第5話 重要性の原則⑥


「さて、狛を見つけるか」


 栴檀と蘇合が成田空港に着いた。


 インドネシア便は出発予定時刻を過ぎていたが、保安検査の遅れのため、運航に乱れが起きていて、出発できない状態にあった。

 成田空港での出発便すべてが影響を受けている。


 もちろん偶然ではなく、彼らが空港に着くまでの時間稼ぎで、沈水が操作をしていた。


 二人がロビーに行くと、保安検査場で騒いでいる男たちがいた。


「わかりやすいな」


 栴檀がスーツから写真を取り出して、二人で見る。

 髪の色は黒いが写真とほとんど同じ顔だった。


 男たちは空港職員を怒鳴りつけていた。

 出発が遅れていることにいらつきを爆発させていた。

 合計で四人だ。狛以外にも三人の男がいる。


「室長もやるな」


 二人が工場に助けに行ったとき、誘拐犯は覆面をつけていた。

 室長の前でもつけていたと考えるのが普通だろう。

 だが、隙を見せたのか、その瞬間を馬酔木は見逃さなかったのだ。


 彼らの周りには空間ができている。

 誰も関わり合いになりたくないので、避けているのだ。


「行くか」

「四人いるぞ」


 意気揚々と向かう蘇合に一応の忠告をする。


「見えてるよ。会話を始めたら職員に警察を呼んでもらえ。あの様子なら警備員くらいならもう呼んでるかもしれないが」


 職員は怒鳴っているとはいえ相手は客なのでなんとかなだめようとしている。

 蘇合が手刀を切りながら、相撲取りのように集団に入っていく。


「はいはい、邪魔するよ」

「な、おま」


 不意に邪魔をしてきた蘇合を威嚇しようとした狛は、その蘇合の笑顔を見て、見覚えがあると気が付いたらしく、大きく目を見開いた。

 それを蘇合は見逃さなかった。


「俺が誰だかわかったって顔だな」

「しまっ、ぐっ」


 素早く狛の背後に回って、蘇合が羽交い絞めにした。


「おっと、動かない方がいいぜ」


 三人は、逃げ出そうとする人間、蘇合を狛から引きはがそうとする人間、突然のことに動けなくなった人間に分かれた。


「どうせもう逃げられない。栴檀」

「わかった」


 蘇合の視線を受けて、栴檀は周りで成り行きを見守っていた職員に向く。


「我々は国家機関の者です。彼らを誘拐及び資金洗浄の疑いで確保しに来ました。詳しく説明する時間はありませんので、警察を呼んでください」

「あ、はい」


 職員の一人が駆けていった。


「高飛びとはいいご身分だぜ。すまねえけど、ホテルプリズンにしばらく宿泊してくれや。手荷物をチェックしてくれ」

「ああ」


 狛が大事そうに抱えていたハンドバッグを取り上げ、栴檀が中を検める。


「これだ」


 すぐに四つに折りたたまれた紙を見つける。

 広げると、そこにはおそらくはインドネシア語で文章が書かれている。


「20億ルピア」


 翻訳はできないが、記されていたインドネシアの通貨があり、そのアラビア数字を読む。


「日本円で2億円には足りないが、手数料だろう」


 この紙が証書、現金の引換券というわけだ。

 現地に仲間がいれば要らなかったかもしれないが、自らが引受人になるために、正式な受け取り人であることを証明する道具が必要になるのだ。


 栴檀は紙を狛とその背後にいる蘇合に見せる。

 蘇合ももちろんインドネシア語は読めない。


「これを獏から受け取ったのか」

「獏って誰だよ!」


 耳元で叫んだ蘇合に狛が否定する。


「おいおい、ここまで来てそれはないだろう」

「う、ぐ、知らねえもんは」


 体を締め上げられて、狛はうめき声を上げるが、それでも否定し続ける。


「ご苦労様です」


 空港職員に呼ばれて、五名の警官がやってきた。

 千葉県警の空港警備隊だろう。

 年齢もばらばらだ。年配の警察官が蘇合に声をかける。


「JMRFだ。犯罪者の引き渡しをしたい。上司に確認してもらってもいい」


 蘇合がそう言い、手帳が出せない彼の代わりに栴檀が自分の手帳を見せた。


「……わかりました」


 一悶着あるかと思ったが、意外とすんなり彼らは二人がJMRFであることを認め、その組織の意味を理解したようだ。

 単に暴れている男たちを取り押さえた人間として認識しているだけかもしれないが。


 観念した狛たちはしおらしくなっている。

 ここまで大人数に囲まれて、もはや逃げ場はないと悟ったのだろう。


「お願いします」


 狛たちは警察官に連れて行かれた。

 警察官が見えなくなってから、蘇合が言う。


「ここからが本番だな」


 狛は捕まったが、回収室が手にしたのは証書一枚だ。

 これは金にならない。

 回収室は犯人逮捕ではなく、資金回収までをして、ようやく仕事が完了したことになる。


 犯人の身柄を一旦は預けるものの、狛から獏への繋がりを結ばなければいけない。

 言葉だけでは、あの獏を捕まえることはできないだろう。


「電話だ、沈水から」

「ああ、沈水が?」


 スーツの胸ポケットから栴檀がスマートフォンを取り出す。

 発信相手を聞いて蘇合が首を捻った。

 沈水が連絡をしてくるならまずメールだ、急ぎの調べを頼んでもいないし、他の急用でもわざわざ電話をかけてくるとは思えない。


「狛は捕まえた、あとは……なに?」


 報告をしかけた電話の向こうから、離れた蘇合にも響きそうなほどの騒音が聞こえてくる。

 そのため沈水が何を言っているのかわからないのだ。


「どうした?」


 喧噪に紛れて、サイレンも聞こえる。


「……畜生、畜生、火事だ、回収室が燃えているんだよ!」

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