第3話 保守主義の原則②


「そうだな、名前がついているとすれば、『取込詐欺』ってヤツだな」

『なにそれ』

「典型的な古い詐欺だ」


 栴檀が補足した。


「そうだな、歴史は古くて、だからこそノウハウもしっかりしている。簡単な対策があるようで、人間が絡む限り難しい、そんな詐欺だ。シンプルなのがいいんだよ」

『ふーん』


 続いてポテトチップスの袋を開ける。


「やり方を聞けばな、お前でもできそうな気がしてくるぞ。まず、知っておくべきことは、会社の取引ってのは基本は『後払い』なんだ。翌月末払いとかが多いな。それも信用で成り立っている、別に担保があって取引をするわけじゃない、みんながそうだから、そうしているだけだ」

『あー、商品だけ受け取って、トンズラするのか。モノを渡したんだからきっと払うだろう、という倫理システムをハックしたんだな』


 沈水はそれだけで察知したようだ。


「細々とした金を扱う必要がないから、売り手にもメリットはあるんだ。買い手も商品があってそれを加工して売ったりすることで元手がなくても仕入れができる」

「言い得て妙だ。元手がなくても仕入れができる。まあ、そういうことだな」


 栴檀の説明に蘇合がビールを掲げて笑う。


『そこを突くのか』

「掛け売りという決済方式が誕生した以上、そこのリスクは織り込み済だ。江戸時代は一般的には盆暮れの年二回か、年末一回払いだった」

『クレジットカードのボーナス払いみたいなもんかー。よく考えるなー』


 沈水の理解に栴檀もうなずく。


「たまに不届き者が出るとしても、便利な方を使い続ける」

「不届き者っていうのは、つまり俺だな」


 蘇合が自分を指さした。


「それが嫌なら常に現金取引を行えばいい」

「現金掛け値なし、だな」 

「そう」

『ん、聞いたことあるな、「掛け値なし」』


 沈水が首を傾げる。

 栴檀が蘇合に視線を送ると、蘇合は缶ビールごと栴檀に向き直る。


「代金の回収が一年後になるとしたら、商品の価格はどうすべきか。会計的な、商売としての問題だ」


 急な問題に沈水は天井を見て考え込む。


『その分高めにするかな』

「そう、実際の価格よりも販売価格は高くなる。つまり『掛け値』あり。反対に現金がすぐ欲しい業者は、現金で売る代わりに『掛け値』なしをアピールした。その分掛け値ありよりも安い」

『ああ、現金のみね。そういう店はアキバにもあるな』

「それはどちらかというと、クレジットカード手数料を払いたくないという意思から来るが、考え方は近い」

『え、カードって手数料取るの?』

「知らなかったのかよ」


 驚いた沈水に蘇合が口を挟んだ。


「カード会社は3%以上の手数料を取るぞ。それでも手持ちの現金がない人間に買ってほしいから導入するんだ」

『ふーん、ついつい買っちゃうのはわかるねー』

「蘇合も沈水も他人のカードで買っているんじゃないのか?」


 栴檀の問いかけに、二人は顔を見合わせる。


「今はしていないぞ」

『うん、今はしていない』

「……そうか」

「んん、まあ、そういうことで、物事を強調していないっていうのを『掛け値なし』っていう表現が出てきたんだな」


 咳払いをして蘇合が取り繕う。


『そんで、おっさんが取ったのはどうするわけ? まだ金じゃないんでしょ?』


 沈水が話を戻す。

 蘇合がやった取込詐欺では、商品は手に入れたが自分で消費できる食品でもない限り、自分で持っていても意味はない。


「取ったのはバッタ屋に流す」

『バッタ?』


 沈水が両手を天井に伸ばして触角を表現する。


「昆虫のバッタじゃないぞ、ばったばった売るのバッタだ。要するに、『投げ売り』屋だ。最近はネットで売るのもあるが、あれは足が意外とつきやすいな、お前みたいな知識があれば別なんだろうが、発送処理もあるしな、まあ、発送なんてしないで先払いで代金だけ取るヤツの方が多そうだが、個人は先払いが多いんだよな」

『うーん』


 沈水はあまりわかっていないようだ。


「バッタ屋は倒産会社の在庫とか、正式な流通に載せられない傷物とか、賞味期限近い食べ物とかをまとめて安く買って、そこそこの値段で売る業者だ」


 蘇合が手元のポテトチップスの袋を振る。


「こういうの、売れ残りっぽいヤツとか、いつまで倉庫にあったんだよみたいな来週期限が来るヤツとか、安く売ってたりするだろ」

『あるね』

「今風に言えば『ディスカウントストア』の仕入れ先だな。ネットだと『訳あり品』とか言うこともあるな」

『あー、割れ煎餅とか』


 タブレットに通販サイトが表示された。

 白い背景にど派手なポップで割れた煎餅が紹介されている。


「パソコンの部品とかもあるぜ。倉庫の保管料や廃棄料も馬鹿にならねえから、最初期待していた値段じゃなくても、売れるんなら売るしかないんだな。バッタ屋はそこにつけいる。バッタ屋は安く商品が手に入る。相手は目減りしても金が手に入る。ウィンウィンってわけだ。バッタは現金商売だからな」


 そもそも取引相手が信用の置けないときや、資金繰りのために現金取引を望む零細企業のときもある。

 バッタ屋も大体はそうだが、バッタ屋側よりもむしろ、倒産会社から買い付ける場合などは、相手もすぐに現金が手に入った方が嬉しく、後腐れもないからだ。


 後払いであれば、きちんとした取引だとしても最大二ヶ月近く入金が遅れることもあり、自転車操業の会社にとっては血流を止められるようなものだ。

 血液が巡り続けなければあっという間に死んでしまう。


『それがどうしておっさんのものを?』

「まあ、これはきちんとやっているバッタ屋の話で、中には半ば盗品、偽物と知りつつも買い取るヤツらもいるからな」

『ちゃんとやってないバッタ屋』

「そう。複数の業者を介せば、出所がわからなくなる。モノは倉庫にあったまま、書類だけで転売されていくんだ。出所をうやむやにするというシステムはマネーロンダリングに近いものがあるな。偽物のことを『バッタモノ』と言うのは、そういう意味だ」

『あー、こないだあったヤツ。冷凍カツ』


 タブレットにニュースサイトを表示させた。


「そうだな、冷凍カツ事件も考え方は一緒だ」


 二人の会話を不思議そうな顔で聞いていた栴檀を見て、蘇合は声を上げる。


「あ、ああ、お前は捕まっていたから知らないんだな。産業廃棄物の冷凍カツを産廃業者が横流しして転売繰り返してスーパーで売っていた事件があったんだよ」

「知らなかった。そんなことがあったのか」

「まあ、そんなことはどうでもいい。な、詐欺なんて簡単だろ」

「それで休眠会社をたくさん持っているのか」


 栴檀が思い出す。

 送りつけ商法の詐欺師を釣り上げるのに使ったのも蘇合の休眠会社だった。

 取込詐欺に使っていた会社の一つだったのだろう。


 休眠会社でも、実体があるかのように装えばなおさらいい。

 相手に渡すためにパンフレットを作ったり、ハローワークに求人を出したり、だ。

 そして十分に回収したところで、姿を忽然と消す。


「そういうこった。後払いは信用だけが重要だからな。ごそっと品と金だけ手に入れて、サクッと倒産させておけばいい。詐欺目的か本当に資金繰りができなくなって死んだのか、傍目にはわかりにくいしな」

「立派な詐欺だ」


 蘇合のような取込詐欺中心の詐欺師は多い。

 倒産した経験があり、そのときバッタ屋と知り合うなどで手を染める人物もいる。


 手持ちの商品がありながら、現金化できない会社は狙い所で、震災後には復興支援という名目で商談会などに潜り込み、被災企業相手に食品などを大量に買い付け、取込詐欺を働いていた詐欺グループもいた。


「俺は、そうだな、基本的には、表立って被害届けを出せないような法律ギリギリの商売をしているところか、大企業で俺の損失くらいあっさり埋め合わせできるようなところを狙っていたな。そうした方がこっちもばれにくい。埋めるのは税金だな」

「経費計上させるのか、考えたな」


 栴檀がそこまで蘇合が考えていたことに驚く。

 首を傾けたままの沈水に栴檀が説明する。


「詐欺の被害に遭えば、会社はその分の損を特別損失に計上することができる。つまり、利益と相殺できるってことだ。売れて利益になる商品が消失したわけだから、損がゼロではないが、いくらか払う税金が減る」


 詐欺の被害届を出していれば会計上損失に計上ができる。

 利益が出ている企業であれば、その分を損失にすることで、法人税等の支払額が減ることになる。

 もちろん仕入れに色々な経費がかかっているし、売れれば手に入ったはずの利益が消失しているわけだから、取られてもいい、というわけでもない。


 蘇合の詐欺によって実際に倒産して、代金が回収できないとしても、商品を扱う企業であれば多かれ少なかれ貸倒を見込んで計画し、貸倒引当金を計上している。


 一方売り手の詐欺師側は、元手がゼロに近いわけだから、安く売ってもそれだけ儲けになる。

 中には、そこを見込んで、自社製品をバッタ屋に流して利益を自分のモノにしてしまう社員が出てくる会社もあり、それどころか会社ぐるみでやってしまうところもある。これも『立派な取込詐欺』だ。


『それって、つまり、おっさんも振込詐欺の言い分と同じってことでしょ。取れるところから取っているってことなんだから』

「そうだな、俺が取っていたのが、結果国からってことになるな」

『あーそういうのなら、まあわかるなー』

「蘇合は罪悪感があったのか?」

「あったら詐欺師なんてやってないだろ」

「そうか」


 蘇合がスルメを噛んで、ビールを呷る。


「な、簡単だろ。大きな商売に絡むときは時間がかかるが、仕組みを知っていれば誰でもできそうなものだ。ま、俺の場合、ちょっと大きな手を打ちすぎたんだ、6億が取れるはずだったんだが」


 回収室にいるのだから、最終的にはヘマをして捕まったのだ。


『まーそれにしても、2億が立て続けに出るんだなー。世の中金があるところにはあるもんだなー、俺も6億くらい振り込まれてくれれば、好きに遊んで暮らせるんだけどなー』


 沈水がうらやましそうに表現したその言葉に栴檀が眉を上げる。


「いや、まさか」

『ん?』


 沈水が目を丸くして栴檀を見る。


「沈水、今」

『ああ、犬神が隠しているの、2億ちょっとなんでしょ』

「そうだ。2億1千万」

『鯱が見つけたのも2億円ちょっとでしょ』

「そうだ。2億980万」

『ほら、どっちも2億じゃん。金があるっていいなあって、違うの?』


 沈水が億という言葉で連想したのか、二つの事件を『立て続け』と書き表したが、まだ栴檀と蘇合の顔色が変わった意味を理解していないようだった。


「おいおいおいおい、もしかもしかなんじゃねーか?」

『何言っているの?』

「おい、栴檀、あの日付は! 手数料を払った日だ!」


 蘇合も気が付いたようだ。

 詐欺グループが消耗品と手数料を支払った日付を蘇合が問い、栴檀がそらんじる。


「鯱が2億円を『発見』した前日だ」


 消耗品やら手数料やらを払った翌日に、2億円が発見される。

 消えた金額と、現れた金額がほとんど一致している。

 やはり都合が良すぎると栴檀は思った。


『いやいやいや、出来すぎでしょー』

「そう、出来すぎ。確かに、これは出来すぎだ」


 水を差した沈水に、栴檀もそれを認める。


「だが、ここの繋がりを考えた人間はおそらく誰もいない。今、ここの三人以外は」


 もう一度、栴檀は二人の顔を見る。二人は観念したように肩をすくめた。


「仕方がねえ、調べるか」

「そうしよう」

「藁も掴みてーしな」

「鯱の決算は、これか」


 大量のファイルの下にあった申告書を蘇合が抜き出す。


「三年連続赤字、赤字の累積額は3千万だ。運転資金にも事欠く状態」


 紙も見ず、記憶から引き出して栴檀が言い、


『そうみたい』


 壁掛けディスプレイにスキャンした申告書を沈水が表示させた。


「お前らな、俺が書類を探す前に言うか、黙ったままかのどっちかにしてくれよ」

「2億あれば、再始動の種にはなりそうだ」

「そうだな、一度鯱に会う必要がある」


 蘇合もうなずいた。

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