第6話 真実性の原則

第6話 真実性の原則①


「お疲れさん」


 蘇合が労いの言葉をかける。

 煙を上げる三階の窓を見上げながら、四人は消火作業を眺めていた。

 沈水は珍しく感情を露わにしている。


「くそっ! くそっ!」

「まあ、大した怪我もなくてよかったよ」


 火の手自体は栴檀と蘇合の二人が戻る前にだいぶ収まったようだ。

 一階と二階は被害がなかったようだが、安全のために、残っていた社員が数名外に出ているようだ。


 大量の消防士、野次馬、それに警察官が出動していた。


「二人とも無事でよかったよ」

「ああ、助かった。零陵が助けてくれた」


 沈水はコンクリートの地面に体育座りをしている。

 顔は煤で汚れているが、擦り傷があるくらいで目立った怪我はしていない。


 零陵は両腕を組んで直立不動だった。

 回収室だった場所を見据えている。


「いいえ、私も助かりました」





 沈水と二人で蘇合と栴檀を待っていたとき、火災が起こったことにいち早く気が付いた零陵は、消火のため廊下にある消火器を取りに駆け出していた。


 ドアを開けた途端、火が部屋になだれ込んできたため後ろに飛び下がった。

 廊下はすでに火の手が回っている。


「脱出を。時間がありません」


 呆けていた沈水に向かって叫ぶ。


「あ、ああ」


 普段出していない声を絞り出した。


 ドン、と隣の部屋で爆発音がした。


 その衝撃で、壁に接していたドア近くのキャビネットが倒れかかってきた。

 横には出口で沈水を待っていた零陵がいる。


 ガラスが飛び散る。


「つっー」


 キャビネットを支えて、痛みに顔を歪める沈水がいた。


「あ、ありがとうございます」


 下敷きになりそうだった零陵とキャビネットの間に沈水が挟まったのだ。


 彼女はするりと抜けて、キャビネットに下から力を入れる。

 重さが分散したその瞬間に、沈水もキャビネットから離れることに成功する。


「……運動は向いてないんだよ」


 悪態をつきつつ、肩についたガラスを払う。


「逃げなきゃ」

「廊下はもうダメです。ベランダから」


 よろよろと動きだした沈水の服の裾を零陵が掴み、引っ張りベランダまで連れて行く。

 ベランダは横の倉庫と共通だったが、その仕切りに壁があった。


「どうするの」

「こうです」


 戸惑う沈水に、零陵はマニュアルを暗記しているかのように緊急時用の避難ハシゴをセットアップした。


「よく知ってるね」

「緊急時対応を覚えておくのは当然です」


 二人はハシゴを使い二階に降りて、火災から脱出することができた。





「酷くはないみたいだな、三階以外は」


 蘇合が鼻を鳴らす。

 火の手が三階から上がっていることは明白だった。


「火と相性がいいメンツだ」


 工場の爆発に巻き込まれたのが蘇合と栴檀で、回収室の火災に巻き込まれたのが零陵と沈水だから、そう冗談を言ったのだろう。


「室長への連絡は?」

「いや、まだだけど、いっているんじゃないのか」


 沈水が答えた。

 入院しているとはいえ、さすがにこれほどの被害を受けて一報が入らないということもない。

 回収室員が伝えなくても、どこからか情報を仕入れていると誰もが思っていた。


「というかお前、喋れたんだな」

「今は端末がない」


 若々しい、少年らしい声で沈水が返す。


「きな臭いってこれかよ。まさか、本当に『きな臭い』とはな」


 宇佐が忠告していた、きな臭いの意味が火災という形で実現してしまった。


 警戒され、恨みを買うことはありえるとは思っていたが、栴檀もまさかJMRFが直接攻撃を受けるとは予想していなかった。


「室長からの指示を待とう。当面の間、仮のオフィスを用意してもらう。零陵さん、指示を待っていることは伝えておきましょう」

「わかりました」


 彼女は睨みつけた回収室から視線を外さず答える。


「あの、確認したいことがありまして」


 大声で駆け寄って来た消防士が座り込んでいる沈水に聞く。


「お二人の他に、誰もいらっしゃらなかったんですよね?」


 沈水は、大げさに首を横に振った。


「いるはずがない」


 三階は回収室が占有している。

 社長のように特別な権限がなければ、エレベーターで三階に上がることさえできない。

 セキュリティーカードを持っているのは、回収室に所属している五人だけだ。


「ですが、その」


 消防士は少し言いにくそうにしている。


 回収室に残っていたのは、一台の車椅子と、その場に倒れていた損傷の激しい遺体だった。

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