第5話 重要性の原則②


 渋谷。

 宇佐商会。


「お、どうもどうも」


 明るい声で店内に入った蘇合に、宇佐が露骨に嫌な顔をした。


「なんだよ」

「仲良くしにきたぜ」

「迷惑だ」


 ついてきた栴檀を置いて、蘇合は宇佐に楽しそうに話しかけている。

 宇佐は楽しそうではなく、心底不愉快そうだった。


「さっきの件だ」

「いいか、俺は古物商で、情報屋じゃないからな」


 宇佐が太った体でほおづえをついて念を押す。


「心当たりがあるか?」


 蘇合が最近できた伝手とは、宇佐のことだった。

 D券を2万枚も短期間に集める男だ、違法とは言わないが、非合法すれすれの商売はしているはずで、それ故に、あっち側にも詳しそうだ、というのが蘇合の考えだった。


 宇佐はその突然の質問に、話すことはない、知らない、と散々言ったあとで、どうしても聞きたいのなら電話で話すことではないので直接店に来い、と言ったのだった。


「ある、といえばある。俺も面倒はゴメンだ」

「情報料は弾む」


 蘇合の後ろにいて、仲良さそうな二人を見ていた栴檀が言った。


「情報料が出るのか?」

「弾むと言っても、規定の額だがな」

「弾んでねえじゃねえか」


 蘇合と宇佐はすっかり旧知の仲のように見える。

 栴檀がカウンターにあったメモ帳に数字を書き付けて、反転させてみせる。

 それに納得したのか、宇佐はうなずいた。


 ここまでは形式的だ。

 宇佐も情報料なしにリスクを負うわけもないし、回収室も多少の経費は織り込み済みだ。


「最近、ここいらで金回りがよいところがあるというのは聞いている」

「金回り、か」


 犯罪収益であろうと、栴檀のように券番を暗記しているのでなければ金そのものに色がついているわけではない。

 財布にある金が犯罪収益かどうか他人にわかることはない。

 しかし、なるべく早く手放したい、という人の思考が働くようで、あぶく銭だから豪遊するのとは別に自然と金回りがよくなることが多い。


「純粋の詐欺師じゃないな」


 詐欺師として蘇合がコメントする。

 詐欺師なら、取れた金は次の資本にするか、きちんと隠しておこうとする。

 彼らは詐欺で金を得るよりも、得た金を使うときに発覚しやすいのを熟知しているからだ。


「新興チームだ」


 宇佐が返す。


「独立チームと呼んでもいい。既存の組織外から来ているヤツだ。老舗じゃないな」

「銀行なのか?」

「そういう話だ。悪いが確信はないぞ」


 地下銀行なら、元手と送金先のコネがあれば誰でも始めることができる。

 コミュニティー内を取り仕切れる人物がいれば『善意』で始めることだってありえる。


「売って大丈夫なのか?」

「俺は売るわけじゃない。それに仲間でもない。そういう『非合法』なヤツらは商売の邪魔だからな」

「お前は老舗チームか?」

「あのな、俺はお前たちと友達になったわけじゃないぞ」


 蘇合が入れた茶々に、宇佐はうんざりした顔をする。

 組織化されているか、緩やかな連帯かの違いはあるにしても、長く続けば自然と繋がりがあり、それができれば反目するグループがあるのは合法の業界でも当たり前のことだろう。


 宇佐も宇佐で、どこかと繋がりはあるはずだ。


 それが老舗、昔から存在しているグループなら、新興によい思いを持っていないのもわかる。

 大なり小なり新興は老舗の領域を侵すことで、成立するからだ。


「ドラッグ関連は?」

「いや、それは知らない。そっちは範疇外だ」


 両手を振って宇佐は否定した。


「ドラッグは売らないのか」

「ここが何屋だったのか忘れたのかよ」

「そいつの名前は?」

ばくというヤツだ」


 蘇合がメモを取る。


「どんなヤツだ」

「さあそこまでは知らない。あまり大きなチームじゃない、ってことくらいだな」

「住所もわかるか」

「……一応な」

「サンキュー助かったぜ、また仲良くしような」


 今度は宇佐が紙に住所を書いている。


「ああ、ついでだが」


 宇佐が書いた紙を持ち帰ろうとした二人が呼び止められる。


「最近、きな臭いぞ」

「どういう意味だ?」


 栴檀が振り返る。


「お前らの周りのことだよ」

「情報があるのか?」


 蘇合が聞いて、宇佐が右手の親指と人差し指を繋げて円マークを作った。


「追加料金だ」

「ダメだ」


 栴檀が言い、


「わかった、上乗せする」


 蘇合が被せた。


 二人は顔を見合わせ、蘇合が口の端を上げた。

 栴檀は無言だったので、蘇合の言うように追加料金を払うことを認めたのだろう。


「悪評があるのはお前らもわかっているだろうが、直接お前らを狙おうとしているヤツらがいるって噂がある」


 その噂は合っているし、すでに襲われている、と言いたくなったが、宇佐に伝えるべき情報でもないことなので栴檀は黙っていることにした。


「その相手は知り合いか?」

「そこまでは知らんよ。何にせよ相当恨まれているな。死にたくないなら気をつけておけよ」

「恨まれるのは慣れているよ」


 回収室が犯罪収益の回収に乗り出していることが少しずつあちらの方面にも知れ渡ってきたということだと栴檀は解釈した。

 具体的に回収室との接触を避ける手立てを考えるグループも出始めるに違いない。


 今回のがその一つ目だということだ。


 再び二人は店をあとにする。


「そうか、じゃあな。二度と来ないでくれ、頼むぞ」

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