しているらしいぞ」

「それは行方不明と言う」

「本当にいるのかどうかも怪しいな。一応零陵が足取りを追っているが、時間内に見つかるかどうかは厳しいだろうな」


 賃貸契約書では違反としているが、又貸しを見て見ぬふりする貸し主もいる。

 ここはおそらくそういうところだった。

 知らなかった、そのつもりじゃなかった、契約書にも書いてある、というエクスキューズは用意しているが、暗黙の了解で賃料を上乗せして貸しているのだ。

 名義だけ別人、ということもありえる。

 だから二人は最初から借り主の正体について期待していない。


 回収室は逮捕が仕事ではないので、資金の流れが掴めるまでは行動を起こさないし、警察がこちらに滅多に情報をよこさないのと同様に、邪魔されたくないので回収室も情報を与えない。


「じゃあ、部屋から行くか、ま、もぬけだろうから気を張る必要はない」

「前から思っていたんだけど」

「あ?」


 蘇合が首を回しながら後ろを向く。


「なんで引っかかるわけ?」

「オレオレ詐欺?」

「そう」


 栴檀にはやはり不思議だった。


 劇場型と呼ばれ、大人数がかかわるようになったといっても、ここまで警察でもマスメディアでも注意喚起がされている。

 もし電話が来ればいつもテレビで言われている振込詐欺なのではないか、と思うのが当たり前なのではないか。

 疎遠になっている子や孫を騙るとはいえ、確認する方法はいくらでもあるし、振り込みではなく直接受け取りに来るというのも怪しい。


 それを聞いて、くっくっと蘇合が笑った。


「お前はまだアマチュアだよ」

「犯罪のプロになったつもりはない」

「そりゃそうだ。お前は正義の味方だからな」

「茶化すな」

「まあ、講釈してやるよ。たとえば、お前がそういう電話を受けたらどうする?」

「無視する」


 栴檀は当然といった顔で即答し蘇合を見る。

 蘇合は笑ったままだ。


「そう、その通り。無視すればいい。他には、お前が、善良な市民だったら、のケースはどうだ?」

「警察に通報する」


 栴檀自身、警察に通報したことはなく、通報されたこともなく、実際に詐欺の電話が来ても通報をする気はない。

 ただ、一般市民がどこかに詐欺があったことを告げるなら、まず警察が浮かぶだろう。


「そう、これが話によく聞く『詐欺』だったら、そうだろうな。だが、こいつらがやっていたのは詐欺じゃないんだよ」

「詐欺じゃない?」

「振込詐欺が流行るまでは、確かにカモリストを作って、嵌めやすい、一人暮らしでそこそこの金がすぐ用意できる、家族と疎遠の老人を狙っていたのは事実だ。ボケかかっていればなおさらありがたい。だが、ほとんどは電話帳でそれらしい人間にどんどん電話をかけて、少しでも相手が疑問に思っているようだったら詐欺は諦めてリストの次へ電話をかける、っていうそういう戦法だった。初期は息子と称する電話だけで振り込ませられたし、多少手法が知られて警戒されるようになったあと偽警官や偽弁護士が出てくる劇場型っていうのができた」

「第二ステージか」


 彼らはこの複雑化された手法への移行を『第二ステージ』と呼んでいた。


「ちょっと派手にやりすぎて、ヘマをする連中も出てきちまったもんだから、銀行振り込みが厳しくなった。架空口座も安全なものは高値になって、割に合わなくなった。だから警察はこれで被害が減ると思った。金を受け取るのに顔を合わせなくても済むのがメリットだったんだから、沈静化するだろう、と。期待しすぎたんだな、そこまでこいつらも馬鹿じゃないってな」

「馬鹿だったのか?」

「あるいは、警察が自分たちを信用しすぎた」


 エレベーターは何度押しても反応がなかった。

 電気系統がすべて止まっているのかもしれない。

 諦めて二人は階段を上り始める。


 蘇合が先行しながら続ける。


「最初は数打ちゃ当たるを地で行っていたんだが、今は通報されるリスクが高くなったものだから、ヤツらはカモリストの精度を高めることにした。つまり、資産状況だけじゃなく、家族情報も徹底的に調べ上げるようにしていったんだよ」

「それで」

「たとえば。詐欺の電話をする段階で、少しずつ持っている家族情報を出す。オレオレがベースだが、息子が『横領した会社』や『心配している家族』の名前をちらりと出す。するとどう思う?」


 階段の踊り場まで来たところで、蘇合が振り返る。

 栴檀は上げる足を止めて、蘇合に答えた。


「自分のことを知っていると思う。そうか」


 栴檀がそこで了解して言葉を止めた。蘇合もそれで十分のようだった。

 自分だけでなく、遠方にいる家族の情報まで知っている。

 年齢や氏名だけでなく、住所や職場までもだ。

 そんな輩が突然金を、しかも、自分がすぐに用意できる範囲の金を要求してくる。


 相手は自分のことを知りすぎているのだ。

 そのことに気が付いたか弱い老人はどう思うだろうか。


「電話がかかってきた老人の心境はそうだな、『息子が大変だ』じゃない、『はやくこの嵐が過ぎて厄介事が去ってほしい』だ」


 もはや詐欺側にとっても、『相手が騙されているかどうか』はどうでもよいということだ。


「で、取れるだけを要求する。百万か、2百万か、最近の老人は銀行を信じていないのか、いや、俺だって信じているわけじゃないが、どうもタンス預金をしている率が高いらしいから、家にそれだけの現金があるわけだ。だから相手が余計なことを考える前に回収してしまう。そのためにはきっちり情報を集めておく必要があるんだな。家の近くに回収に来る役はどう見ても堅気の人間には見えないヤツだ。お前が老人ならどうする?」


 栴檀もそこまでの説明で、被害者の人間心理を理解したようだ。


「警察には、言わないだろうな。報復を恐れるだろうから」

「まあ、そういうこった」


 その後、被害届を出せば警察は受け取るだろう。

 捜査も一応してくれるかもしれない。

 ただ、その間、おそらく『被害届を出したという事実』は相手側にも知られてしまう。


 警察は二十四時間守ってくれるだろうか、そんなはずはない。


 実際には何もしなくても、ほんの少しでも電話や回収時に臭わせておけば、報復をしに来るのではないかと老人は萎縮してしまうだろう。

 十分に時間が経ったり、家族に諭されたり、そういう事情があれば被害届を出す気にもなるかもしれない。


 ということは、まだ報復を恐れて黙ったままの明るみになっていない同様の詐欺の被害者はたくさんいるはずだ。


「これでは詐欺じゃない。これは恐喝だ」


 端から騙すつもりもない、相手に恐怖を覚えさせて金を引き出しているだけだ。


「だから言ったろ、詐欺じゃないんだよ。強盗しに行くから金を用意して待っていろ、って言ってるのと同じだな」

「そうだ」

「どんな罪になるかは関係ない。大事なのは金が取れるかどうか、だ。まあ、俺もスマートなやり口だとは思わないけどな。だが恐喝と同じだな、一回引っかかったヤツは、二回、三回と金を出してくるってわけだ。嵌まればデカい」

「犯罪にスマートもない、すべてはただの犯罪だ」


 金を奪っているという点では、恐喝も詐欺も変わりない。

 栴檀はそう思っている。

 それに罪の違いがあるというのもおかしいとまで思っている。

 精神的な被害についてはあまり関心がない。


 それは蘇合も同様だろうと栴檀は思っている。


「その通り、お前が正しいよ」

「通報すれば本当に報復するのか?」

「さあな、そこまでリスクは取らないと思うがな、っと!」


 階段を上りきろうとした蘇合に何かがぶつかった。

 片足を上げていたため、よろめいて栴檀に支えられた。


「な、んだよ」


 二人の脇を人間が横切っていった。

 帽子をかぶり、下を向いて小走りだ。


「おい!」


 体を持ち直した蘇合が振り返って叫ぶが、男らしき青色の作業着を着た人間は何も言わず降りていく。


 栴檀が蘇合に目で今の人間を追うかどうか問いかけるが、蘇合は否定した。


「いい。どうせ追いつかない。顔は見たか?」

「いや、わかったのは男らしいということだけだ。顔が浅黒かった。アジア系かもしれない」

「そうか、それだけわかればいい」


 二人は階段を上がりきり廊下の突き当たりにある部屋に来た。

 ドアの上部が磨りガラスになっている、いかにも安普請といったドアを開ける。

 もちろん、ドアの鍵は蘇合が破壊した。


「泥棒も兼任していたのか?」

「泥棒なら、もっと丁寧に開けてるだろうよ、開きゃいいんだこんなの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!