ぶっ壊れ性能の辻支援さんは、現代ダンジョンでのんびり観光していたい。

亜麻ハル

プロローグ

第1話

 心地よい風が時折り通り過ぎては周囲にある枝葉を揺らし、サァァァァっという葉揺れの清涼な響きが耳を癒していく。

 自然の緑の間を通った穏やかな木漏れ日が優しく降りそそぐ中、長く艶やかな黒髪をした背丈の低い一人の少女――鴻島 優奈こうじま ゆうな――が、安定感のある大きな岩に腰掛け、少し前方にある断崖絶壁の向こう側にある雄大な山脈の風景をリラックスした様子でのんびりと眺めていた。


 ゆったりとした時間がしばらく続いていたが、ポーン!という短い電子音が鳴り響く。

 その音の出所は、優奈の傍で宙に浮き、彼女の少し後方からカメラレンズで撮影していた丸い金属製の球体から発された音だった。


 <お、めずらしい。常連以外が来たんだ:草蛇>

 <ご新規さんかーい。はじめましてー:SAN蔵>


 続けてその機械の上部の空間に半透明の板が投射され、そういった文章と「閲覧者:7名」という文字が映し出される。


 電子音が鳴ったことで宙に浮くその機械へと目を向けた優奈は、ちょっと驚いたように目をぱちくりとさせた後、少し姿勢を正しなおすと宙に浮く機械のレンズに向けて軽いお辞儀を行う。


「あ、はじめましての方なんですね。わたしはこの配信の配信主で、ゆーなと言います。よろしくです」


 優奈がそう配信者名で自己紹介をすると、少しして新たな文字が機械の上の半透明版――コメント欄――に浮かび上がる。


 <ふーん、可愛い子じゃん。ここってどんなチャンネルなの?>


「このチャンネルですか? んー……わたしがダンジョンでお気に入りの風景の場所やスポットとかをのんびり記録しながら流すためのチャンネルですねぇ」


 ほわっ、と擬音がしそうなのんびりした笑顔で優奈がそう言うと、それに反応したようにコメント欄が賑やかになりはじめる。


 <ダンジョンの風光明媚な場所見れるからいつも助かる:大ムーン>

 <普段行けない雄大な大自然、眺めてるだけで都会の忙しなさ忘れられるから癒し:くろえー>

 <ダンジョン配信ってたいてい戦闘とかばっかで殺伐!だもんねぇ:糸姫>

 <でも、ダンジョンでの戦闘はやっぱ迫力あるからそういうのになるの仕方ないんだけど:SAN蔵>

 <特にダンジョン探索者上位層の配信だと、モンスターもド派手な攻撃してくるのよく見かけるしね!:草蛇>

 <B級以上の探索者の属性魔術とかは、見た目も威力も大規模だしなー:大ムーン>

 <モンスターも深層から先だと想像外のが出てくることもあるから、外見もトンデモないしね:糸姫>


 そこからはしばらくコメント欄が視聴者たちによりワイワイと盛り上がっていく。

 それを配信主だという少女はしばらく眺めていたが「そうなんですねぇ」とのんびりとした口調でいうと興味を無くしたようにそちらから視線を前に戻して、改めて大岩の上に座りなおした。


 その間にもコメント欄はワイワイと常連たち同士のコメントで盛り上がっていた。


 <……このダンジョン配信はそういうの無いんですか、なんか配信主はずっと座ってるだけで動かないんですけど?>


 コメント欄が落ち着いてきたところで、最初以降に投降が無かったアカウントから、そんな声が書き込まれる。


 <あぁ、ここはそういうのほとんど無いねー:SAN蔵>

 <最初にゆーなちゃんも自己紹介してたけど、あくまでも風景をのんびり配信しながら記録してるためのですよ:くろえー>

 <まったりゆったりできるからウチらは気に入ってるけど:草蛇>

 <たまに寝っころがりながら流し見してると眠りそうになる:大ムーン>

 <( ˘ω˘)スヤァ……:SAN蔵>

 <癒し系ASMRみたいなものですね:くろえー>


 そういった優奈の配信スタイルを受け入れてくれている常連たちによる一連のコメントを読み、優奈は思わず苦笑してしまう。

 けれど、新規だという視聴者のアカウントは逆にそれらのコメントの内容を良くは受け取らなかったようだった。


 <なんだ、セーフゾーンで流してるだけの仲間内雑談チャンネルかよ……つまんね>


 とだけ書かれたものが表示されると、直後に「閲覧者」の数字が7から6に減ってしまったのだった。


 <あ、それは違……あーぁ、出てっちゃいましたね:糸姫>

 <ありゃ。ここがセーフゾーンで配信されてると勘違いしちゃったかー:大ムーン>

 <まぁ、仕方ないですよ。常連の雑談場になってること自体はたしかなのですし:くろえー>

 <とはいえ、なぁ……洞窟でない風景ってので、ここが下層から先だってのはちょっと考えればわかるだろうに:SAN蔵>

 <下層から先のセーフゾーンなら他の配信でも出てるだろうから、それを知ってればここがそうでないってことは気づけそうなもんなのにねー:大ムーン>

 <まぁ、普通はセーフゾーン外で一か所にこんな長時間留まってたら、何度か襲われて戦闘になりますしおすし:糸姫>

 <さっきの人が入ってきてから20分は経ってますからね:くろえー>

 <その間、ずっと戦闘無し、モンスの姿すら映ってないんだものなぁ:草蛇>

 <まさか、だなんて普通は初見で思い当たるわけもないか:大ムーン>

 <そこに気づけたら、ゆーなちゃんのトンデモなさにはすぐ気づけると思うのですけどね:くろえー>


「ええー……別にわたし、とんでもなくなんて無いと思うんですけど」


 <ダウト:草蛇>

 <それはない:SAN蔵>

 <逸般人は自分を逸般人だと理解しない定期:くろえー>

 <そもそもダンジョン下層ソロ探索とか、普通はしないよ?:糸姫>

 <まぁのんびりできるし探索の際の参考になるからこれからもこの感じで続けてほしいけど、やってることはトンデモ:大ムーン>


「ひどいっ、みんながいじめるー」


 むぅ、と少し拗ねたようにコメント欄の視聴者に向けて抗議をするが、コメント欄の常連たちはそれに対してさらに

 <(笑)>

 <www>

といった楽しげな反応や爆笑の際のエモーションを投げかけてくるのだった。


 そういった常連からの悪ふざけとのやりとりをしばらくした後、優奈は彼らに対し、


「まぁいいや。

 とりあえずけっこう時間も経っちゃってますし、今日の配信はキリがよさそうなのでここで終わりますねー。次回はまた明後日の土曜日にでもしようかと思ってます」


と、その日の配信を終えることを視聴者たちに向けて語りかけながら地上へ向けて歩き始めた。

 それに対し、常連の視聴者たちからも了解の返事がコメント欄に書き込まれ、彼らが全員退出したのを確認して優奈がその日の配信を終えるために宙に浮く丸い機械の球体―――ダンジョン探索者用配信ドローン―――の配信モードをOFFにしようとした時のことだった。遠く離れた通路の奥から金属がぶつかり合うかのような激しい音と絹を裂くような大きな悲鳴がかすかに聞こえてきたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る