第四話 株主資本等変動計算書②


「沈水、説明してくれ」

「うん」


 栴檀の求めに、沈水は自分の席へ向かいパソコンを起動する。

 何かを検索しているようだ。


 回収室に備え付けられている大型のディスプレイに、一人の少女の姿が映し出されている。

 彼女は、両手で大きな盾を抱えている。

 何かで表彰されている写真らしい。

 写真の右には、記事としてカリフォルニアで行われたカンファレンスにて、と書かれている。


『大鳳円、十六歳、現役高校生』


 その写真の説明をするのは沈水だ。


『ネット上では小学生くらいの頃から「サークルバード」のハンドルネームで知られていた。企業のウェブサイトのセキュリティホールを見つけては、「きちんと」その企業宛に脆弱性を伝えるという行為を無報酬で行っていたことで、一部で有名になる』


 自分ならサイトを破壊して遊ぶけど、と付け足すのを忘れない。


『その後、ネットで行われたセキュリティの大会、えーっと、ハッキングの大会だね。その十代の部門で一位となることで、一気に表舞台に出てくる』

「ありがと。でもあなたが出てなかったからだね」


 大鳳は不満そうに頬を膨らませて言った。


『そんな檜舞台に出たってしょうがないでしょ。その後、女子高校生でありながら、セキュリティの専門家として、複数の企業にアドバイスを行い、またネット全体のセキュリティ向上に努める政府公認のエヴァンジェリストとして活動をする』


 ふぅと沈水が息をついた。


『僕が闇の戦士なら、彼女は光の戦士って感じ』


 自分と対比して、沈水は彼女との違いを表現した。


『……で、いいかな?』


 沈水が嫌そうな顔で後ろを向いた。


「サイコー!」


 沈水のデスクには今しがたディスプレイに映っていた少女が腰をかけて、こちらに突き出した手の親指を上に立てて座っていた。


「はじめまして、光の戦士、大鳳円ですっ!」


 少女がひょいとデスクから軽く飛び降り、床に着地した。

 ブレザーに合わせた深い緑のスカートをふわりとさせた。


「お前さんが光の戦士だってことはわかった。沈水並みに優秀だってこともな。つまり、沈水を信じるなら正義側の人間ってことだな。正義側の人間が勝手に人の部屋に入ってくるとは思えないが」


 嫌味を付け足しながら、蘇合がやれやれと手を振る。


「お褒めの言葉、ありがとうございます!」


 嫌味は理解していないようで、大鳳は笑顔を崩さない。


「んで、どうやって入ったんだ?」


 呆れたような声で蘇合が聞くが、大鳳はふわふわとした笑顔のままだ。


「秘密ですっ!」


 大鳳がなぜか右手で敬礼のポーズを取った。


「秘密とかじゃねえだろ! そこが肝心なんだよ!」


 蘇合が突っ込むが、大鳳はのほほんとした表情をしている。


 回収室のセキュリティはかなり厳重だ。

 JMRFの建物自体がしっかりとしたセキュリティをしているが、三階のフロアを独占している回収室には、セキュリティカードを持った回収室の四人だけが、地下からのエレベーターで行けるようになっている。


 それ以外では、鷺のように正面からアポイントメントを取り、回収室の内部が了承しないと入ることができない。

 そんなケースはほとんどなかったし、内部の了承無しに招き入れられる権限があるとすれば、あとは天下りの社長だけだ。


 大鳳のようにいくらセキュリティの専門家であっても、こうも易々と第三者に侵入されるようでは根本的な対策の変更が必要になる。


「おじさん、ま、それはおいおいってことでー」


 侵入方法はいまだに明かしていない。


「そこが一番大事じゃねえか。ってか俺はまだおじさんじゃねえ」

「えーじゃあおにいさん?」

「ああ、まあ、それならいいか」

「良くありません。どうしますか?」


 排除しますか、と続けそうな刺々しさで腕を組んでいる零陵が言った。


「やだー、おばさんこわいー」

「……失礼なガキですね」

「だから、大鳳円だよ!」


 落ち着いた、というよりも怒りで地を這うように低い零陵の声とは対照的に大鳳はテンションも声も高い。


「ああ、ああ、わかりましたから、ご用件をお願いいたします」


 零陵もいい加減大鳳の能天気さに参ったようで、額に手を当てている。

 明るくハキハキとして若々しさをアピールしている大鳳と、常に冷静沈着で大人の雰囲気をまとっている零陵とでは水と油、どう考えても混じり合いそうにない。


 零陵は沈水を一度キッと睨んだ。

 睨まれた沈水がシュッと自分の席に隠れた。

 大鳳は沈水のテーブルに手を置いている。


『僕も会ったことはなかったんだけど、有名だからね』


 沈水は直接の会話はしないものの、そばにいる大鳳にまんざらでもなさそうな顔をしていた。


「光の戦士か。USPの情報源は彼女だっけか?」


 栴檀は先日沈水が情報源を『光の戦士』と言っていたのを思い出す。


『そう、だから顔は合わせたことがないけど、知らない仲というわけでもないよ』

「私は顔は知らないけど、噂は知っていたの。ちょーっと興味があったから、情報を与えるていで、ちょっと中身に細工してこの場所を突き止めたってわけ」

「おいおい頼むぜ、闇の戦士。うちのセキュリティはお前にかかっているんだからな」


 蘇合に揶揄された沈水が、あちゃーという顔文字をディスプレイに出していた。


「ん、待てよ、よく見たら、お前、なんか見たことがあるな?」


 自分のこめかみを指でぐりぐりしながら、蘇合が記憶をたどっている。

 助け舟は沈水が出した。


『ファミレスのウェイトレス』

「あーあー、あんときの」


 それで蘇合の記憶が繋がったようだ。


「だからお前が吹いたのか」

『そういうこと』


 ファミリーレストランに四人で行ったとき、注文したものが来た時に沈水が吹き出していたのは、意味がなかったわけではない。

 大鳳がウェイトレスとして彼らの接客をしていたのだ。


「あー私、あそこでバイトしてんの」


 明らかに台詞が棒読みで、嘘だということを隠しもしていない。


「うそつけ。聞き耳立ててたってところだろ」

「てへっ」


 蘇合の言葉に、大鳳は自分の頭を叩いてごまかした。


「それで、その光の戦士のお嬢ちゃんがこの回収室に何の用だ?」


 再びソファでくつろいでいる蘇合が、目を閉じたまま大鳳に聞いた。


「あなたたちの元上司から、お誘いが来ているの!」

「上司?」


 突然の言葉に、栴檀の反応が遅れる。


「馬酔木か!」


 いち早く反応した蘇合が跳ね起きた。

 四人が顔を合わせる。

 行方をくらまし、どんなに伝手を使って探しても見つからなかった馬酔木が、こんなところでひょっこり姿を見せたのだ。


 全員が複雑な表情をしている。

 大鳳は回収室の面々の顔を眺めて、不思議そうにしていた。


「うん? だって馬酔木室長なんでしょ?」


 かりそめの名前であるはずの『馬酔木』をまだ使っているということに栴檀は違和感を持ったが、他の三人も同様のようだった。


 そう言って、大鳳はカードとUSBのメモリスティック、そして手紙を取り出した。


「これが私の家に来ていたんだけど」


 カードには確かに文面の最後に『馬酔木』と署名がされている。


「たちの悪いジョークだぜ」


 蘇合がそれを見て吐き捨てる。

 あろうことか、名前の下に書かれていた馬酔木の所属はJMRFの特殊債権回収室室長となっていた。


 カードの内容は、勧誘というか、脅迫状だ。

 『計画』に参加することを強制し、そうでなければ危害を加えるとのこと。

 そして、交渉の日付と場所が書かれていた。


「計画、というのに心当たりは?」


 大鳳はぶんぶんと首を横に振った。


『そのUSBメモリはなに?』


 大鳳が出した、家に来ていたというUSBメモリに沈水が興味を示す。


「順を追って説明したいんだけど」


 ぷくーと大鳳が頬を膨らませた。


『……わかったよ』


 それから、大鳳は沈水を指さした。


「でね、このカードの名前と所属を元に、あなたたちを探して。彼宛てのウィルスとまあ、えーっと、企業秘密的な感じでぐわっとして、ここを見つけ出したってわけ。あなたたち、この人を追っているんでしょ? 私を助けてよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る