第二話 損益計算書②


「しっかし案の定っていうか、どう見ても宗教じゃねえな」

「どっちかっていうと、自己啓発とか? でもやっぱり『詐欺集団』っていうのが一番似合うよね」


 蘇合に沈水も同意する。

 必勝法詐欺で信者を集め、金を得る。

 たったこれだけだ。

 使えるメールアドレスに大量にスパムメールを送れば、引っかかる人間も出てくるだろう。


『わざわざ宗教でやるメリットってあるの?』


 沈水の疑問に、栴檀が断言する。


「ある」

『そうなの?』


 深くうなずいて、思考を説明モードに切り替える。


「まず、宗教法人は原則として税金がかからない。もちろんすべてではない、物を買えば消費税がかかり、法人職員として雇用をすれば給与には所得税がかかる」


 栴檀が人差し指を立てる。

 宗教法人はその活動で得られる収入に対して、民間企業ならかかるはずの、法人税、事業税、固定資産税といったものが免除されることになっている。


「休眠法人、一万以上」

『ん?』

「文科省に活動実態の届出がなく、休眠状態と考えられる宗教法人の数だ」

『結構あるもんなんだね』

「宗教法人ではない、企業法人で休眠法人とされているのは六万社ほどだ。全体の数から考えれば、活動していない宗教法人が一万というのはかなり多いことがわかる」

「で、いくらで買えるんだ? 眠っている宗教法人とやらは」


 それまで壁に背をつけて二人の話を聞いていた蘇合が低い声で言った。

 栴檀がうなずく。


「このメリットがあるから、宗教法人は株式会社と同じように売買される。この場合、売買されるのは『代表者』だ。価格は株式会社の休眠法人よりも割高になっていて、条件によっては数百万から数千万するものもある。設立が許認可制だから、新規に設立するよりも、買った方がはやいというわけだ」

「ふん、詐欺師にとっては安い初期投資ってところだな」

「蘇合は休眠法人を使った取込詐欺をしていたんだろう? 宗教法人を買おうと思ったことはないのか?」


 蘇合は詐欺師の頃は取込詐欺を中心にしていた。

 そのときに使っていたのは、休眠法人で、多くは取引の都合上製造業か問屋業の企業法人だ。


「取込には向かねえし、宗教は俺の好みじゃねえ。触れるつもりはないのさ」

『詐欺師にポリシーなんてあるの?』


 宗教には触れないという蘇合に、沈水が聞くが、蘇合はいたって真面目に答える。


「詐欺師だからさ、ポリシーが大事なんだ」

『ふうん、おっさんのポリシーとかどうでもいいけどさ。宗教っていうのは、その、信じるものがあって、そのために作るんでしょ? 物を売ります、とかじゃないんだから、人の物を使っても意味ないんじゃないの』


 沈水の意見はもっともだ。

 しかし、沈水自身が本気でそう思っているわけではないことは、栴檀にもわかっていた。

 宗教の教義のためではなく金を巻き上げるための法人であれば、そんな信心のようなものはどうでもいい。


「宗教はセンシティブな問題だから、一度認めたものを取り消すのは難しい。特に、現在だと代表者の死亡によって変更届が出されていないために休眠法人とみなされている団体もある」

『でも、宗教活動をしてなくちゃいけないんでしょ?』


 沈水が、神主が祈祷に使う祓串を振るような真似をした。


「そもそも宗教を定義することが難しい。たとえば、今回のケースのように、『法話』や『説教』を行うのと『セミナー』を開くのと何が違うのか、厳密にわけることはできない。法話や説教は宗教行為だから非課税のお布施でよくて、セミナーは非宗教行為だから課税する、の切り分けが難しい」


 説教であれセミナーであれ、そこで得られる情報に価値があるからこそ、その人の話を聞きに行くのだ。

 それが宗教的行為かどうかは聞く側にとってはあまり意味がない。

 その話の対価として払うのか、全体的な信仰心として払うのか、それも同じように関係ないだろう。


「加えて非営利団体には、34事業というのがある」

『34事業』


 沈水が文字で復唱した。


「税法に規定される34種類の事業活動を届出して行えば、それは副業、サイドビジネスとして認められる。これらは営利企業に比べて法人税率が低く抑えられている」

「サイドビジネスか。というかそっちが本業だな」


 蘇合に対して栴檀がうなずく。

 法人税は法人の利益に対してかかる税金の一つで、人でいうと所得税に近い概念である。

 その税率は企業規模によっても異なり、事業内容によって様々な軽減措置もあるが、宗教法人は非営利の公益法人の一つとして、規模にかかわらず中小企業と同じ低さになっている。

 宗教法人を購入する側としては、こちらの方がメリットが大きいのだ。


「34種類に限定されるといっても、実際には違法でなければこの世にある事業すべてが網羅されているといってもいい。沈水、『34事業』で検索してみてくれ」


 言われた通り、沈水はネット検索をして、そのトップである国税庁のページを開いた。


『ああ、あったあった』


 そこに並んでいたのは、


 物品販売、不動産販売、金銭貸付、物品貸付、不動産貸付、

 製造、通信、運送、倉庫、請負、印刷、出版、写真、

 席貸、旅館、飲食店、周旋、代理、仲立、問屋、

 鉱業、土石採取、浴場、理容、美容、

 興行、遊技所、遊覧所、医療保健、技芸教授、

 駐車場、信用保証、無体財産権の提供等を行う事業、労働者派遣


 であり、おおよそ考えられる事業はどれかに該当するといっても過言ではない。


「金貸しまでできるのかよ」

「おまけに、収益事業で得た利益を『本業』である宗教活動のために支出すると、その分は自己に対する寄付となり、一定率までは非課税にすることができる」

「やりたい放題だな」

「実際、七年間で14億円の法人税を脱税したとして、国税局に摘発された宗教法人があった。この宗教法人は、34事業のうち旅館業として複数のラブホテルを届出し、その売上を宗教法人の売上として低い法人税率を適用することで、本来納めるべき法人税を逃れていた。しかも、利用料金ではなく『お布施』として代金を徴収していた。そしてこの宗教法人も休眠法人を譲渡されたものだった」

「ああ、ニュースで見たぜ。フロントの奥に仏像と賽銭箱があったってヤツだろ」

「やっぱり詳しいじゃないか」


 ポリシーに反すると言いながら、蘇合はやはり詐欺関連であれば宗教法人でもチェックをしているようだ。


「別に詳しいわけじゃねえよ。まあ、こういう派手なのは勝手に耳に入ってきちまうもんだからな」


 言い訳めいたことを、蘇合が言う。


「こういったあからさまなのはさすがに国税も動くが、単に節税するだけなら簡単だ。宗教施設という名前の小さな掘っ立て小屋の周りに広大な駐車場があればいい。事業収入だが、法人税が減免される」

『それさ、宗教自体に課税すればいいんじゃないの? ほら、ネットでもよく見るよ。宗教法人に課税すれば、増税なんか要らない、みたいの』

「さっきも言ったように、宗教というものの定義が難しい。だからこそ、新規に認可するのを文科は避けるわけだが……、そうだな、沈水は大学でサークルに入っているか?」

『うんにゃ。そんなサークルがあったらここにいないよ』


 沈水は日中はおろか、深夜も回収室にいることが多く、寝泊まりのためのセットまで用意している。


「だろうな。というかお前いつ学校行ってるんだよ。単位とか大丈夫か?」


 サークルどころか、大学にちゃんと通っているのかも怪しい沈水を蘇合が揶揄する。


『計算はしてるから大丈夫だよ』

「……それじゃあ、サークルの活動費を集めて、余った金に課税をする、といったらどうする?」

『それはおかしいよ、たまたま余っただけだろうし、次の年に使うわけでしょ? あー』


 たとえを出されて沈水も気が付いたようだ。


「宗教法人も原理的には同一目的で集まったサークルに過ぎない。寄付はその活動のための活動費と同じだ。だから、企業と違って『儲け』というものは存在しない」


 規模が大きくなり、一つの集団として意思決定をし、また契約や口座開設をしなければいけないから、大学のサークルとは違い法人格を持っているだけだ。


「それに、実際の宗教法人はその土地ごとにある小さな寺や神社がほとんどだ。それに税金をかけるようになれば、それらが潰れることになる」

「栴檀はそういうものが残った方がいいと思うタイプか?」

「個人的には信心はないが、大事に思う人間がいるのはわかる。今あるものを無下にする必要はない。そういう蘇合はどうなんだ?」

「そうだな、宗教自体なくなっちまえばいいと思っているよ」

「理由があるのか?」

「……別に。なくなれば詐欺師が活動できるステージが減るからな。その方が今の俺たちにとってはありがたいことだろ」


 あからさまに理由があるといったふうな顔をしているが、栴檀はそれ以上の深入りはしなかった。


「さて、どうするよ、大将?」


 陽気な声で蘇合が切り出した。


「せっかくだから潜入捜査と行くか?」

『ならその前に僕が現場をちょっと見てくるよ』


 沈水の文字を見て、蘇合が驚く。


「現場? USPのか?」

『うん、ちょっとやってみたいことがあるからね』

「大丈夫か? ってかお前引きこもりだろうが。そういうのはパソコンでやるんじゃないのか?」

『うん、いや、それだけじゃないのがあるんだよ。任せておいて』

「おう、たまには任せるよ」

『あいよー』


 沈水はわざわざふにゃふにゃとした文字を使い、脱力感を言葉ではなく文字で表現している。


「さぞかし教祖様は豪華な暮らしをしているんだろうな」


 蘇合は想像上の新興宗教の教祖を思い浮かべているようだ。


『いやそうでもないみたいだよ。団体も施設が一つあるだけで、ほかには何も不動産はなし。本人もその施設の中で寝泊まりをしているみたい。施設っていうか、セミナー会場だよね』

「じゃあ、集めた金はどうしてるんだ?」


 金回りはかなり良いはずだ。

 というよりも、金を集めるための組織に近い。

 セミナーも自分の施設で行えばコストもかなり抑えられる。

 ワンマン教祖が派手な生活をしていないのであれば、どこに金は流れているのか。


『どうやら、現物主義っぽいね』

「つまり?」

『うわさだけど、貴金属、特に金や銀を買い集めているみたいだ。これはあくまでもネットの噂だけどね。うんうん、これなら上手い具合に仕込めそうだ。明日、ちょっと指定するところに二人で来てみてよ』

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