第四話 株主資本等変動計算書
第四話 株主資本等変動計算書①
USPへの潜入から一週間が経過した。
回収室の面々は、USPそのものへの債券の捜索は鷺に任せて、牛囃の金の流れを追っていた。
沈水の事前調査の通り、USPの団体としての財産はあの自社ビルくらいしかなかった。
他は銀行口座に数百万と、セミナー料金の未収入分債権が数十万あるだけだった。
その代わり、数年にわたって、給与という形で毎年二千万以上が牛囃に支払われている。
また、その他関連会社の役員としても役員報酬が牛囃に振り込まれていた。
しかし、残余財産と牛囃への支払いを合わせてみても、USPの活動実態とはほど遠く、相当に低い金額であることが推測できた。
おそらく、団体を通さずに寄付や上納金を集めていたのだろう。
それから、牛囃と猫道の死体をどうしたという話は聞いていない。
ニュースでもそれらしいものはまったく出ておらず、沈水にも情報が来ていないというのだから、鷺の隠蔽工作は今のところは完璧なのだろう。
「あー……、あちーな……」
ソファで蘇合が伸びている。
確かに、残暑というには季節が過ぎてしまったが、今日はしばらくぶりに天気が持ち直し、夏日になった。
蘇合はもちろんいつものアロハシャツ姿だ。
牛囃の件は気になりつつも、回収室も暇というわけではなかった。
次から次へと犯罪は起こり、それらの対処に追われている。
相変わらず振込詐欺はなくならず、雨後の竹の子のように現れてきている。
やり口がすべてネットに載っているからという理由もあるのか、新規参入が多いのだ。
最近は、警察や自治体の広報のおかげか息子や孫を名乗るいわゆるオレオレ詐欺は減少しているものの、医療費等の還付を行うから、口座確認のためにATMから少額を振り込んでほしい、などといった還付金詐欺が急成長している。
決して忘れてはいないものの、鷺からの連絡もなかったため、牛囃とUSPの件については、少し四人の記憶からも離れかけていた。
蘇合に連れられ、別件の打ち合わせも兼ねて再びファミレスで昼食を取った四人が回収室に戻ってきたときだった。
「キーが空いてる」
エレベーターの中でセキュリティ情報をチェックしていた沈水が異常に気が付いた。
「カメラを見てみる」
「そういえば天井にカメラがあるんだったな」
「あっ」
沈水がスマホから回収室内の監視カメラの映像を見ようとして、声を上げる。
「どうした?」
蘇合が沈水の後ろから肩越しに覗いてみるが、画像は真っ黒になっている。
「故障か?」
「い、いや、きちんと動いている……。誰かが布か何かを被せたんだ」
沈水の言葉に、栴檀も零陵も首を振る。当然この中にそんな悪戯をする人間はいない。
回収室以外のJMRFの社員にも、わざわざセキュリティをすり抜けてそんな大それたことをする人間はいないはずだ。
「侵入されたか?」
蘇合がそう言い、指の骨を鳴らした。
チン、とエレベーターが回収室のある三階に到着する。
「相手は一人だ」
「どうしてわかる?」
スマホを見ながら画面を操作していた沈水に、栴檀が聞く。
「ドアを開けた先に感圧式のセンサーを設置してあるんだ。普段はチェックもしていないけど、一応念のために。すっかりアラートをするのを忘れていたよ。50キロ前後の物体が一回通っている」
「用心しろよ」
蘇合が小声で言って先頭になり、ドアの前に立った。
「こちらは私が」
通路の向こう側のもう一つのドアには零陵が抜き足で向かう。
零陵と蘇合が目配せをして、うなずく。
「スリー、トゥー、ワン、ゴー!」
零陵の合図で、二人がドアを勢いよく開けて中に入った。
「はろー」
踏み込んだ零陵と蘇合の前に、拍子抜けをするような声が響く。
「どうもーみなさん」
部屋の中には、一人の少女が立っていた。
ショートカットで、瞳が丸くキラキラと輝いてみえる。
少女の緑がかったブレザーの左胸には校章が縫い付けられている。
どこかの学校の制服のようだ。
制服のせいもあってか、沈水よりも若くみえる。
どう考えても回収室にはそぐわないキャラクターだった。
「あれー? みなさーん、あいさつはー?」
蘇合は緊張感のない侵入者にあっけにとられていたが、零陵の動きは速かった。
「え、ちょっと」
侵入者の少女が動く間もなく、零陵は少女の背後に回り、左肩と右手首を掴みながら両膝の裏を足の裏で押した。
少女がバランスを崩したところを前面に倒し、動けないように上に乗って拘束をした。
「痛い! 痛いってば! ちょっと、ちょっと離して! 誰か、誰か助けてー」
「黙りなさい」
少女は零陵に抵抗して、身体をよじらせるが、零陵の拘束が解ける様子はない。
助けを求めてみても、当然回収室の誰も助けようとしない。
「所属と目的を言いなさい」
「あ、いた、ちょっと待って」
零陵が掴んだ腕を強く捻る。
少女はすでに涙目になっていた。
「あーあの」
う、う、と唸っている少女の代わりに声を発したのは沈水だった。
「なんですか?」
勢いがついているのか、零陵は普段よりも更に強い口調で沈水に問いかける。
戦闘モードらしい。
沈水はおどおどというよりも、びくびくしながら、零陵に言う。
「あ、あの、たぶん、僕の、知り合い、だと思う」
「たぶん? 知り合いにたぶんがあるんですか?」
「うん、今説明する」
「立ちなさい」
零陵が掴んだ右手を離し、少女の首の後ろの襟元を掴み、グイッと引っ張り上げて無理やり立たせる。
少女はややぐったりとしている。
「あ、や」
少女の全身を零陵が両手で検分し、鋭利なものや武器などを持っていないことを確認してから完全に手を離した。
「ふいー助かったよ。ね、『
少女は流れてもいない額の汗を拭う仕草をして、スカートについた埃をパタパタと両手で払う。
「……ああ、やっぱり、君は『サークルバード』か」
沈水が頭を抱えた。
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