第6話 真実性の原則②


 翌朝。


 焼け跡の回収室に蘇合、沈水、零陵はいた。


 消火作業は終わっているが、焼け焦げた机や壁が生々しい。

 相当派手な燃え方をしたようだ、ファイルはほとんどが燃え、残ったものも水と消火剤でめちゃくちゃになっている。


「誰だよ、畜生」


 沈水の言葉に、蘇合が即座に返す。


「そりゃ、獏の野郎だろ」


 確信はなかったが、誰もがそう思っていた。

 狛が確保されたという情報をどこかしらで手に入れ、警告と関連資料の隠滅を図って放火したのだ。


 現に、獏は姿を消していた。

 夜が明ける前に、獏の雑貨屋はまるごと消えてなくなっていた。

 二人が向かってから十二時間と経っていない。

 この状況を予見していたとしか思えない。

 2億円も獏とともにどこかに消えてしまった。


 受け取り人であるはずの狛が逮捕されたのだから、まるまる獏のものと考えていいだろう。

 さしあたりの逃亡資金にしているかもしれない。


 火災の原因はわかっていない。

 三階は回収室が独占している。


「漏電じゃないよな」

「電気周りは気をつけてる」

「そうだな」

 ネットワークや電気系統の管理をしていたのはコンピューターを常時使っている沈水だった。


 冷蔵庫やコンピューターなど、電気を使うものはたくさんあるが、ガスは使っていない。

 三階にはガスコンロもなければ給湯設備もない。

 他に火元となるような危険物や薬品も扱っていない。

 明らかに外から持ち込まれたものだ。


 JMRFのセキュリティーは独自のもので、三階に上がるにはエレベーターにセキュリティーカードを入れなければいけない。

 そうしなければ、三階へ上がるボタンが反応しないようになっているのだ。

 それ以外では、二階にある秘書室を通り、社長室を通り、特別な階段を使うしかない。

 一般の社員は入りようもないのだ。

 監視カメラのデータにも、不審な様子はなかった。


 しかし、後ろ姿だけだが、車椅子に乗った馬酔木の姿を捉えていた。

 それ以外には誰も上がってはいない。


 DNA鑑定の結果、遺体は馬酔木本人だとされた。

 DNAその他の情報は、馬酔木が誘拐から助け出されたあとに検査入院したときの最新のデータだった。


「データは戻りそうか?」

「全部じゃない、特に昨日の分は……。致命的だ……。何もない」


 沈水が管理している回収室のデータはもしものときに備えて、バックアップを取っている。

 データは別のサーバーに移されていたが、常に、ではなかった。

 そのため、昨日一日分の多くは消滅してしまっている。


 栴檀と蘇合が宇佐のところに行き、獏のところに行き、狛のところに行き、といった一部始終のデータが消失している。

 栴檀は替えのメガネで空港へ向かったため、襲われたときの音声データもなくなってしまった。


「厳しいな、シンデレラ、そっちは?」


 焼け、濡れ、乾いた紙の欠片を集めている零陵に聞く。


「何が燃えたのかわからないので、時間がかかりそうです。特にあちらの部屋が酷いことになっています」

「三階全部だからなあ」


 データ化されていない紙の資料もあり、こちらはデータ以上に壊滅的な状況だった。

 三階には、別室に資料保管をしている。

 部屋自体に耐火機能はあったが、窒素注入などの鎮火設備はなかったため、そちらは丸焼けになってしまった。


「とっとと獏を捕まえないとな」


 蘇合が胸の前で左手の手のひらと右手の拳を合わせ、音を鳴らした。


「そうだな、やろう」


 珍しく、沈水も同調する。


「やる気があるな」

「そりゃここまでやられて黙っているわけないでしょ。ちきしょう、いくらしたと思っているんだ、好き勝手にやりやがって」


 沈水は熱で融けてしまったコンピューターの筐体を見ていた。


「シンデレラはどうする?」

「室長との契約はまだ終わっていません。仕事ですから、当然仕事の範疇で行います」

「素直じゃないねえ」


 蘇合がてきぱきと無の顔で作業を続ける彼女に笑う。


「栴檀はどうした?」

「室長のマンションに行っています」




 栴檀は遺品整理のため、データに残されていた馬酔木のマンションへと向かった。

 現場から見つかった遺体は、状況から見て馬酔木と判断された。

 遺体の損傷が激しく、回収室の四人は顔も確認することができなかった。

 なんらかの理由のため回収室に行ったが、突然生じた煙に巻き込まれて逃げることができなかったと推測される。

 司法解剖の結果では、死因は一酸化中毒窒息死だというから、苦しまずに死ねたかもしれない。


 同じ死ぬのに、苦しむかどうか、過程が重要かどうか、そこに価値があるかどうか、そんな考えを持ったことに栴檀は自嘲していた。


 馬酔木の葬儀はまだ行われていない。

 死亡してから二十四時間は経過している必要がある。

 ましてや死因特定のために司法解剖が行われた。

 遺体が返還されるのにももう少しかかるだろう。


 それどころか、葬儀自体が行われない可能性が高まってきた。


 遺族がいないのだ。


 馬酔木には身元の引き取り人がいなかった。


「ここか」


 高層マンションを見上げる。

 この最上階に馬酔木が住んでいたらしい。

 焼け跡から見つかったカードキーを使い、栴檀はエレベーターで最上階へと向かう。

 カードキーがあったということは、やはり馬酔木は回収室に来ていたのだ。


 カードリーダーにキーを通して、栴檀は部屋へと入る。

 角部屋で、二面をガラス窓が占めている、リビングがかなり広く、それ以外には寝室しかない1LDKだった。

 掃除が行き届いているというよりも、完璧に清掃がされていて、塵一つ落ちていない。

 生活感がまったくなく、新築でこれから初めての入居者に引き渡されると言われても信じてしまうほどだ。


 少なくとも、下半身が不自由な人間が一人で生活をしていた様子はまったくなかった。


「ダミーか」

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