第1話 継続性の原則③

 正午。

 都内警察署。


 詐欺事件の被害者とおぼしき老年の女性が安っぽい丸イスに座り、対面にいる刑事にか細い声で話している。

 女性は何度もクリーニングされたくたびれた服装で、とても裕福そうには見えない。


「それじゃ、あの、取られたお金は戻ってくるんですね……」


 取調室には詐欺犯がいるらしい。


「いや、ですから、逮捕はできましたが、お金が戻ってくるかどうかは……」


 言われた細身の三十代の男性刑事は、困ったような顔で、ばつが悪そうな含んだ言い方をし、深草色のジャケットの中に首をすぼめた。


「だって、捕まったんでしょ!」


 感情が高まってしまったのか声を荒らげて、女性が立ち上がる。

 その女性の背後に現れたのはアロハとスーツの二人組だ。


「犯人が捕まっても、刑が確定しても、金がなければ結果的には返ってこないよ。そいつが今金を持っているかどうか、いくら持っているかを調べるのは警察の仕事じゃないからな。あんたの金を盗ったことがはっきりしているから逮捕しただけだ」


 アロハは気安く肩を叩いて、彼女に座るように促す。

 彼女が座ると特に断りもなくアロハを先頭にスーツの男も勝手にカウンターの中へ入っていく。


「ちょ、ちょっとあんたら、何、こら、部外者は」

鈴掛すずかけじゃないか」


 隅に座っていた被害者の女性と同年齢くらいのどっしりとした禿頭の男性がアロハを呼び止める。

 懐かしそうな声だ。


「今は蘇合そごうです」


 アロハは表情を変えず、横を素通りしていった。

 取り押さえようとする若手の刑事を定年近い老年の刑事は引きはがす。


「いいんだ、通してやれ。署長から話は聞いている。そっちも随分と面白いことを始めたもんだな」


 アロハ――蘇合と名乗った体つきのよい男は、取調室の前で足を止める。


「懐かしいなあ」

「前にも入ったことがあるのか?」


 スーツが素朴な質問をする。


「昔な」

「そう」


 それから二人は取調室に入った。


 中にはふてぶてしそうな顔をして、だらりとパイプイスにもたれているチャラチャラとチェーンを体中にぶら下げている金髪の男がいた。

 スーツの男とさほど年齢は離れていないだろう。


「こいつは何したの?」


 スーツは置物を指すかのように容疑者に指を向ける。


「典型的な送りつけ商法だ。ていうか資料を読めよ」

「数字以外に興味はない」

「はいはい。そろそろお前のことがわかってきたぜ。お前はそういうヤツだったな」


 スーツの質問に蘇合が答え、軽いやり取りをする。


「説明してやるよ。よくあるやり口はこうだ、手持ちのリストから順に電話をかける。電話帳でも老人会のリストでもいい。


『もしもし、海産物などに興味はありませんか?』ってな。


 これにはい、とでも言おうものならこっちのものだぜ。住所を聞き出して、安い蟹とか海老とかを代引きで送りつける。不審に思おうが、代引きを受け取ってしまえば終わり。生鮮食品にクーリングオフは効かない。かくして手元には数千円で買った、スカスカの蟹が残るってわけだ。まあ、カニカニ詐欺だな」


 蘇合が体つきには似つかわしくなく、両手でピースをして、蟹のポーズをスーツの男の前で取る。

 スーツは無反応だった。


「やったことがあるような言い方だ」

「はっ、俺はそんなちまちましたことはやらねーよ」


 座っている容疑者は二人を不審そうに見ているが、自供させるテクニックだと思っているのか、喋らない方がよさそうだと判断しているようだ。


「それで手広く利益を得ていたのか?」


 つまらなそうにスーツの男が聞くのも無理はない。

 数千円なら騙されたことがわかっても、わざわざ警察に届けるまではしないかもしれない。

 せいぜい消費者庁に相談をするくらいだ。

 だからこそ、一人当たりの被害総額もさほど大きくならない。


「普通はこれで、騙されやすい、ま、カモリストを作って、さらに高額な商品を売りつけるわけだ。元手が要らない情報系の商材の方が『利益率』がいいな、老人相手なら布団とかも悪くない」

「なんで引っかかるんだ?」

「あーそりゃさっきの婆さんに聞いた方が早いと思うが、なんだろうな、『お人好し』で『会話に飢えてる』あたりの高齢者を狙うのが手堅い。強く出られないんだろうな」


 スーツの男がすでに記憶から薄くなり始めた先ほどの女性の姿を思い出しながら一度うなずく。


「な、老人に対する敬意のない反道徳的犯罪だろ?」

「詐欺師に道徳や倫理があるわけがない」

「そいつはごもっとも。で、カモカモが嵌まれば、二度、三度と送る。いい加減不審に思い始めた相手が業を煮やした頃合いで、ドロン。てな感じで――1億ほど集めてみたわけだ。数人で数ヶ月、なかなか上出来じゃないか、なあ」


 蘇合は容疑者に同意を求めたが、座り込んでいる男は口をつぐんだままだ。


「強情だな、で、現金はどこにやったんだ?」

「知らねえよ」

「お、初めて喋った喋った。よくできましたねー」


 子供をあやすように蘇合が馬鹿にする。

 容疑者が反抗心からか足を机に乗せた。


「話は聞こう、ぜ、と!」


 その足を、蘇合が思い切り蹴り飛ばす。


「てめ、サツがそんなこと」


 パイプイスから落ちそうになった容疑者が立ち上がろうとしたが、蘇合に片手で頭を掴まれ強引にイスに座らされる。


「残念だが、俺たちは警察じゃない」

「じゃあお前ら」

「これ、なんだと思う?」


 蘇合が右ポケットから無造作に塊を取り出して、取調室の安っぽい机に置いた。

 容疑者はその長方形の金属塊を見ても表情を変えなかった。


「チタン製だ、結構高いんだぜ」


 左ポケットから取り出した黒い小箱の蓋を開け、赤い部分にチタンの棒を押し、だらしなく机に置かれていた容疑者の手の甲に、躊躇なく捺しつけた。

 捺し潰した、という方が適切で、男は痛みに顔を歪ませた。


「いっ、てめ! あっ」


 怒りで眉を上げた男が掴みかかろうとして腰を浮かせたが、自分の手を見て気づいたのかそのまま重力に従って座り直した。


「お、さすがにわかったか」


 大人しくなった容疑者は放心してうなだれる。

 負けを認めたということだ。


「口座に現金を移さなかったところまでは慎重だったみてえだが、法人名義で銀行の貸金庫を使ったのは迂闊だったな。中身は貴金属、まあ、金が中心でわかりやすいことだ。喜べ、ここ数ヶ月で金の値段が上がったぞ」


 蘇合は余計な一言を足しながら勝ちを宣言する。


 多くの銀行は預金口座以外に、貸金庫と呼ばれる保護箱を顧客に用意している。

 多くは当該口座の引き落としとして月額の利用料を払うことで、銀行が貴重品などを預かってくれるのだ。


「結構したろ、その会社。最新版だからな、眠ったのも最近だ」


 蘇合が男に捺したのは、とある株式会社の法人印だった。


 それも『休眠会社』だ。


 休眠会社は登記上存在しているが、経営実態のない会社だ。

 役員変更などの登記が行われていない会社は、『休眠会社』と呼ばれ法務省の判断によって解散させられる。

 休眠期間は現在の会社法で十二年だ。

 2014年に行われた一斉抽出では、実に6万社程度が通知先に存在がなく、実体のない休眠会社として解散させられることになった。


「お買い上げどうも」


 にこやかに蘇合が告げる。


 休眠会社は売買される、合法非合法にかかわらず、だ。


 会社を新設するよりも安く済むのが利点であり、資本金の違い、過去の実績、登録している業種によっても価格が異なるが、数十万、安ければたった十万で取引されることもある。


 法務局が休眠会社を積極的に解散させる理由はここだ。

 詐欺の振込先、資金の隠蔽先として休眠会社が売買されているからだ。


 法人を手に入れれば、法人口座を使うことができる。

 個人の口座開設が厳しくなり、詐欺に利用できる架空口座は値上がりを続けている。

 かつては通称名やペットの名前でも開設できた銀行口座だが、詐欺の利用が相次ぎ、本人確認が厳密になり、売買や貸し借りも比較的素早く発覚し、罰せられるようになった。


 それでも、すでに開設されている株式会社の口座が閉じられるわけではない。

 それに日本ではなぜか『株式会社』という存在に対して『世間が認めている』という安心感を持っている人間が多く、詐欺犯にとってはありがたいという他ない。


「登記は速やかに変えるべきだったな、あ、変えたらダメか」


 とことん蘇合が馬鹿にする。


 当然裏の世界では、それらの口座の利用権なども売買されている。

 直近まで活動があった会社、登記簿で調べても実在が確認できそうな会社ほど高値がつく。


 今回の容疑者は、どこかのブローカーを通して、『蘇合が持っている』株式会社の権利を購入してしまったのだ。


 蘇合の口ぶりと法人印から、中身の存在は明らかにされていると容疑者も理解したのだろう。

 机に伏せる容疑者を残したまま、取調室を二人はあとにする。


 待ち構えていた刑事にスーツが告げる。


「終わりました。資金の行方は我々JMRFが掴みました。残念ながら現金では保管されていなかったので、多少後処理に時間がかかります」

「ど、どうやって?」

「企業秘密だ」


 刑事の質問に蘇合が返す。

 まさか、詐欺師を釣り上げるために休眠法人の口座を大量に持っているとは言えない。


「ありがとうございます! これですぐに返してもらえるんですね!」


 顔を輝かせた女性が身を乗り出してスーツの男に詰め寄る。


「そうではありません」


 スーツは露骨に迷惑そうに彼女をやんわりと引き離し、右手で高級スーツについた埃を払う。


「流れを説明します。今回は組織犯罪及びマネーロンダリングが行われたことがわかりました。組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律に違反していますので、被害回復給付金支給制度の適用があります」

「ひがい……?」


 困惑ののち、眉をひそめた女性を無視して、スーツの男は覚えた文言をそらんじるように続きを言う。


「押収されるのは貴金属です。刑事裁判により、これらを没収します。その後、規定の手続きを取って換金処理をします。支給手続きが始まりましたら官報に記載されますが、今回はあなたが被害者であることは確定しているようですので、検察官より連絡があるようにそちらにいる警察官に依頼しておいてください」


 憮然とした表情の若手刑事に一瞬だけ目配せをする。


「回収や告知にかかった費用については、ここから差し引かせていただきます。ですので、全額ではありません。すぐでもありません」

「そんな、私のお金なのに」

「ゼロよりはマシでしょう。多少は勉強代だと思ってください」


 落胆する女性に対して、スーツの男はまぶたも動かさなかった。


「それでは失礼します。次の現場がありますので」


 軽く頭だけで礼をして、返答も聞かないうちに二人はドアへ向かっていく。


「次」

「次はマトリだ」

「荒事は嫌だな」

「まあそう言うな」


 陽気な声で蘇合がなだめる。


「よし、その前にいっちょ腹ごしらえといくか」

「別にいい」

「つれねえなあ」

「ところで」

「あん?」

「眠った会社、あといくつ持っている?」

「企業秘密」

「そう」

「室長には言うなよ、切り札だからな」

「わかった」




 取り残された人々が呆然としている。


「何なんですか、あいつら、JMRFとか名乗っていましたけど」


 若い刑事の疑問に老年の刑事は答える。


「犯罪者だよ、元な」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!