トクシュー!2 ―特殊債権回収室―
プロローグ
プロローグ
「さて、どうしますか?」
青年が余裕たっぷりに言った。
「どうとは?」
男が聞き返す。
「いえ、一応双方リーダーが向かい合ったわけですから、物語に決着をつけるというのもいいでしょう。格闘は得意ではありませんが、訓練の面では場数も踏んでいますから、よもやあなたに負けるということもないでしょう」
立ち上がろうとした青年に、男は拳銃を向ける。
シミュレートした。
何度も何度も。
シミュレートした通りにやればいい。
こんな状況になったらどうすべきか、あのときから、林で逃がしたときから、電車内で逃がしたときから、腹に決めていたではないか。
笑う膝を覚悟で押さえつける。
男は右手を真っ直ぐに伸ばし、銃口を前にいる人物から逸らさないようにする。
「あなたには撃てません」
「さっき、お前が言ったことは事実か」
男は問いただす。
男に銃を向けられているにもかかわらず、対する白髪の青年はいたって平静だ。
以前再会したときは黒髪だったが、また最初に会ったときと同じ白髪に戻っていた。
青年は、男より十は若いだろう。
まだ成人したばかりのような、いや、もっと幼ささえ感じるほどの顔つきで、微笑みを続けていた。
後ろ姿だけであれば女性にも見間違えられそうなほど身体の線は細い。
男にとって、青年は因縁の相手であった。
青年は一人がけのソファに座り、立っている男をやや見上げる姿勢になっている。
青年の振るまいは、今しがた青年が言った、撃てない、という言葉を確信しているかのように焦りもなく、悠長な態度だった。
「事実かどうかは、あなたが決めてください」
「ふざけるな!」
怒りの声を上げる男に対して、あくまで青年は冷静だ。
「事実かどうか、あなたにとって、それにどれだけの価値がありますか?」
まるで事実であることに価値があるかのように、青年は言い含める。
「私についてくれば、より多くのことがわかるでしょう。少なくともそちら側にいては、何もわからないままです」
「その話には乗れない」
屹然とした態度で男は拒否をする。
すでに男の決意は固かった。
青年の側につく確率はゼロだ。
「そうですか、残念です。それでどうしますか?」
青年は、ふう、と落ち着いた顔で息を吐いた。
「決まっている。あのとき、お前を逃がしたときから」
再び、決してぶれないように左手を銃身に添え、銃口を青年にしっかりと定める。
「私を殺しても、何も変わりませんよ」
やはり青年は慌てる様子はない。
今日の天気について話しているかのような気楽さで、男の目を見ている。
「そんなことはない。お前の犯罪を止めることができる」
「世界はそれほど単純ではありませんよ。私の次などすぐに出てくるでしょう」
「それでも。それでもだ」
「それに私は」
少しだけ微笑みかけ、青年は続ける。
「あなたを犯罪者にはしたくない」
「なんだと?」
「あなたはまだ犯罪者ではありません。わざわざ私を殺して、殺人などという罪を背負う必要はありません」
追われているのは青年で、追っているのは男の方だ。
今も明らかに立場は男の方が上だった。
それにもかかわらず、青年の言葉はまるで男に向かって脅迫をしているかのような響きさえあった。
「これは、仕方ない」
男は青年に向かって引き金を引くことを正当化したが、青年は諭すように語りかける。
「そうでしょうか? いえ、あなたにとっても、法にとってもそうでしょうね。あなたが罪に問われることはないでしょう。そもそも私は存在していない死人です。死人をもう一度殺したとしても、殺人にはならないでしょう。しかし、あなたの優秀な頭がそれを理解した上で、あなたの人間としての心が納得できるか、それは私にはわかりません」
「うるさい、黙れ」
男は決心を揺らがせようとする青年の囁きを無理矢理言葉で撥ね付ける。
「残念です、もう少しおしゃべりをしたい気持ちがあったのですが……」
青年が言い終わる前に、男は人差し指に力を込めた。
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