第4話 明瞭性の原則

第4話 明瞭性の原則①


「奢りだ、好きに食えよ」

「奢られる筋合いはない」


 鯱と犬神の事件が終わった翌日、報告書を書いて午前の仕事が終わったあたりで、打ち上げと称して、栴檀は蘇合に居酒屋に連れてこられていた。

 夜に来ればそこそこ値段がしそうな、地下二階にある店だ。


 掘りごたつのある個室で二人は向かい合っている。


「まあ、そう言うな。ウーロン茶を。あとこのコースで。お前は?」


 うやうやしく腰を曲げる店員にメニューを指さす。

 昼の定食ではなく、コース料理のようだった。


「同じ。ウーロン茶。……ビールじゃないのか?」

「今は昼だぞ」


 昼でも飲んでいるときは飲んでいるような気がしたが、あえて栴檀は何も言わない。


「じゃ、それで」


 店員が去り、ウーロン茶を二つ置いてまた戻っていく。


「それじゃ、乾杯」


 蘇合がグラスを上げた。


「何にだ」

「事件解決に、だな」

「そうか」


 グラスを合わせる。


 蘇合は一気に飲み干し、グラスを空にする。

 すぐにつまみの枝豆やら塩辛やらがテーブルに乗る。


「室長はいたく喜んでいたぞ」

「そうか」


 室長のことはそれほど気にしていなかった。


「まあ、俺と違ってお前は褒められ慣れているだろうけどな」

「そうでもない」


 最初は誰しも栴檀の能力に驚く。

 しかし、しばらくすれば、その態度は二つに分かれる。

 気味悪がって近づかないか、あって当たり前のものだと思うか、だ。

 いずれにしても褒められることはなくなる。


「ふーん、まあ、どっちでもいいぜ。なんて言っても、お前が核なんだからな」

「そうか」

「『栴檀は双葉より芳し』っていうだろ。大成するヤツは小さいときから優れているっていうヤツだな」

「よく知っているな」

「いろはかるただ」

「そうか」

「お、きたきた」


 個室に料理が運ばれてきた。


「こうでもしないとお前は飯を食わないからな」

「別に関係ない。何を食べようと蘇合の栄養になるわけでもない」


 蘇合が箸で指さし、栴檀がいつも食べている携帯食料のことを指摘する。


「いつからだ、逮捕されてからか?」

「別に。昔からだ。何か問題があるのか?」

「偏食家だな」

「栄養は偏ってはいない」


 栴檀は自身が偏食家だとは思っていない。

 食事をすることの意義を感じていないだけだ。


「ちげーよ、何か不安になるんだよ」


 蘇合から見れば、栴檀の食事風景は異常に映るのだろう。


「それが言いたかったのか?」


 栴檀も箸を持ち、塩辛を掴む。

 しばし眺めてから口に運んだ。

 それを蘇合が満足そうに見ている。


「そんなことならわざわざここを選んだりしない」


 急に蘇合が真面目な顔になった。


「どういうことだ?」

「何分経った?」


 蘇合が質問に質問で返す。


「入ってからか?」

「そうだ」

「8分25秒」

「あと50分ちょっとだな」

「電波か」


 栴檀が得心した。


 自分の携帯電話を見る。

 地下のためか、店の配慮のためか、電波が届いていないようだった。


 彼らは元犯罪者という立場で雇用されている。

 その手前、各自が支給されている携帯電話から発信されるGPSの位置情報を、馬酔木室長及びJMRF上層部に常時通知する設定になっている。


 これを無断で切ることは許されておらず、常に携帯するように言われている。


 例外的に電波が発信できない場所にいるとき、一時間だけ、連絡をしなくてもいいことになっている。

 一時間を過ぎると、本部から連絡が行き、応答しなければ逃亡したとみなされかねない。


「一応の用心だな。盗聴を防げるかどうかはわからないが」


 蘇合が携帯電話をテーブルに置き、電源を切った。

 それに倣って、栴檀も電源を切る。

 そうまでして蘇合が伝えたいことがあるのだ。


「聞きたいことがある」


 蘇合が切り出した。


「冤罪だっていうのは、事実なんだな」


 蘇合の言葉でピンときた。

 栴檀が逮捕された横領事件のことだ。


「そうだ」


 強くうなずいた。


「証拠はあるか?」

「今のところない」

「俺がお前が冤罪だと信じるに足りる証拠もないのか?」

「ああ、ない。信じられる要素はない」


 大男はそれを聞いて、箸を持っていない左手で後頭部を押さえる。

 どうやら困っているらしい。


「お前は正直だな、せめて『信じてくれ』くらい言ってくれよ」

「現実には厳しい。事実証拠として……」

「わかったわかった、もうみなまで言うな」


 手を前に向けて、蘇合は表情を変えない栴檀を止める。


「まだ真犯人を捜したいと思うか?」

「当たり前だ」

「わかった。俺が取込詐欺をしていた話はしたな」

「ああ」

「ヘマをしたことは何度かある。だから、自信があるわけじゃないが、正直、上手くいったと思った。だが、捕まった。回収室に入ったのは、その罪を不問にする取引があったからだ。大した懲役になるとも思っていないが、避けられるなら避けたいからな」

「知っている」


 現代の日本にはないはずの司法取引だ。

 馬酔木はそのように説明をしていた。

 現に栴檀自身も拘置所の中で勧誘を受けた。

 だから、蘇合も同じように、警察に逮捕されたあとに馬酔木に出会っていたと思っていた。


「だが、俺は本当は違うんだ。警察に捕まったわけじゃない」

「なんだと?」


 蘇合の告白に声を上げる。


「俺は、お前が横領した会社に、取込詐欺を仕掛けていた」


 危うく持っていた箸を落としそうになるが、栴檀はなんとか持ちこたえる。


「手順は完璧、首尾も問題なし、怪しんでいる素振りもなし、あとは品物の引き渡しを待つだけだった」


 品物が手に入れば、すぐに転売をして、それで収入を得て終わり、蘇合はそのつもりだった。

 いつもの取引と変わったところも感じなかった。


「品がデカすぎた。あの会社で扱っていた商品はなんだ?」

「……まさか」


 一気に記憶が過ぎる。栴檀が気にしていなかった部分だ。


「そう、装備品だよ」

「そんなものを横流ししようとしたのか!」

「馬鹿、大きい声を出すな」


 蘇合がかわいらしく、秘密にしろという意味で指を自分の口元に近づけた。

 体格と合っていない。


 栴檀が担当していたのは複数のグループ会社を持つ複合企業だった。

 そして、そこで扱っていた製品の中には防衛省の装備品、つまり、武器も含まれていた。


「大きなものじゃない。取り扱いに特殊な装置が必要なものはない」

「銃器ってことだろ」

「まあ、そうなるな」

「内通者がいたんじゃないのか。真っ当に取引はできるはずがない」


 装備品の売買は当然民間企業に卸すわけがない。

 蘇合がどんな休眠会社を出したところで、本来相手にもされない。

 それでも蘇合が取引できたということは、会社内に利益を得るために蘇合に手を貸した人間がいたということだ。


「ああ、いたよ」

「そいつは?」

「東京湾に浮かんだ」


 豆腐を口に入れて何のことはないという風に蘇合が言う。


「……財務部長か」

「ご名答」


 蘇合はジャガイモを箸でつつきながら返した。


 栴檀が起こしたとされる横領事件にも、絡んだことになっている財務部長は栴檀の逮捕前に東京湾に浮いているのが発見された。


「今思えば、上手く行きすぎていたんだな、取引現場の倉庫に行った俺は、即座に軟禁、そんで馬酔木室長が現れたってわけだ。これからの仕事に有益な人材を探しているってな。まあ、警察の確保より不審だろ、他の答えはなかったわけだ」


 警察なら逮捕されれば、その後実刑を受けるとしても、安全だけは保証されると考えるはずだ。

 栴檀のように、拘置所に人間が入ってくるのはイレギュラー中のイレギュラーだ。


 しかし、警察でないというのなら、命の危険も考慮しなくてはいけない。


「まあ、それで選択権があったようななかったような、そういう状態だった。関連があるかどうかは知らねえし、調べる気もないが、知っておいて損はない情報だろ」

「ああ、そうだな」

「それだけだ。あとはわかんねえ。飯を食って出よう」

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