第4話 明瞭性の原則③


「まだか?」


 内線電話を置いた蘇合が部屋に響き渡るように言った。

 誰も返答をしない。


「相当お怒りだぞ」

『ほっとけばー』


 沈水が遠くから『発言』した。

 蘇合が受けた電話は数時間前に来た社長からの件だろう。


「現にいないのだからどうしようもない」


 馬酔木はまだ回収室には姿を見せていない。

 普段から常時いるわけではないから、特別なことだとは思えない。


 栴檀は零陵がまとめてくれた犬神の供述調書を読んでいた。

 取り調べで犬神は今回の古い金種を用いたロンダリングと隠蔽方法について、『ネットで買った』と供述しているらしい。

 犬神もそのサイト自体を覚えておらず、使用したネットも自分のものではなかったため、履歴から探ることもできなかった。


 沈水がネット内の噂も含めて調査をしているが、それらしいものは見つかっていないようだった。


「こっちも、か」


 もう一枚の報告書を手に取り栴檀がつぶやく。


 零陵に調査を依頼していた脱税で摘発された会社の現金は、確かに栴檀の予測通りマカオにある銀行口座に入金されていた。


 しかし、その後すべての金がインドネシアの銀行に移されていた。

 その金額はマルサが想定していたよりも遥かに多く、1億に達していた。


「社長は?」

「持ち込むより割りのよい方法を知った、だ」


 わざわざ旅行に見せかけてマカオに行き、脱税した金を海外預金しなくても、国内にいながらにして海外の銀行に送金する手段ができた、ということだろう。


「そうなると、地下銀行か」


 帳簿からも、社長及び会社の銀行口座からも、直接インドネシアの銀行に送金された形跡はなかった。


 そうなると、合法的な手段でない可能性が高く、その中でも可能性がもっとも高いのが『地下銀行』だ。


「伝手はあるか、蘇合?」

「いや、そっち系はないな、シンデレラの守備範囲だ」


 蘇合が零陵に目を向ける。

 視線を受けた零陵が二人を見据える。


「知り合いにはいません」

「仕組みは?」

「おおよそは理解しています」


 銀行システムについて室員の中で一番詳しいのは零陵だ。

 海外のプライベートバンクに口座を作り、40億円もの横領した大金を送金した罪で逮捕されたのは栴檀だが、栴檀自身はそれを行っておらず、海外に口座を持ってはいなかった。


 話しぶりでは、蘇合は海外に資金を逃がすということはやっていなかったようだ。

 銀行間取引を調査しているのは零陵で、マカオの銀行からインドネシアの銀行への送金を調べたのも彼女だった。


「お、さすがはSWIFT担当」


 蘇合が囃し立てたが、零陵は無視をした。


 銀行間の取引はSWIFTと呼ばれる国際銀行間通信協会を通して行われている。

 SWIFTはベルギーに本部がある。

 各銀行はそれぞれ個別のSWIFTコードを持ち、それを元にSWIFTを介して送金を行う。

 年々国際間取引が増え、今では一日に2千万件以上のデータを取引している。


 その銀行間での送金履歴を保持している独立の団体であったはずのSWIFTは当然ながら、国家相手であっても履歴を開示することはなかった。

 個人情報の束だからである。

 誰が誰に、いくら、いつ、金を送ったという情報は最大級の機密事項だ。

 SWIFT側も暗号化をして、各銀行での取り扱いだけしかわからないようにしていた。


 しかし、マネーロンダリングが国際的に問題になり、各国が管理している国内の銀行だけでは追い切れなくなっていく。

 転機になったのが、やはり2001年にアメリカで起きた同時多発テロだ。

 アメリカ財務省はテロ資金追跡プログラムを開始し、SWIFTデータを開示するように要求した。

 SWIFTのオペレーションセンターがアメリカにもあることを利用しての対応だった。


 建前は『テロ対策』で、『テロに関与していると認められる』場合に『のみ』開示要求があることになっているが、事実上、SWIFTの匿名性はアメリカに対しては破られていることになっている。

 アメリカは見ようと思えば、SWIFTを通して行われた送金を、たとえ相手がアメリカに居住していなくても見られる。


 現に、それから数年間で、複数の海外の金融機関が制裁を受けた。

 日本ではSWIFTの履歴データを見ることができない。

 そのため、海外銀行同士で行われた送金情報がわからない。


「地下銀行の仕組みは原理的にはコルレスバンクと同じです」

「コルレス?」


 蘇合が首を捻る。


「銀行間の送金システムでは、実際に現金を配送しているわけではありません」


 沈水と蘇合がうなずく。


「これでたとえてみましょうか」


 零陵が、カツカツと踵を鳴らし、テーブルの上に置いてあった銀紙に包まれているキスチョコをいくつか持った。


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