第57話 <新藤 三蔵>
<新藤 三蔵>
優奈たちが立ち去るのを確認した後、新藤はソファの背もたれに座り込み、部屋の天井を見上げる。
「ふぅ……これで優奈ちゃんをBランク認定にしてやって自由を与えてやることができたが、代わりにますます優奈ちゃんがいろんな場所から注目の的となってしまうことじゃろうの。
まぁ、もっとも今日の深層域のお散歩配信にギルドの不正暴露配信と連続しておこしたんじゃ。どのみち注目がさらに上がることは避けられんことじゃったろうし、一つ二つ注目要素が増えたところでそこまでインパクトはもう変わらんじゃろ」
あの子もまだまだ秘密を持っておるようじゃが隙が大きいので、これからも騒動を巻き起こすことじゃろうしなぁ。と新藤が独り言ちる。その視線の先には、先ほどどこからともなく優奈が取り出して眼前のローテーブルの上へと預けていった魔水晶の塊が重厚な存在感を発して鎮座していた。
「これの売却についてものぅ、たぶん
まさか一抱え以上もあるような塊のままで深層から持ってくるとか、だれが想像できるものか。見た目にどこにもなかったのだから、てっきりポケットか彼女が普段から使っている右足のポシェットに入る程度のサイズだとばかり思っていたのだ。先方もあくまでサンプル程度で良い、と要請していたはずだというのに。
「一昔前のアニメやマンガにあったような物理法則を無視して物を収納できるアイテムボックスだとか異空間収納の魔術だのはなかったはずなんじゃがなぁ……信用してくれたんじゃろうが、これをワシの前で取り出してみせただけでも優奈ちゃんの隙の大きさは危なっかしくてしょうがないわい。まぁ、信用してくれたんじゃろうと思っておくか。さて、そうなるとワシを信用してくれた優奈ちゃんが損をせぬように取引させてやらんとな。
……とはいえ、そうするとしたらオークションとなることなんじゃろうが……これだけの塊の魔水晶ともなれば、米国や中国とかが参加させろと言ってくることが避けられんじゃろうしなぁ……どうしたもんかの。それに大金があの子に入るとなればそれを狙って近寄っていく者どもがあの子の身内にもおるからのぅ」
ここまでの大きさの魔水晶の採取自体がそもそも国際的に見ても例がほとんどない。以前類似の大きさのものが採取された記録があるのは、たしかロシアのダンジョンであったぐらいで、その時は軍所属の探索者が採掘したためそのまま国家所有物となったはずだ。それ以外の通常の魔水晶の採掘では拳大程度に割られた物が探索者により採掘されることがあるくらいのものだろう。なにせ魔水晶は採掘するだけでなく、持ち帰るのすら厄介なのだ。
魔水晶は上質な魔力が固体となった結晶であるためか、表に出して移動しているとそれだけでモンスターが誘われるように魔水晶狙いで寄ってきて、通常の探索以上に襲撃をしかけられてしまうようになる品だ。そのため命知らずの金目当てな探索者たちであっても、一度に採取してきてくれる量は極少量でしかない。なのに、そんな貴重な魔水晶がこの巨大な塊として鎮座しているのである。研究対象としてもエネルギー源としても、コレクション的価値にしてみても半端なさすぎる量だ。ちょっとやそっとの金額で取引できるものではない。軽く何億、場合によっては何十億という額になることだろう。それもドル換算でだ。
そう考えると、彼がその昔、目をかけていた部下とその妻である優奈の両親――優弥くんと真奈さんの葬儀があった際にみた、彼女の叔父叔母の見苦しさが思い出されてしまう。
彼女の叔父叔母のあまりに醜い言動に優奈の祖父母が激怒し、彼女を祖父母が引き取る宣言をすると同時に優奈の叔父叔母が他の参列者たちの前で勘当されていた、あの場面を鮮明に思い出してしまったのだ。
あの時の金の亡者どもが、優奈ちゃんが大金を得ることのできる金の雌鶏と知れば、再度近寄っていくことは間違いないことだろう。
とはいえ、優奈ちゃんの親族でもなく、すでに祖父母という法的な保護者がきちんと存在している優奈に対して、赤の他人である新藤が援助してあげられることの幅などたかが知れている。
ひとまずの間は新藤の名による特例処置対象としたことや、新藤子飼いの税理士の紹介などを理由にして、彼女に金目当てで近づき干渉しようとする者どもに対しては、それらのことを口実にして介入することくらいはできることだろうが、逆に言えばいまの新藤にできるのは、せいぜいその程度の範囲内での助力だけでしかないことだろう。
「あやつらにも相談するとしようかのぅ。国に関してはくろえーに投げれば動いてくれるじゃろうし、探索者界隈は大ムーンと糸姫じゃな……。
糸姫は関西じゃし、優奈ちゃんの祖父母の護衛も手配してもらうとするかの。あやつのとこのクランは糸姫の実家である平安貴族だった糸姫の実家の身辺警護の私兵集団”桜花”が基であったんじゃから、護衛はお手の物じゃろうしな。欲に目が眩んだあの子の叔父叔母が面倒ごとを仕掛けようとするかもしれんからと言えば、糸姫なら護衛の手配くらいは受け入れてくれることじゃろう。
問題はマスコミ対応の方じゃな……ここまで注目を浴びてしまうことが続けば、週刊誌系やワイドショーが優奈ちゃんのことを本格的に狙いだすことじゃろう。優奈ちゃんのあの見た目といい、あやつらにとっては舌なめずりが隠せないほどの獲物じゃろうからなぁ……優奈ちゃんの方でもマスコミへの対処は考えているとのことで警察への根回しの協力については了承しておいたが……あの子らの策だけでは足りんじゃろうな。ここは
周りを巻き込んでいこうという視点で思考の海に沈んでいくうちに、これから優奈の周りに起きるであろう様々な厄介事に対するいくつかの手が、新藤の内から浮かび上がってくる。
「じゃとするとギルド長には少し可哀そうじゃが、あやつの抱えておる他の不祥事ネタとセットにして責任を取る形で飛んでもらうしかないかの。まぁこういう時に贄となるために飼っておる天下り要員なのじゃし、これまでちいさい悪さをしてきたのをわざと見逃しておいてやったんじゃ。これが最後のお役目だとして観念してもらうとするか」
新藤はそう方針を決めると、こういう探索者ギルドによる問題発生時に詰め腹を切らせるためだけに受け入れていた、天下りの名ばかりギルド長について切ることを決定する。なので、彼が冒険者ギルド内で起こしている不祥事のネタをいくつか情報屋経由で各メディア自身に掴ませられるよう手筈を整えた。
「ぽちっとな、と。後はメディアの連中やネット暇人で声の大きい者たちが、あたかも自分たちで掴んだ、発掘したと勘違いして騒ぎだしてくれることじゃろうな。そうすれば、ちょっと風を送って炎上さえさせてやれば、追及しようと声を大きくして騒ぐ連中が寄ってたかって勝手に事を大きくしてくれるもんじゃから楽なもんじゃの。
こういう時、自ら掴んだと思えば己の有能感や正義感、己の名誉欲に酔って騒ぎを大きくしてくれる連中は工作に利用しやすいがゆえに、ほんに便利なもんじゃのう」
あとは詰め腹切らせるタイミングと後釜をどうするか。けれど、その見極めこそ重要なことだが難しい。なにせ探索者ギルドという利権と各分野への影響が大きな組織に対し、食指を伸ばしたがっている省庁はいくらでもあるのだから。
「たしかいまのギルド長が所属しておったのは経済産業省じゃったか……バランスを考えれば、次は防衛省か探索庁あたりじゃな。うーむ、どっちにしたもんかのぅ」
探索庁だとくろえーがワシの上司の上司あたりにくるかもしれんじゃろ。
あの女狐に借りをつくった上に干渉してくる権限を与えてしまうのは、めんどくさいことになりそうじゃしなぁ……と、新藤は頭を抱える。とはいえ防衛省から迎えると、こちらはこちらで民間の左翼団体からの馬鹿げた抗議への対応が日々の現場業務に加わってくる可能性が高い。
「どーしたもんかのー。なんかいい案ないもんじゃろか」
かといって、こんなことを誰かに相談するわけにもいかない。
いまの新藤の部下たちは
「ほんに優弥くんが生きとってくれたら、ワシの苦労、かなりマシになっとったはずなんじゃがなぁ。芯はまっすぐじゃったが、清濁併せ吞む度量があったヤツじゃったからのぅ……もったいない人材を失ってもうたことがほんに悔やまれてならんわい。
あー、それにしても……こういう状況って、そろそろワシの後進の育成についても本気で考えんと組織としてはヤバいんじゃろうなぁ」
どっかにいい人材が転がっておらんもんかのぅ、と新藤副ギルド長は頭を悩ませながら手をどんどん動かして指示出しや、今後に備えてやっておくべきことを迅速に処理していくのであった。
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