第5話 重要性の原則

第5話 重要性の原則①


 翌日。


「二人ともお疲れさん」


 回収室に一日中こもって作業を続け、やや疲れの見える栴檀と沈水に蘇合が缶コーヒーを差し出す。


 一晩かかって、データに入っていない1億円、一万円札1万枚分の番号を栴檀の記憶に従って沈水が入力をした。

 栴檀にとって、1万件のデータを記憶するのは難しくないが、それを記憶から引っ張り出して1万件分を口に出すのは難しい。

 一般人と同じように、喋り続ければそれだけ肉体が疲れてしまうのだ。

 それは沈水も同じだろう、タイピングが速くても、量が多ければ指と目に疲れが溜まる。


『コーラがいい』


 沈水は自分で冷蔵庫からコーラを取り出し、蘇合が持ってきたコンビニのサンドイッチを食べ始める。

 栴檀はいつもの砂を固めたようなレーションを缶コーヒーで流し込んでいる。


「通達は出しておきました」


 零陵はその合計2万件分のデータをまとめ、各銀行に通達を出していた。

 この紙幣が入金されたのがわかり次第、情報を送るように、ということだ。

 券種がD券のごく限られた範囲のものだけに、大量に入金されればわかる可能性はある。


 しかしそれは相手も同じことを考えているはずだ。

 店舗でちまちま使うには高額すぎる。


 2億円は持ち去られたままだ。


「そっちは?」

「命に別状はないみたいだ」

「そうか」


 馬酔木は検査のため、病院に搬送された。

 数日間は入院となるらしい。

 蘇合は馬酔木が入院している病院へと行っていた。


「とりあえず、検査のため数日入院っていうところみたいだな。多少火傷をしているみたいだが、顔の包帯も少し経てば取れるらしい」


 馬酔木は監禁中紙袋を被せられていたために、工場炎上の際に火が紙袋に移り、顔を中心に火に包まれてしまった。


 幸い火は一瞬で消えたので、皮膚を移植するとか、火傷跡が残り続けるとかの重傷にはならなかった。

 睡眠時に無意識に触ってしまうのを防ぐため、包帯を巻いているのだという。


「ありゃすごいな、VIP待遇だぞ」


 面会に行ってきた蘇合が愉快そうに言う。


「個室か」

「個室っていうか、あれは、なんだろうな、ホテルだ。政治家が問題を起こしたときに泊まる場所だな、生活ができる。しかもベッドメイキングつきだ」


 蘇合が言っているのは大学病院の特別室だろう。

 さすがに誘拐時の怪我は労災になるわけがないが、JMRFも隠蔽をするつもりなのだろう。

 追い込む側が追い込まれてしまったのだから、国に対しても報告したくない。

 そのために、馬酔木を監視できる場所に一時入れたのだ。


 JMRF上層部は、誘拐事件のことをどう思っているだろうか、栴檀は推し量ることもできなかった。


 問題にしたくない気持ちはわかるが、誘拐時にまるで手助けをしようともせず、回収室に事件を押しつけた。

 馬酔木に取ってみれば、命にかかわる事件だったはずだ。

 まさか冗談だと思っていたわけではないだろう。


「それで室長はなんと言っていた」

「寝ていたから会話はできなかった。代わりにこれだ。引きこもり、再生してくれ」


 ポケットに入れていたUSBメモリをソファに倒れている沈水に渡した。


『なにこれ?』

「室長の録画データだ」


 ボサボサの頭を押さえながら沈水が立ち上がって自席に戻っていく。


『あいあーい』


 沈水が操作してディスプレイに映す。


 ベッドから体だけ起こしてこちらを見ている人物がいた。

 顔の一部には包帯を巻いているが、あの特徴的な白髪で馬酔木室長だとわかる。

 カメラを三脚に置いて撮影しているのか、第三者がいるのかはわからない。


『おー、すっげー』


 沈水がわざわざディスプレイを使って言葉を漏らした。

 背景だけを見ても、その部屋が相当広いことがわかる。


「皆さん、すみません、警戒をしていたはずなのですが不覚を取ってしまいました」


 馬酔木が話し始めた。


「情報は追々、投げておきます」


 その言葉と同時に沈水のパソコンからピコンという音がした。

 それに反応して沈水が一時動画を停止して確認した。


『メールが来ている。あとで転送するー』

「さて、すでに気が付いているかもしれませんが、私を襲った人間は違法ドラッグを密輸入、密売しているグループの一団だと思われます」


 映像の馬酔木は唇だけを動かしている。


「次のターゲットをここにするため、私は調査を続けていました。これは国家的な要請でもあります。昨今、我々の管理の行き届かない組織から、多くのドラッグが持ち込まれていることが判明しつつありました」

「我々?」


 蘇合が首を捻るが、中継ではないので馬酔木からの説明はない。


「回収室というより、日本、という意味だろう」


 栴檀が言い終わる前に馬酔木が次の言葉を発する。


「その組織が、誘拐グループを差し向けたのだと思われます。ドラッグ店捜査の際に回収室の存在を察したのでしょう」


 回収室はまだ設立して間もない。

 警察はマトリの身辺は警戒していただろうが、外部組織である回収室はノーマークだったのだろう。


「主犯格は『こま』と名乗っていました。おそらくは偽名でしょうから、そこから情報を得ることはできないでしょう」


 誘拐グループ内で一時的に使っていただけの名前だろう。


「誘拐グループですが、直接ドラッググループとは繋がっていないことは、私のことを社長と呼んでいることでわかりました。忠告、脅迫をすることがメインだったのでしょう、あの2億円が報酬だったようです。これからあの金をどこかに渡し、自分たちは海外へ逃亡すると言っていました。地下銀行の線が濃厚ですね」


 室員がやはり、と顔を見合わせる。


「地下銀行とドラッグは繋がっている可能性もあります。余剰資金を還流させるためにもそういった商売が必要でしょう」


 地下銀行は大きな案件だ。

 地下銀行の業務自体が違法だから、その資金も違法だということは当然だとして、それにまつわる金も大部分は違法に手に入れられた金に違いない。

 送金を請け負う組織を挙げれば、芋づる式に大量の犯罪収益が出てくるだろう。


 地下銀行は、必ずといっていいほど、どちらかで余剰金が出てしまう。

 一方が送金ばかりしていれば、送金先の金はなくなり、送金元の金は貯まり続ける。

 その差分を解消するためには、なんらかの手段で金の入れ替えをしなくてはいけない。

 それには送金先から何かを買い、送金元が金を払うのが手っ取り早い。


 その売り買いの対象として、ドラッグがあるかもしれない。

 地下銀行とドラッグの組織が同一であれば、それに越したことはない。


「まずは犯人確保より2億円の回収を優先してください。我々がなすべきことはそれだけです。我々の力を存分に思い知らせてやりましょう。健闘を祈ります」


 そこで映像が終了した。


「室長らしい」


 回収室の最重要課題を、回収室の長である馬酔木室長が体現しているというわけだ。


「どうするよ、栴檀、いや暫定リーダー」

「俺はリーダーじゃない。年齢で言うなら蘇合だ」


 2億円が奪われてからまだ一日しか経っていないこともあり、多少の使用はあるにしてもそのほとんどを現金で持っていることが考えられる。

 誘拐グループ内で配分されていないことを願っていた。


「……まあいい。状況を整理しよう」

「お、いいね」


 三人の視線が集まったままだったので、仕方なく言った栴檀の口癖に、蘇合が合いの手を入れた。


「目標は室長を誘拐した人間が持ち去った我々の2億円を回収することだ。沈水はドラッグの流通ルートについて引き続きネットで調査を、零陵さんはアジア関連で資金の流れがおかしいものがあるかどうかの照会を、蘇合と自分は地下銀行の捜索をする。以上」

『おっけー』

「わかりました、海外の銀行関連に当たってみます」


 沈水と零陵がそれぞれの作業を開始する。二人はデスク仕事だ。


「とはいえ、どこから手をつけてよいのか」


 栴檀が蘇合に向かって言った。


「とりあえず動きがあるか電話をしてみるか」

「伝手があるのか?」


 蘇合が携帯電話を取り出す。


「最近できたんだよ」


 連絡帳から相手先を選び、通話ボタンを押す。


 間があって、相手が出た。

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